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私の野望



「私にとってこの色は、お兄様の色なの」



そう言って手を伸ばしたのは、空だった。

なんで?と聞くと、レイアミスはにっこり笑って「優しい色だから」と立ち上がる。

揺れたドレスの端に葉を付けて、どこからともなく降って来た花を頭に乗せて、レイアミスは僕を振り返って叫ぶ。



「兄様だいすきー!」


「僕も好きだよー」



レイアミスが産まれてから5年が経った。

5歳になったレイアミスは、母上譲りの金の髪をツインテールにするのがお気に入りらしい。

ふわふわのその髪が揺れるのを、僕は穏やかな気持ちで見守っている。


この国では10歳になると、学園と言う場所で勉学に励むようになる。

学園とはひとつの国に2つあるのが原則となっていて、それぞれの得意分野を探り、高める為に6年をその学園にて過ごすのだ。


この屋敷で暮らす穏やかな生活も……来年の今頃は。



「……兄様?おーい」


「あ」



目の前で小さな手のひらが振られる事に気付いて、僕はこの手を取って「ごめんね、ボーっとしてた」と詫びた。

それに心配そうに眉を下げると、大きな空色の瞳が潤む。



「どこか痛い?エミリーを呼んだ方が良い?」



エミリーとは、僕達の世話係の事だ。

おそらくこの近くに居るはずだが、僕はゆっくりと首を振った。



「せっかくのお休みだもの、レイアミスのしたい事をしよう」


「兄様は何がしたい?私、お兄様と同じだったらなんでも楽しいわ!」



ふふっと笑ってレイアミスは僕の膝に座った。

柔らかくて暖かく、そして愛おしいレイアミスの頭を撫でながら頷いた。



「うん、僕も」


「えへへっ」



可愛らしく微笑んだレイアミスの手を取って街へ行こうかと提案すると、パッと立ち上がって支度をして来ると走り出す。

まだまだお転婆なお姫様に、僕は手を振って笑みを向けるのだった。




一方、部屋へと駆け込んだレイアミスは控えていた2人のメイドに飛び付いた。



「お嬢様」


「どうされたのです?」


「兄様からデートに誘われちゃったの!!

ティマイオス、ティマイア!私をとびっきり可愛くして!!」



2人は揃って頷くと「かしこまりました」と言って手早く支度を始める。

桜色のワンピースをレース多めの外行きのドレスに、髪をまとめていたリボンをシルクに、歩きやすいブーツから装飾の施されたミュールに。



「今日は少し風が強いそうですのでこの上着を着てくださいまし」


「お持ち物はこちらを……」


「ありがとう!2人ともだいすき!」



最後にぎゅっと2人を抱き締めて、私は廊下に出る。

リビングに行くと既に準備を済ませた兄様と母上が話していたので、後ろから母上に抱き着いた。



「母上!」


「まあ!レイアミス、オシャレしてどこ行くの?」


「お兄様とデート!母上にもお土産買ってくるね!」


「嬉しいわ」



頬にキスをされて、私も母上の頬にキスをした。

幸せだなと笑みを返していると、兄様が立ち上がる。

私もその後に続きながら玄関に向かって馬車に乗り込むのだった。



屋敷は街から少し離れて居るけれど、お祭りの時以外は直通の街道が解放されているので街へ行くのにそう時間が掛からない。

このモント国は叔父様であるフォレオ陛下が治める国で、古くからの理を護り、神に愛された地域としてしられていて、国の奥にあるアルカディア山脈から流れる雪解け水が溜まったアディア湖と、ウンムルガルドの森を持つ大国だ。

学園に上がる前にお勉強をした半端な知識でしか無いけれど、私にはずっとずっと、心に秘めている野望があるのだ。


ちらりと向かい側に座る兄様を見上げると、柔らかな笑顔で返してくれた。

この笑顔を、私は守りたい。



最近の兄様は特に、ふと物思いに耽っている様子で心配なのだ。

もう来年の今頃には兄様は国にある学園へ行ってしまう。

ずっと会えない訳では無いし、帰省の時期もあるけれど……それでも毎日会う事は無くなってしまうのだ。

お兄様の将来の為、勉学の為だと分かっては居るものの、今までずっと隣に居た兄様が居なくなるのはとても寂しいもの。

そこで私は思い付いた。

学園は貴族平民関係無く門を開いていると聞く。

多方面に才能のある者に救済をする為、学園内では全ての身の回りの事を1人でする事を義務付けているのでメイド達もお世話が無くなってしまうと嘆いていた。

そこで、私が学園に入学するのを早めれば良いのかと思ったのだ。


才能のある者、努力の人、それぞれある中で何かひとつでも学園の目に止まる事があれば入学する資格が貰える。

幸いにも私は魔法と言う特殊な力を持って産まれたので、国に仕える国家魔法士と言う道を目指すつもりだ。

その為には今持っている知識や経験なんて全然足りない。

私の力はみんなを……ひいては兄様を幸せにする力として使って行きたいから。


ぐっと両手に握り拳を作ると、兄様は不思議そうに首を傾げるのだった。

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