先生と。
九十九 彰臣
年齢:28
職業:高校教師(現代文)
誕生日:6月19日(太宰治の誕生日/忌日)
性別:男/キラー
眷属:戸日部あるか・???
身長:178cm
体重:61kg
趣味:犬カフェ巡り
好きな物:犬、辛いもの、秋
嫌いな物:鳥、マカロン、夏
1-3
職員室まで足早に走り、ドアの目の前に腰を下ろしている茶色の長髪がさら、と揺れることを確認する。
「失礼しまぁす。九十九先生、今大丈夫ですか?」
「おや、きみは確か…2年D組の。ごめん、見覚えはない…いや、あるな。きみの頭とその目は結構目立つ。そしてこの学校ですれ違ったとして僕が覚えていないはずが…いや、あるね。なんせ僕ほど人に興味が無い人もいないだろうし。多分あったことはあると思うのだけれど、なんせ記憶に残るほどのインパクトはないんだ。なにかここで爪痕残してよ」
「…1年C組11番、加賀です」
恐らく悪気は無いのだろうが、ここまでひとに興味が無いといっそ清々しい。トド先生といい、この学校には変な人しかいないのだろうか。
「そうかい。何か用かな。今のところ僕は暇だからね、なんでも聞いていいよ。勉強のことかな、部活の事かな。一応担任だからね、相談なら乗るよ。とは言っても文系科目しか見れないけどね。あ、ちょっと待ってて。麻婆豆腐取ってくる」
「暇じゃなかったんすか」
「昼食を摂るのはあくまで必要なプロセスだからね。それを不要が必要かのどちらかで言うのならば、そもそもその枠に入れる事が不要であると僕は答えるね。食事というのはとても大切なものだよ。三食パンを食べたりずっと辛いものを食べるなんてありえないとしかいいようがないね。別に誰のことを指しているという訳でもないけど。そうだ、きみはもう昼は食べたのかな。良かったらこのアップルパイをあげよう。僕は甘いのも辛いのも得意じゃないからさ」
「…はあ、ありがとうございます」
ぱき、と備え付けの割り箸を割って 真っ赤なそれに突っ込む。さっき辛いのダメって言ってませんでしたっけ。なんで買ったんですか。
あからさまに辛そうだ、絶対に食べたくない。なんて思っていると。
「かっっっっっっら」
「………………大丈夫ですか」
「うん。ただ想像より辛かっただけだよ。辛、卵でも入れようかな辛。そもそも見た目からして辛いし。あ、目痛くなってきた辛。なにこれ、こんなに辛いの?今のコンビニってすごいな。あ、水買い忘れたんだった。まあ食べられないこともないか、食事を残すのは人として最低の行為だからね辛、ましてや生徒の前でなんて辛。無理、11番くん食べていいよ」
「秒で矛盾するな!? …じゃなくて!」
「なんだい。…これは」
辛い辛いと言う割にはその顔は涼しい。首筋にやたらと流れている汗は見なかったことにしておこう。
このまま彼に付き合っていれば昼休みの時間が終わってしまいそうであったので、持ってきていた社会の教科書を彼に見せた。
「最近、変な夢を見まして」
「トド先生の専門じゃないかな。今なら多分世界史部屋にいると思うけれど呼ぶかい?でも僕あの人にあんまり好かれてないんだよね。なんでだろう、悲しいな。だから行くなら一人で行っておいで。僕はここで麻婆豆腐食べてるから。それより心療内科に行くことを勧めるよ」
「違います鬱病じゃありません。…今一度、世界の仕組みについて理解しておきたいのですが」
変なことを言っている自覚はある。知識として、教科書に書かれていることは知っている。けれど。
ふうふうと冷ましながら麻婆豆腐を口に運んでいた九十九先生も怪訝な顔をし、その細い眉を寄せた。
「…何故かな?それは中学でやったはずではないかな。1度習ったことを再度僕に聞くのは構わないけれど、君はそこまで頭が悪くなかった印象を持っているんだが。なぜ分かっていることを聞こうと思ったのか、それを聞かせて欲しい。無理にとは言わないよ、君が言いたくないのなら。ただ再度言うけれど、既に理解していることを学ぶというのは大した意味は無いよ。それに関する理解が甘いのなら話は別だが、君の様子を見る限りそうでも無さそうだ。一体何を持って、そして国語教師である私を頼ったのかな。…責めてる訳じゃないよ、そこだけは理解して欲しいな」
「それは、そうなんですけど…」
言えるはずがない。どうしてもあのページに心当たりが無い、なんて。
キュッと拳を握り直す。断られたらばそれでも構わない、けど。
「…分かった、良いだろう。生憎社会の教師では無いのだから、わかりやすい説明は求めないで欲しい。私がどこまで君の納得いく授業をできるかは分からないけれど、僕はどの部活の顧問も受け持っていないからね。放課後は暇なんだ。テストも別に近い訳でもないし、君に支障が出ないのならば一向に構わないよ。さっそく、今日の放課後から始めよう」
「! ありがとうございます!」
「構わないよ。なんせ君だからね、仕方ない」
「なんで今馬鹿にしたんすか」
きょとん、と首を傾げられた。本当に悪気は無いようだ。
* * *
「ただいま」
「あ、陽輝。おかえり」
相も変わらず、加賀の机近辺で駄弁っている2人に声をかける。灰と黄の瞳に見つめられ、少し身じろいだ。優しく迎えてくれる雷に手を振って、龍牙と雷の間の席に腰を下ろした。
「おかえり。昼飯食えたのか?」
「うん。九十九先生に貰ったパン食べた」
「……そうか」
なぜだか苦虫を噛み潰したような顔になった龍牙に首を傾げる。なぜだかこの友人は、我らが担任教師である九十九を毛嫌いしているのだ。
「何しに行ってたの?」
「あー、何つうか…中学時代の復習、みたいな」
「ふうん、ご熱心なこって」
「お前はもう少し真面目に授業出ろよ。頭はいいんだから。前回の小テスト何点だよ」
「97」
なんでもないようにそう言う龍牙。一体何をミスしたのか聞けば、途中式を書いていないことで減点されたとか。今までそれで何度減点されてきたか、本人もわかっていないわけではなかろうに。
気づけばもう授業開始の2分前。そろそろ席戻るわ、と立ち上がった2人にひらひらと手を振る。
「陽輝」
「んあ、何?雷」
「気を付けてね。君に、夢の加護がありますように」
「はいはい、ありがと。お前もな」
左手は雷、右手は龍牙に握られる。握られる、と言うよりかは両手で挟み込まれる、と言った方が正しいだろうか。雷の付けているリングが所々冷たさをダイレクトに伝えてきていて、少し指先がかじかむ。それとは反対に ゴツゴツとした龍牙の熱が伝わり、柔らかい温かさが手を支配する。
「…はよ席戻れよ。俺、平気だし」
「うん、そうだね。じゃあまた後で」
最後ににこ、と微笑んで雷は席へ戻る。同時に龍牙も1番前の席へ歩みを進めた。
この儀式のようなものが始まって何年が経っただろう。ふたりとの付き合いももう10年をゆうに越している。今更周りの目を気にする訳でもないけれど、それにしたってあの二人は俺に甘すぎる。あの二人は特に馬が合わないくせ、俺に心配をかけないように喧嘩をしないことだって。そういう配慮が嬉しいけど、それでもどうしても俺は庇護対象なのか、と少し落ち込む。
俺より頭も良いし運動だってできる。勝てるとこなんて一個もない。
そんな彼らに追いつきたいと、何度願ったことか。
彼ら以外の話し相手なんて人付き合いが得意じゃない俺にはそんなに居なかったから、今は九十九先生とサクだけが俺の頼りだ。
大切な幼馴染2人に迷惑はかけたくないと思うのは、我儘だろうか。
「2320年…今から20年前。凶悪殺人犯によって全ての警察が殺されるという、日本全体を震撼させた事件が起こったのは知っているね」
俺の持ってきていた教科書と、先生が片手に持っている教科書は別物だ。やはり10年で教科書も変わるのだろうか。先生に問いかけられた言葉を脳内で咀嚼し、中学時代の知識を思いおこす。
「年号だけは思えておけ、ってだけ言われたんで…それしか」
「うんうん、構わない。この事件は今の日本を作り上げた原因だから、最早災厄のひとつ…禁忌に近いかな。だから、詳細は語られていないのさ」
「近畿?」
「禁忌」
カッカッと白い粉を散らして、緑色の板に綺麗な文字が現れていく。さすが国語教師、文字だけは綺麗だ。
「今とっても失礼なこと考えなかったかな」
「気のせいですよ」
くるりとこちらを振り向いて真っ直ぐに射抜いてくる水色の双眸を慌てて避け、ピンと背筋を伸ばす。どこまでも悪気は無い事実のみを告げる彼は苦手ではないけれど、彼のやたらと長文で話したがる所と相まって いつも責められているように感じる。そこが彼のいいところではあると思うのだが、万人受けしないのは確実だ。友人しかり。
「今から20年前。…5人の殺人犯が警察を潰したんだ。それまでは殺人犯は厳しく取り締まられていたし、銃刀法違反だって機能していた。その事件が起こるまでは、ね」
「ま、待ってください。5人、ですか」
慌てて挙手をして話を止める。遮られた本人はただ静かにこっちを見ていた。
だって、おかしいだろう。
警察という組織が20年前まであったのは知っている。今はただ言葉でしか触れたことは無いけれど、殺人事件が彼らによって取り締まられるというのなら、それは相当に大きな機関だったはずだ。それを、たった5人で?疑うのも無理はない。
「そう。たった5人。…せっかくだから聞くかい?」
「…はい、お願いします」
「…僕も詳しくはわからないから、1人だけ。花山院 読、という男は有名かな。あくまでこっちでは、ね」
「こっち?」
「大人の間では。僕は大学を卒業した後に教えてもらったよ」
黒板に白と黒の仮面をつけた男のデフォルメ絵を描き、彼は淡々と告げていく。その仮面をつけた男が、『かざんいん』なのだろうか。
「花山院を含めた5人…『クインテット』は、未だ生きているよ。言い伝えに則って言うのなら」
「言い伝え?何ですかそれ」
「黙って聞いてなよ。__曰く、花は捕まり蕾は夢へ。龍と雷は見せしめにされ、果実は大切なものを見殺しにする。クインテットに地獄あれ」
「クインテットに、地獄あれ…」
「世界の機構をぶち壊したのだからね、殺されるよりも生き長らえる方が罰になると思ったんじゃないかな」
最後に知らんけど、と付きそうなくらい この話に興味が無いことが伺える。興味がない、と言うより…嫌悪の方が正しいだろうか。
あまりにも、らしくない。ただ事実を述べるだけなら、彼は感想なんて言わないはずだ。その小さな違和感が首をもたげるが、疑問を口にするほどの大きさでもない。もやもやとした気持ちを無理やり押し込んで、加賀はかちかちとシャーペンを押した。
「その…花、って言うのが『かざんいん』なんですかね」
「恐らくね。政府で捕まってるとか。じゃあ、次行こうか」
「は、はい」
やっぱりだ。
彼は、この話題を拒否している。
そんな足早に進める人じゃない。質問あるかな、と真顔で言って威圧するのが九十九彰臣という教師だ。それほどまでに、その事件は爪痕を残したのだろうか。
「それで、クインテットが起こした事件によって 殺人者がこの世に蔓延るようになった。それを取り締まる期間がいなくなった訳だからね。そこで政府は考えた。このままでは殺人者しかいなくなってしまう、と。だから、それを受け入れた」
「…何があったんですかね」
「さあね。ともかく、政府は殺人を受け入れた、それなら当然殺人者も増える。だったら、より強いのを生きながらえさせる方がいい。__政府は、殺人者しかいない世界と、なんの罪もない人の世界に区分した」
「ふうん。…ん?」
今、とてつもない違和感があった気がする。
今までの自分が崩れていくような、認識の齟齬。しかしその正体がわからなくて、焦燥感だけが募る。そんな加賀に構わず、九十九は教科書に視線を落としたまま喋る。
「そこで、殺された人を生き返らせる意味もない。けど、2250年に制定された法__第391条、全ての人間は 死後生き返らせるというマストに従わない訳にも行かない」
「200年前までは制定されてなかったらしいですね。死んだらどうなんだろ」
「さあ、想像もつかないな。死んだことないけど」
確かに、と考え始めてしまった。不用意に彼に疑問を投げかけるのは良くない。
「そこで、殺された殺人者専用の檻、『夢牢』ができたってわけさ。そこは魂のみを閉じ込める場、肉体は至って正常に活動可能。システムは知らないな」
「…『夢牢』?」
つい最近、同じ言葉を聞いた。
大人なら知っていることなのだろうか。
話の続きを促そうとして、戦慄する。だって、そうじゃないか。
『そうだね。じゃあ、ここからは関係者だけの話だよ』
『さっきも言ったよね、ここは牢獄。魂だけを閉じ込める施設、僕たちの間では"夢牢"って呼んでるかな。ここに入る条件はたった一つだけだよ』
関係者、というのは__俺もそうだと暗に言われているのだから、恐らくあそこにいる人物のこと。そして、その『夢牢』という存在を知っているのは関係者だけのはず。
「? 11番くん、どうかしたのかな」
どうして、先生が…その存在を知っているんだ?