2.罰
そしてついたのは赤く大きな扉。
前で足を止めるとすぐに扉は開かれ、大きな空間が現れる。そして、その先には大きな玉座に威厳と貫禄を携えて座るこの国の国王、姜宗煉の姿。
玉座とは階段を隔てて遥か先とも思える深紅の絨毯の上に膝をつき、両手を顔の前で合わせてこうべを垂れる。
「この良き日にわたくしをおよびいただき恐悦至極でございます、陛下」
実父にするには到底おかしな挨拶だけれど、それがこの世界のルール。いや、私の中でのルールなのだから仕方がない。
「……定型文はよい。贄以外は全員下がれ」
贄姫の扱いは時代によって様々だ。王族は神の血筋であり、王族以外からすれば神にも等しい存在で、彼らの贄姫の扱いがそのまま王宮の人間に伝わる。
贄姫は神の代行者で民からは尊ばれる存在ではあるが、それが王宮内でも同じとは限らないということだ。
今代の、私は残念ながらあまり良い印象を持たれていない。私は実父を父と呼ぶことは許されないし、私を生んだ母は贄姫を産んだことに絶望して伏せってしまいそのまま逝ったと聞く。従者も最低限の者がつき、街へ行くことなど叶うはずもない。
ただ神に嫁ぐその日まで、息を潜め忌み嫌われ生を全うし、この国の贄として石碑に名が刻まれるだけの存在なのだ。
そんな私を視界に入れることすら嫌う王が、この日は私と2人きりになるなんて、いったいどんなたいそうな用事かと。私は(顔には出さないが)訝しげに、しかし少しの期待を持って王の言葉を待っていた。
「貴様が、国税を使い私物を買い漁っているというのは、本当か」
それが本当だとしたら、確かに私を呼び出すほどの案件だ。まさか私にそんな嫌疑がかけられていようとは……。
かといって、疑いをかけられた時点で私の敗北は目に見えている。
もしかしたら贄となるその日まで牢獄で監禁なんてことになりかねてもおかしくはない。
「国王陛下。炎神様に誓って、そのようなことは致しておりません」
「しかし、進言があったのも事実だ。……証拠付きでな」
「証拠……?」
私が、今度こそ隠さず訝しげな顔でそういうと、国王陛下は小さなガラス玉を投げてよこした。それは手に取らずとも私の目の前で空中に浮いたまま止まり淡い光を放っている。
「これは……」
“ 響玉”とでも呼べばいいだろうか。あまり固定化された名前を持たないが、確かに知れたものだ。これは霊力のこもった石であり、緑色の光を放つ球体は名の通り“音”を記憶する作用を持つ。
嫌な予感がしつつも大人しくそれに触れれば、私の霊力に反応して込められた音が再生された。
『〜〜ですが!』
『わたくしの言うことが聞けない?』
『申し訳、ありま、せん……』
『わたくしが欲しいといったのです。国税でも使えばいいのよ。だって、わたくしはこの国の…第二王女なのだから』
『……ですが』
『早くしなさい。大切な従者を無くしたくはないわ』
『っ!!……かしこまりました』
音は消え、室内は静寂に包まれる。
その玉から聞こえたのは確かに私の声と、従者と思われる女性のもの。
そう、残念なことにーー私の声なのだ。
「お前の従者への確認は済んでいる。……否とは言わせんぞ。贄」
「……」
「無期限の禁固刑とする。ーー去れ」
冷たい声は、室内によく響く。その声に逆らうこともできず、私は玉座に背を向けた。
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ーーーーー
霊力とは誰もが持つ力ではあるが、その力には個人差がある。稀に平民に力の強い人間が生まれることもあるが、力を持つほとんどは王家の血筋から生まれるのだ。
霊力が強ければ強いほど精霊達や死霊、聖獣、稀に神を目に見ることも叶うという。
神まで見えるとなると直系の王族か、贄姫くらいではないと無理だろうが、逆に神というほどしっかりとした霊力の塊を纏う強さのものは自分から姿を見せたりすることもできるため、霊力が弱くとも見えたりする。
霊力の弱い平民達は生活において、その霊力を行使することはほとんどないものの、国では神を信仰する習俗があるため休日には祈りを捧げる時間があったりする。
王族や貴族ともなってくると霊力が日常生活で使われる。
その1つがさっきの響玉だ。音声を記憶し、そこに霊力を込めると再生できる。
他にも様々な効力を持つ玉が存在するが、まぁ、あれは作ろうと思えばいくらでも作れるし効力に関しても込める霊力でどうともなる。
そう、物に魔力を込めることができる。そうして日常生活に役立てることもできる。
例えば、罪人を閉じ込める檻に特殊な霊力を込めて外へ出ないようにしたり、規則的な間隔で痛めつけたりすることも。
「っっ…ぅぁ、…!!」
体を駆け抜けたのは激しい痛み。そのあと体は熱を持ち、立てないほどに体が痙攣する。
ーー国王陛下も王家の人間であり、多少なりとも霊力が使えるのなら、声を真似る術が存在することくらいしっているだろうに。
「無実の罪でここまでされては、たまったものじゃない、な」
そんなつぶやきも誰かに聞かれることなく、静かな部屋にまた私の小さなうめき声が響いた。
私が禁固刑を受けたのは、普段生活している部屋のさらに奥まったところにある、今は人も寄り付かない小さな小屋だ。
あまり綺麗とは言えない部屋も、自分で簡単に掃除すれば、まぁ住めないことないのだが殺風景な部屋はどこか暗い感じで気分は落ち込むばかりだ。
「はぁ」
こんなため息も、もう何度目になることやら。
持ち込んだ本ももう三度目が読み終わろうとしている。いつまでもこんなところにいなくてはならないというのはなかなかに、苦痛だ。罰としてはきちんと成り立っている。
「……少しだけズルでもするか」
どうせこんなところ誰もこないのだから、少しくらいは許して欲しいものだ。
そうと決まれば話は早い。私はルンルンしながら筆を取り、落ちていた木片に少し古い文字を1つ書き記した。今はもう誰も喋ることのない、古語の一つだ。簡単な術を使う時などには誰でも術を安定しやすくなりよく使える。
指先を少し切り、血液をそれに詰る。目を瞑って頭の中には雀をイメージしてふっと息を吹き込めば、私の手の上には一匹の雀が現れた。
「私の目を貸すんだ。たくさん見てくるといい」
そう言えば、チュンと了承を表すように鳴き、檻の隙間から外へ旅立っていった。
飛び立ったその姿はよく目で追うこともできないが、ここからが本番だ。布団を敷き、横になれば眠っているように見える。
どうせもう少しで死に行く身。外の世界へ夢を持つことくらい、神様というのも許してくれる。そう思いたい。