6. 死ぬためのよすが
2月経った。
そう気づいたのはまた気まぐれな狐がやってきたからだ。
「……もう来ないと思っていた」
『随分と生意気な口を利くようになったな、小娘』
無期限の禁固刑だったけれど、私がこうして苦しんでいることに勝手に精霊が腹を立てて国で疫病が流行り、元の自室に戻された。
おかげで、王宮では私の嫌な噂がまた広がったらしい。まぁ、痛いのは確かに嫌だから自室に戻れて嬉しくはあるが。
ちなみに今日はもう朝の禊も終わった。そして、足の枷も外され大きなベッドの上で本を読んでいた。
「あなたに敬意を払う理由もないからな」
気配だけで狐だとわかったきり、目を向けることもなく本を読み続ける。
『なぜ逃げない。考えることすらやめたか』
その言葉にページを捲る手が思わず止まってしまった。
『つまらんなぁ、少しは口答えでもしてみればいいものを』
「つまらないなら来なければいい」
『いや、お前は面白い』
「なんなの……」
『人間のくせにそれから外れようとする愚かさが面白い』
人間を外れる? よくわからない表現だ。 なんなんだいったい。この獣はいったい何がしたいというのか。放っておいてくれればいいのに私で遊んでいる? 変なのに目をつけられたな。
動物に表情なんてないはずなのに、視界の端に映る狐は気持ち悪いほどの笑みを浮かべている気がする。
そのふわふわの毛皮を剥いで襟巻きにでもしてしまおうか……?
『ククク。恐ろしいことを考えるじゃないか。ひ弱なお前にできるとでも?』
「……心を読むな」
『読まずとも勝手に視える。お前の中身がデタラメになっているせいでな』
「でたらめ……?」
何を言っているのかと、流石に本から目を離して目を向けると、狐は音もなく私の膝の上に乗って来た。
そして、月色の瞳で私の心臓辺りを見ている。大人しくしていれば可愛い愛玩動物のようなのに……もったいない。
『誰が愛玩動物だ。弁えろよ? 小娘が』
「……口が悪い」
『ふんっ。お前は中身のせいで気づいていないだろうが、お前の中の、力の通り道があの子屋のせいでボロボロだ』
「ああ、道理で上手く式を作れないと思った。それに他の術も試そうにも上手く行かなくて……」
あの子屋は体を痛めつけるだけかと思っていたけど、霊力による力の干渉だったから、私の中の回路を無理やりショートさせていたのか……。そりゃ内部から痛めつけられればあれだけ体が麻痺するわけだ。納得。
『納得している場合ではない。お前の体の大半を占める魔力が回路から漏れ出し続ければ、お前の体はもたんぞ』
「ふうん……。まぁ、もう少しで死ぬ身なので、問題はないですね。親切に教えてくれてありがとうございます。聖獣様。少しはあなたに敬意を払うことにします」
『……つまらんな、本当に。無意味な死だというのにまだそれがわからんのか』
「あなたには関係のないことでしょう。放っておいてください」
この言葉を最後に、膝の上から重さは消え、聖獣様の気配も消えた。
慰めるように、何匹かの精霊が私の周りで飛び回って美しい光を見せてくれたけど、あまりそれにいい反応もできず、精霊にお礼を言って消えてもらう。
今更なんだというのか。だってもうあと3ヶ月ほどで私は16になりきっとそれと同時に、私の願いは叶うのだ。
だからその先など関係ない。 私には私の人生があり、これは私が選んだ道なのだから。だから、あの狐に惑わされることなどあってはならない。
役目を果たさなければ、望みは叶わない。
だからこれ以上私を誑かさないでほしい。私は今まで神のためだけに生きていたのだ。それを、あの狐は簡単に辞めてしまえと言っているのだ。私の15年を無駄だと、全て否定している。私には、もうこれしかないのに。
「意味がないなど、言われる筋合いなど、ない! ……ッッ」
思わず感情が高ぶって、霊力が荒ぶると、ズキリと全身を貫く痛みが走った。それと同時に白い布団の上にポタポタと血が落ちる。
ああ、あの狐が言っていた体が耐えられないとはこういうことか。
どこか他人事のようにその血を見つめていると、視界が真っ黒に覆われて意識を手放していた。