第142話 順風満帆クロワッサン
三郎の代わりに俺が書いた論文は、世間を揺るがさずを得ない出来である。
何せ、これまでひた隠しにされていた
食いかけ饅頭泥棒の全貌が明らかとなったのだ。
全世界の饅頭泥棒養成所が経営方針の変更を余儀無くされていることだろう。
他にも、新品の饅頭に宿る聖なる力は一体どのような効力を持つのか、
吉村さんが塩ラーメンにきな粉を振ることになったルーツは大相撲であるのか、
仇討ちという主題はいつ・どこに消えたのか、興味の対象は尽きない。
「す、素晴らしい論文だ……!」
第2層の番人の感性も素晴らしい。ずばり真価を見抜いている。
「これを世に広めない手はない。仇討ち学会への発表を検討しよう」
今夜は祝賀会。シャンパンでも開けて、シャンパンでも閉めて、
その開け閉めに酔いしれたい。そう、俺は下戸である。
「あなたは第3層へ進むに相応しいお方です。どうぞ、この先へ」
番人が指をズギャンと鳴らすと、
一本道を塞いでいた壁がじりじりと下がっていった。
小説迷宮攻略は極めて順調。その上、第3層は適度な明るさだ。
『順風満帆クロワッサン。いや、パンで韻踏まないんかい。
正確には母音anで踏んではいるけども』とは、このことか。
文章の省略形である四字熟語はいくらか存在するらしい。
今からでも遅くはない。貪欲に知識を吸収していこう。
まぁ、まぁ、まぁ。時には出鱈目に踊らされるのも楽しいじゃない。
俺は、冗談を真に受けた三郎の怒りを鎮めるに必死。
口での説得が厳しそうなので、バナナの皮を与えてみる。
奴はそれを素直に受け取ると、俺に5億円の小切手をくれた。
バナしべ長者。




