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陽の光を浴びながら



モント国城内に、ある朝小鳥が迷い込んだ。

小鳥は玄関傍の小窓からふわりと身を滑らせると、右へ左へ使用人が行き交う廊下を進む。

その様子を物珍しげに眺めつつも彼ら彼女らは自身に割り振られた仕事をこなすべく歩みを止めることは無い。

この屋敷には総勢400人強の人が集まっている。

屋敷の主であるステイル陛下、その妻のケイナ王妃殿下。

そして長男であるロイウェル第1王子。

彼らはそれぞれ部屋に居たが、小鳥が訪れたのは朝の身支度を終えようとしていたケイナの元であった。


見事な金の髪を左肩に流し、シルクの髪留めで軽く纏めた夫人はたまたま扉を開けた使用人の間を抜けて空色の小鳥がやって来た事に目を丸くした。

驚いた様にステップを踏んで同じく小鳥に視線を合わせた使用人が見守る中。

小鳥は小さくピィと鳴いて夫人の指の上に止まった。



「……あらあら、可愛らしいお客様。

わたしくしに何か御用かしら?」


「ピィ!」



もう一度短く鳴くと、くちばしにくわえていた小さな赤い花をぽとりと落とした。



「……これは、レイアミスの花の様ですね」


「レイアミスと言うと、秋の訪れを知らせる花かしら」


「確かに最近はめっきり風も強くなって参りましたし……奥様を気遣って居るのでしょうか」



くすりと笑った使用人の言葉に、またピィと鳴くと小鳥は夫人の指から降り立った。

そして窓から出て行くと、使用人もすぐに部屋を出る。

それから時間が経って夜。

微熱が続き、常に眠気やだるさを自覚してから数日。

主治医の口から驚くべき言葉を聞くことになる。


懐妊。


驚きと共にお腹に手を置いた夫人は、ハッとした様に小鳥の来訪を思い出した。

そしてそのまま、子供の名前が決定した。


レイアミス。

秋の訪れを知らせる花は、元々白い花弁だったものが秋に近付くにつれ色濃く染まって行くと言うもの。

どうかこの子の行く先が幸せに染まります様にと願いを込めた夫人の祈りから十月十日びったりで生まれて来たのが、後のグスタノフ公爵家が長女レイアミス・トゥール・グスタノフ。

金の髪はケイナ夫人の、そして先祖返りで空色を嵌め込んだその瞳を見て、夫人は確信を持つのだった。

この子はきっと幸せになれると。




空を見上げた女の子、レイアミスは今日もゆりかごから世界を見ていた。

最近の彼女はよく空を見上げては笑う。

そんな彼女の傍で子守唄を歌うのが、僕の癒しの時間だ。



「……ねえ、レイアミス。

君はどんな女の子になるんだろう?」



習い事の合間を見ては会いに来る兄を、彼女はどう思っているだろうか。

母上譲りの金の髪は光に透けていてとても綺麗。

空をその瞳に頂いた様はまるで天使のようだと心の中で呟いた。

こんなに可愛い妹が出来て嬉しくないはずが無い。



「……あら、ロイウェル。

今日もレイアミスと遊んでくれていたのね?」


「母上」



にこりと笑みを浮かべると、中庭のベンチ。

僕の向かい側の席へと腰を掛けた。



「可愛いわね……」


「うん、今日も空とお話しをしてたんだ」


「もしかするとレイアミスには精霊が見えているのかもしれないわね。

ステイルが言っていたのよ。

この子が生まれた時から、暖かい視線を感じるって!」



嬉しそうに笑みを浮かべる母上に、僕も「きっとそうだよ」とレイアミスの頬を突いた。

ふわふわのほっぺたは淡く色付き、僕の指を握ったレイアミスは嬉しそうに笑う。



僕の4つ下の妹、レイアミスが産まれてから。

僕達は大地の祝福を何度も感じてきた。


まずひとつは母上から聞いた事だけれど、レイアミスが母上のお腹の中に居ると分かった日。

どこからともなくやってきた小鳥がレイアミスの花を持って来た。

彼女の名前はその花から名付けられたのだけれど、その後も不思議な出来事は続く。

母上が解任間も無くして、近くにあった湖から祝福の雫が送られて来た。

祝福の雫とはモント国周辺の地域での言い伝えで「精霊からの贈り物」とも呼ばれている。

はるか昔、今では昔話で語り継がれている「精霊」と言う存在はこの世界ひいては大地を形成する高エネルギー体の事を言う。

彼らは気まぐれに気に入った人間へと祝福をする。

ある者は風に選ばれ、またある者は炎に好かれ、その力を借りる事が出来るようになる。

この世界には数少ない「魔法使い」として、精霊の知を得ると共に国では彼らを守り、その地域は幸福に包まれると言われている。



「……まだ小さな女の子なのに、大丈夫かなあ」



よしよしとふわふわのその金の髪を撫でていると、母上がふと視線を細めて僕の頭を優しく撫でた。



「優しいね、ロイウェル。

私はこんな可愛くて優しい子供達の母で嬉しい」


「母上もとても優しいよ、それに父上も。

……そうか、僕はお兄ちゃんだもの。

この子を守ってあげなくちゃ……いっぱいお勉強をして、たくさん剣の稽古をして……母上、父上みたいに強くなるには、どうすればいい?」



無邪気なその銀の瞳を見ていると、ミレニアの瞳を思い起こし涙を流しそうになる。

けれどケイナは1度ゆっくりと頷くと「焦らないで」といつもの様に頬に手を伸ばした。



「どうすれば良いのか、その答えを私が教えるわけにはいかないの。

男の子も女の子も強くなる理由はそれぞれで、自分で見付けるものなのよ。

だからロイウェル、諦めないで。

何があっても、私達はアナタの味方だから」


「うん?」



ハテナを浮かべたけれど、母上はそれ以上何も言わなかった。

きっと自分で考えなくちゃいけないんだと理解して、僕は頷くのだった。



妹が産まれると分かってから、僕の家は国の中央にあった城から外れた場所にある屋敷に移った。

理由は、父上が叔父様達に王位を譲ったからだ。

父上の弟であるフォレオ陛下はとても優しい方で、僕に王位継承権を残すと言ってくれているが、よく分からない。

本当なら、僕が父上の名を継いでこの国の王になると言われていたけれど……僕は、まだ分からなかった。


何か考えがあって父上も母上もこの場所に来たんだろうとしか分からない自分が悔しいけれど、僕に不満は一切無かった。

何よりレイアミスが居るのなら、僕の唯一の兄妹である彼女が幸せに暮らせるのならそれで良い。


父上も母上も笑って、レイアミスも笑顔出過ごせるのなら。

僕はそれで良い、十分幸せだと理解していた。

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