第107話 マッチョお断り(後編)
「え、触ってくれるんですかにゃ!」
邪険に断ったはずなのに、イリオモテヤマネコはなぜか嬉しがっている。
俺は「イェーイ、結構です!」とは言っていないぞ。
この場合の「結構です」はネガティブに捉えてくれ。
「ネガティブに捉えてくれ」という台詞は、
後にも先にも俺の口からしか出てこないだろう。
猫の聴覚は人間の3倍以上あり、五感の中で最も優れているとのことだが、
奴はその大切な特長を失っているようだ。
かくの如き労しいイリオモテヤマネコには、
側溝で拾った水浸しの補聴器を授けよう。
マーガリンをディップして、はい、どうぞ。
俺に渡されるがままに、奴はそれを付けた。
「ありがとうございますにゃ。程良い滑りがあって付けやすいですにゃ。
これで耳が一人前に働いてくれると思いますにゃ。
ところで、私の上腕二頭筋」
いいえ、結構です。
「触って」
いいえ、結構です。
「みますかにゃ?」
いいえ、結構です。
極限を行く、合いの手三連打。想像以上に上手く挟み込むことができた。
「え、そんなに触りたいんですかにゃ!」
おい。補聴器がものの見事に故障している。マーガリンが余計だったか。
植物性油脂と補聴器は相性が良くないらしい。
次からは、バターに切り替えなければ。
「では、遠慮なく是非にゃ!」
一方的に話が進んでいる。どうしても触りたくないのだが、どうすれば……。
そうだ、上腕二頭筋ハラスメント、
略して”ウキハラ”で病院ごと訴えてしまおう。
でも、浮世絵ハラスメントと勘違いされる可能性も否定できない。
「正式名称で伝えれば済むことにゃ」
加害者の的を得た指摘。




