第101話 差し歯の達人
はっ! 夢か。寒い。北風が身に染みる。凍てつくような冷たさだ。
ノベラビ列車の屋根上で、俺は長い眠りについていたらしい。
よくよく考えてみれば、市川さんが吉村さんに扮した神であるはずはなく、
さらにペンギンが「銀」と鳴くはずもなく、
ましてや銀河寿司の大将が心優しいはずもない。
だが、どこからが現実で、またどこからが夢の国の話であったのか。
周りには誰もいない。
強いて言うなら、十二右衛門の差し歯だけが無造作に散らばっている。
全ての歯の付け根には漏れなく名前が書かれているため、
誰かと取り違えることはなさそうだ。信頼の十二右衛門印。
また、奴は歯磨きを念入りにはしない性格なのだろう、
差し歯がほうれん草の30倍は白い。
十二右衛門の評判を下げることになりかねないので、
率先して言いたくはないが、つまり差し歯は緑色。
毎晩、小松菜を塗りたくっていることは、紛うことなき事実であろう。
そして、ほうれん草と小松菜との見分け方を知ることができたなら、嬉しい。
いや、悲しい。この世の知らないことが一つなくなり、
学ぶ楽しさを感じる機会が減ってしまうのだから。
そんな真理を目の当たりにしながらも、俺らの旅は続いていく。
嫌だなぁ。早く見分け方を知って、旅を終えたい。
関係ないが、ほうれん草の方が、グチャグチャとした食感で好みだ。
ん? 今、気が付いた。上から見ると、差し歯が文字を形成している!
何かメッセージを残したのか。どれどれ。
十 二 歯 流 奥 義 伝 言
肝心の内容は。




