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贄姫  作者: Emanon
1. 暁炎国の贄姫
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4. 御狐様

 

「姫様。御御足、失礼致します」

「ああ」


 贄の時間だ。


 牢屋生活も残り半分ほど。とはいえ私は贄でありこの国のために、ひいてはあの炎神のために、毎朝禊をしなくてはならない。

 あと半年ほど同じことを続ければ蓮の花も開くだろう。


 通年、贄姫は16、7の誕生日を迎える頃に贄としてその身を捧げることになっている。

 私は9つのときから禊をしつづけ、今はもう15。なんとなく、次の誕生日を迎える時はあの神に捧げるときなのだろうと思っている。


 今日は禊が終わったら何をしようかな。また式でも飛ばそうか。それとも新しい本を読もうか。それとも……あの変わった狐の相手でもしようか。


 あれは昨日の晩のこと。


 ただでさえ王宮の奥地に幽閉されている私も、運命を受け入れているとはいえ街に降りてみたいという欲はある。


 暇つぶしに本ばかり読んでいれば俗な本というのもあるもので、貴族では食べないような食べ物に、安価な装飾品、建物の作りに至るまで全て私の見たことのないものとなれば好奇心が疼くというもの。


 自分の霊力を自覚した頃からコツコツと精霊に(女官などに頼めば私が力をつけ反乱を起こされるとでも思うのか取り上げられるため)頼み集めた術を使うための知識が載る本で“式”と呼ばれる術を見つけてからは、私の目や感覚器官をそれらに一時的に移し、街を体感していた。


 正直この術でそこまで自分の体を預けてしまうと、妖や幽霊なんかを寄せ付け攻撃され最悪の場合植物状態にでもなる危険性もあったけれど、街には小物妖怪なんていなかったし、どうせ果てる身ならばそれでもいいと思ったからできた。


 そんな経緯で、偶に暇を見つけては街で観光もどきをしていた。


 昨日もそれをして式から自分の体に感覚が戻る頃には日も沈み薄暗い部屋の中で目が覚めた。

 だが、目が覚めたときそこには私以外に生き物がいたのだ。


「……ルールルルルル」

『俺をそこらの獣も同等に見ているなら愚かなことこの上ないな小娘』


 そこにいたのは毛艶の良い狐。白銀にも金にも見える不思議なモフモフは月のような黄金の瞳を薄めて私を見据えていた。


「……すみません。喋る狐といえば聖獣……でしょうか」


 なんだか喋り方が高貴な感じだったから一応敬語を使ってみるが、そんな可愛い体ではどうも緊張感に欠ける。

 霊力を隠しているのかどれくらい強い獣なのかもわからないし、ここは下めに出て……あわよくばその体を触らせてもらいたい。


『ふんっ、そういうことにしてやる』


 とはいえ、目の前の狐ーーお狐様とでも呼ぼうか。一応俺と言っているし、彼、は念話という術で直接脳内に語りかけてくるし、そもそもこの小屋に入ってきたのだから並みの獣ではないのは確かだ。


「聖獣様はなぜこのようなところに?」


 狐なんてこうしてこの姿で目に見ることができるとは思わなかったためすごく興奮する。雀の姿では近寄ることもできないし正直とっても触りたい。


 私に用意される衣服には(生きている動物の前で考えるのは無粋だが)獣の皮のものもあったりするため、生きている動物というのはすごく魅力的なのだ。

 雀の姿では恐怖でしかないが、こう、めのまえにすると胸が高鳴る。うん、謎の高揚感が湧いてきた。


『…お前こそなぜこんな牢に入れられている』

「私? もちろん罪人だからですよ。国のお金を使った罪を罰せられているのです」

『“視た”ところ冤罪というやつだろう。なぜそれを発言しない』


 視た……?ああ、このお狐様は心を視ることができるのか。となるとさっきまでの考えももしかしたら読まれていたのかもしれない。


「どうせ聞き入れられない言葉をいくら紡いでも無駄でしかありません。それに、ここは多少我慢すれば居心地のいい場所ですから」


 監視の目が薄いという点で。

 それにここなら、侍女たちの窃盗の罪を被せられることもない。ここには高価なものなんてなにもないしな。


『自分の運命を受け入れるのか。お前ほどの霊力があれば贄という宿命から逃れ国を捨てることもできるというのに』

「ふふっ。そんなことはできませんよ。なんの罪もない民を捨てるわけにはいかないですし、私の命1つで向こう何百年の平和が約束されるなら安いものでしょう」

『つまらんら小娘だ』

「私のことなどどうでもいいのです。ところで、貴方はなぜここに?もしよろしければお話をしてくださりませんか?そして触らせていただけたりなどは……」

『……ふんっ』


 鼻を鳴らすと私の方まで擦り寄ってきてくれた。これは、肯定ということでいいのかな。


 こうして私はもふもふをもふもふした。というのが昨日の話。




「それでは姫様。失礼致します」


 私付きの世話係が深々と頭を下げて出て行く。

 少しすれば結界が張られた感覚とともに静寂が訪れた。


 太陽の高さで力を強めるこの結界は太陽が一番高く昇る時間に霊力を最大まで高めそれを放出する。

 戦時代の先人達が作った遺産とでも言おうか。鍵の役割を果たす玉を持って入れば誰でも出入りできる優れものだ。


 部屋の中に昨日の狐の気配はない。

 どうやら聖獣の気まぐれだったのか、昨日は毛並みを堪能しすぎて話なんてできなかったから少し期待していたらしい。

 思ったよりも落胆している自分に少し驚きながら簡素な木の椅子に腰を下ろした。


「朝4ツといったところか」


 太陽が真上に来るにはあと一刻程。私が身を守るような術を使えば確かにあの痛みから逃れることはできるが……術が使えるとバレればそれこそ監禁されかねないから大人しく耐えるしかない。


「御狐様……」


 憂いを誤魔化すようにそう呟き目を閉じた時、


『なんだ』

「!」


 昨日と同じように気配もなく私の目の前に白銀の狐が座っていた。



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