8.ささやかな願い
眠っている時間が増えた気がするのは気のせいではないだろう。
朝の禊が終わってからは自室に戻って昼過ぎまでずって眠ってしまう日が増えた。
体力が落ちたのかとも思うが、日々の散歩も変わらずしているし、感覚的にそういうものではないことがわかる。
私の意思で私の身体を動かせないような、ズレた感じだ。 そのズレがひどくなるに連れて眠気もひどくなっていく。この感覚が何を意味するのか、私は知らない。歪な身体ではもう、知ることはできない。
狐は現れるたびに不機嫌な顔で私に何か施してくれて、それを受けるとズレた感覚が和ぐ。それに加えて私の中のバカになった回路についても診てくれる。
さすが聖獣とでも言えば良いのか、奴には私の身に何が起こっておるのか鮮明に理解できるのだろう。
来るたびに私から今の役目を捨てるような言葉を掴もうとしているが、獣の気まぐれで変わるような心はあいにく持ち合わせていないのだ。
終わりまでの日数を儚んで生きる。そう、心に決めている。
銀月も間近だというのに、暖かい日差しの差し込む庭で微睡むのも後少しだろうか。
「今日は過ごしやすい日だな」
『暢気なものだな』
「嫌味ばかりでつまらない狐だな」
『その喉噛み砕くのなんて容易いことだぞ』
「……ふ。 そんなこと、しないでしょう」
『……』
「あ」
私の膝で可愛らしく丸まっていたのに、ぴょんっと飛び降りると人型になった。周りに人がいないから良いが、誰かに見つかる可能性だって0じゃないというのに。
陽の光の下、反射する長髪がキラキラと美しいがその眩しさに目が眩みそうだ。狐の髪は、見てみて少しだけ懐かしさを覚える。
あれは、私の色に似ている気がするから。もう見ることも叶わない色だ。
「ほう、お前、元は銀髪か」
「……心を」
「勝手に視える」
む。それだけではない。距離が近い。
「なんだ、人外に羞恥は感じないのだろう?」
「くっ……これは、羞恥ではない。 暑苦しいと思っただけです」
「は、さっきまで俺を抱えていただろう」
「それとこれとは別です。 貴方がへ、変だからです!」
私は木陰に椅子を置いて座っていたわけだが、面白がって顔の距離を近づけてくる狐に耐えきれず、立ち上がって飛び退いた。
一瞬、キョトンと呆けた顔を見せた狐だが、私のその姿が面白かったのか喉を鳴らして笑っているのが腹立たしい。
「とにかく、勝手に心を視るな! それと、毎朝その姿で寝所に来るのはやめてください!」
捨て台詞のように言葉を吐いて、それなりに広い庭へ足を向けた。
私の宮の敷地内にはほとんど人は来ないし、敷地内から出ないと見張りもいないためこの中だけは自由に歩き回ることができる。
敷地を囲うように結界が張ってあり、私が出ればすぐにわかるようになっている。小動物くらいは迷い込むこともあるが、大きな物が通ろうとすればすぐにわかるらしい。
「そう言えば、お狐様はいつもどうやってここに……っわ!」
かくん、と膝から力が抜けて地面とご機嫌ようとなると思いきや、少し距離を開けて後ろにいたお狐様に抱えられていた。
「不便な身体になったな?」
「……」
「何が楽しくてこんな身体に甘んじている。 とっとと捨てれば楽になるものを……」
「うるさい」
「理解できんな」
「理解してもらうつもりはない。 退屈なら、貴方が早く出ていけば良い」
「可愛げもないな」
「だから……! ッッ」
少し感情が昂ぶるとすぐ、こうなる。
八つ当たりのように、狐を睨みつけ、口の端から出た血を拭うが、視界はかなりぼやけていて頭の奥で鐘が鳴っている。
感情の高ぶりは回路を刺激して活性化させてしまうから、行き場のない霊力が私の身体を蝕んでしまうのだ。
「俺がここから出してやろうか」
もう何度も言われた言葉だ。ああ、きっと嫌な笑顔を浮かべながら言っているのだろう。無駄に絵になる顔をしているのがまた憎たらしいのだ。だけど私の心は変わらない。
逃げるのは簡単だ。 そんなことやろうと思えばいつでもできた。 それでも私はここまで耐え続けた。
「余計なこと、しないで」
かすれた声だが、まあ届いただろう。
私のささやかな願いなんだ。 神だろうと聖獣だろうと邪魔立ては許さない。 そのためにはこんな身体も受け入れられる。だから、どうか、
ーーーお父さま、私を……