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座布団の上に正座し、扇子をお客さんと自分の前に置くと扇子が輝いて
ふわっと暖かい光が客席を覆っていく。
閻魔大王の説明のとおり、結界が張られたようだ。
「どうも寿限無亭長介でございます。一席お付き合い願います。」
客席から拍手。
あまり落語始まる前に拍手っていう文化はないんだけど。
これはこれで心地いい。
「私が生きていた元の世界では、落語という芸がございまして
こんな風に座布団の上に座って、皆さまにお噺を差し上げる商売で
ございまして。あたくしどもでは、舞台のことを「高座」と申します。」
驚くくらいにスラスラと喋れることに自分でも驚いた。
これも能力のおかげなんだろうか。
ちなみに、高座というのは、聞いているお客さんよりも高いところに
あるから「高座」というわけで。
本来、芸人がお客さんよりも高い位置にいるのは無礼だから、
扇子をお客さんとの間において「結界」を張ることでこれから話すことは
どんなバカげたことでも作り事だから許してくださいねって、まあそんなことなわけなんです。
俺の場合、文字通り結界を張れてしまうんだけどね。
「昔、江戸と呼ばれた土地がございました。
私が異世界で暮らしておりました東京という街の昔の名前なんで
ございますが「ショウグン」と呼ばれる統治者が治めた260年余り
続いた太平の世でございました。」
こういう江戸の話をこっちの人達はどう聞いているのだろうかというと
実際に江戸から来た人は別として、多くの人達からすると俺らが
異世界冒険譚を聞いて面白がるのと似ている気がする。
自分たちと文化風習が違う本当にそんなところあるのって話だから
面白がってくれることが結構ある。
で、ひとしきり「浜野矩随」の話を語って聞かせると案外反応が良かったわけだけれども。
仏を彫り終えて、若狭屋に認めさせるシーンやそのあとの衝撃的な別れのシーンでは、
涙ぐんでくださるお客様もいて、こちらも泣きそうになった。
まぁ、若狭屋さんが商売替えしろだの、死んでしまえだのいう前半
あたりは、「ハラスメントだ」なんて憤る人もこっちにもいますけども。
ただ、これだけだと昔自分が好きだった名人の受け売りなので、少しアレンジを加えたわけです。
「それで、会ったんです。さっき、その「のりゆき」さんに。」
そういうと、客席の2階にいた「のりゆき」さんがこっちに親指
を立ててサムアップしてくれていた。
「で、びっくりしたんですよ、転生してからは、刀の装飾品ではなく、
刀の方を作っているってんですから。
それであたし聞いたんです。なんで別のもの作ってるんですかって。」
「若狭屋さんに言われた通り、商売替えをいたしました。」
そういってオチをいって、深々頭を下げると客が皆立ち上がって、拍手をしてくれていた。
俺の初舞台は、こうしてスタンディングオベーションに送られて幕を閉じた。