17. 終わりと始まり
気まぐれに手をかけてやった小娘は終ぞ俺の手を取ることはなかった。
見返りもなく国のために身を捧げる運命を受け入れるなどというふざけた無欲さ。そんな人間などいるはずがなく一体どんな本音を隠しているのか。
心を読むのは容易だったが、「それではつまらん」と俺にしては珍しく時間をかけて、だが最後は性急に陥落させようとし結局、妥協したのは俺の方だった。
気に食わないことに、全くもって俺の言う通りにならない。脆弱な小娘のくせにくだらないもののために生を投げ捨てようとしていた。
ごく稀に、露ほどの可愛げを見せると思えばそれは一瞬で澄ました顔を保ちなんでもないように取り繕う。 俺からすれば心はダダ漏れなため、その強がる姿は確かに面白いものではあったが無性に腹立たしかった。
元来、俺は頭を使うようなことはしないタチだ。 武神として神の座についたのだから気に入らないのであれば切り捨てればいいだけ。だが、あの小娘相手にはそうもいかないときた。
あの小娘に別の選択をさせるためにとっておきの場所まで連れて行き、なぜか俺が名をもらい泣かせる始末ときた。まったくもって気に入らん。
櫻月、などと安直甚だしい名前が酷く俺の欲を刺激した。暇つぶしにと手を出したはずが、この俺が欲するなどと。
ーーー名を呼べば、応えよう。 助けを求むならば俺の名を呼べ
つまり、折れたのは俺の方だ。まあでも、最終的には助けを求めたのだから細かいことを考えるのは後だろう。長く眠っていた分の思考は全て使い果たした気もする。後は、退屈な仕事を終わらせるだけだ。
「お前たち」
「ここに」
「なんの御用か」
「我らが主人様」
「この人間を匿っておけ。 手は出すなよ」
「は……?」
「承る」
「畏まりました」
眷属に小娘を預け、直ぐに炎神の結界の入り口ーー酔狂な滝を模したそこへ薙刀を一閃投じた。
強引に入り口に切り込み、直ぐに中へ入るとそこは炎神の居城と直結しており、奴は俺を見て目を見開く。その奴の周りには大勢の女神たちが粛々と奴の世話を焼いていた。
相変わらずの女神好きらしい。 再三警告を受けたはずだが、懲りずに増やし続けた結果、大日女に目をつけられるとはこいつもある意味不運かもな。
「貴様……。 な、なぜ貴様のような獣がこんなところにいる! 我が城に、いや、この国に入れるのは許可した神だけだというのに!! 」
「さてな。 お前が俺より格下ということだろ」
「ふ、ざけるな! 」
「ははっ。 それはこっちの台詞だな? 神の総意らしいからな、大人しく受け入れろ」
「クソ!! これでも喰らうがいい!!」
炎神こちらに手を向けると同時に、巨大な炎が俺を飲み込もうと牙を剥く。しかし、薙刀を一振りしそれは掻き消された。
炎神は一瞬怯むが悪あがきのごとく連続して炎を投げてくる。
「こんなものか」
トン、と一度刀を床につき、力を調整する。
ーーリィン
刃の根元についた鈴が一鳴きし、薙刀を構えそのまま真っ直ぐ炎神に向けて投擲した。刀はしっかりと炎神をとらえ、直後この空間に奴の絶叫が木霊した。
「ぐっ……!」
刃は炎神を貫き奴を壁に固定する。 こいつを消すのはまだ早い。
「わりぃな。 消す前に1つ答えろ」
俺を睨め付ける姿は完全なる負け惜しみでしかない。
「ここに来るはずだった小娘の真名は何だ」
「なぜ貴様などに答える必要が……! 貴様、まさか……ッッ!!」
一瞬の出来事だ。 薙刀を引き抜いて今度こそ奴を一刀両断する。 仮にも神であるため多少力を集中させたが他愛もない。 聞きたい事は聞き出せた事だし後は……、
「どうするか」
女神として炎神に仕えるため、生贄となった女たちをどうするか。考えたのもつかの間、デジャヴのように俺の側へ落雷のような光が落ち、日の香りこの場を支配した。
「チッ! テメェ、俺を消す気か!」
「んー? なんじゃ、偶々近くにおったくらいで騒がしい。 避ければ問題ないであろう?」
何でもないようにいう大日女だが、アレを反射で避けられる神など一握りだ。アレだけでどれだけ威力があると思ってる。
「そんな事より、お主にしては時間がかかったのではないか? 」
おそらく上から眺めて楽しんでいただろうに、扇子で口元を隠しながら俺に目線を向けてくる。
「仕事は果たした。 それ以外をどうするかは俺の勝手だろう」
「……。まぁ良い。 うむ、時間はかかったが綺麗さっぱり炎神は消え去ったようじゃ。神殺しはやはり、お主に任せるのが良いなぁ?」
「……」
「ふっ。 そう睨みつけるでない。 言ったであろう? 今回は妾の我儘ではない、と。 褒美に懲役を多少短くしてやる。 それと、この国もやろうか?」
「ふざけるのも大概にしろ。 いらねえ」
「ふふふっ。 可愛らしいなぁ。 まあ今回は仕事ぶりと、お主の愉快さに免じて追求はせぬよ。 後は妾らの管轄じゃ。 帰って良い」
どうやら女神たちと新しくここに憑かせる神についてはどうにかするらしい。それならこんな場所長居する理由はない。
「あ、そうじゃ。 今の貴様にいいことを教えてやろう」
「あ?」
「報酬だと思えば良い。 あの小娘のことなら泉龗を尋ねよ。 なんだったか……確か、灎碧国におったはずじゃ」
「……ふんっ」
今度こそ本当にその空間を出た。
あのババアの言葉通り動くのは癪でしかないが、確かに俺には小娘を完全に治すことはできない。
仮にもあのババアは主神に数えられる一人だ。 行って損はないだろう。
眷属の気配を辿り、小娘の元へ戻ると顔面蒼白で意識を失い、生きているのが不思議というギリギリの状態なのがわかる。
霊力の高いものは外側を傷つけられるよりこうして中を痛めつけられる方が何倍も効いてしまう。
抱き上げ中を探るが無理に調整しようとすれば壊れそうで、しかもこちらも被害にあいそうな始末だ。ゆっくりもしていられない。
「灎碧国の泉龗か」
横抱きにすると些か表情が和らいだように見えたが所詮は延命処置。さっさと行くことにしよう。
炎神の張っていた結界は今や完全に消え去り、無防備なこの国には小物どもが入り込んでいた。もう俺には関係のない場所となったが……。
「ふんっ。 つまらん」
城と街をちょうど覆うように、以前より小規模ではあるが新たに結界が張られつつあるのを尻目に飛び立った。
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