(5)
「へへへ、なんか問題ありますかね?」
そういって笑いながら、ピロリが客席の方に話かける。
どっと沸く、客席。誰だよ、あの二人って声が聞こえているから
そうか、場違いな俺らが出てきたから、出オチで受けたわけね。
「新人芸人が入りましたんで、ご紹介したいんですよ。いいですかね。」
客席から沸く拍手。
ギターを鳴らしだすピロリ。
「へへへ、まずはそちらのカワイイお嬢さん。
白猫のマリーちゃんからご紹介。さぁ、どうぞ。」
「いや、私は、師匠のマネージャーで・・」
戸惑うマリーちゃん。そりゃそうだ。急に女芸人扱いされても。
「あ、そう。あたしゃてっきり曲芸を披露する猫娘さんかと・・
こいつは失礼。こちらは、マネージャーさんなんだそうで。
じゃあ、こっちが本当に芸人さんだ。」
そうやって、俺を紹介するピロリ。完全にマリーちゃんのおまけな感じ。
「どうも~。」
「本日は、どちらから来ました?」
「あの世から。」
お、一笑いとれた。
「あぁ、今日転生してきたのね。で、お名前は?」
素人のど自慢の司会者のような質問をしてくるピロリ。
「赤西与太です。」
本名を思わず答えてしまう俺。
「ダメだよ~。本名は聞いてないよ。芸名、芸名。」
ピロリのいじりで沸く客席。
困ったなぁ、芸名なんて全然考えていなかったよ。
「寿限無亭長介、でお願いします。」
で、名前と落語で思い出したのが、落語の「寿限無」だったから
思わず名乗ったのが今の芸名ってわけでして。
「このあと、寿限無亭長介師匠には、「落語」というのを披露してもらいますので、お楽しみに~。
その前に、今日もあたしの歌を聞いてもらいましょうかね。」
目くばせをするピロリ。
ぽかんとしていると、マリーちゃんはすでに袖に下がっていて手招きしている。
「あ?そうか。」
すっとんきょうな声を出して、焦って脇へ下がる俺。軽い笑いが起きる。
「へへへ。」
相変わらずヘラヘラしているピロリだが、少しだけピリッと気合が入った顔をした。
ピロリが歌いだす。
ギターで弾いているは、オペラ音楽らしいが、そっちに疎い俺は
何の曲かは良くわからない。
ピロリの芸の凄いところは、このオペラの歌を全部ひとりで歌うってことで。
ちなみに、ピロリって呼び捨てにいいのっておもうかもしれないけど。
前にピロリ師匠っていったら、逆に怒られて。
俺はそういう固っくるしいの嫌だから、ヤメロっていうんですよ。
で、さん付けしたら呼び捨てでいいって。
マリーちゃんからは、師匠っていわれても、さん付けでも文句いわないんだけどね。
だから、ピロリ。
で、変なおっさんだけど、見事な芸なんです。
ソプラノ、アルト、テノール、バス。すべての音域を一人で歌い上げる。
そして、俺にはよくわからないのだが、ギターでオペラの曲を弾くというのが
実はこれまた神業だったりするらしい。
一部じゃ、マエストロ・ピロリとか言われてるらしい。
本人が言うにはだけど。
で、一盛り上がりピロリが作った後に高座に上がるというのが、これまた
なんともプレッシャーだったんだけど。
スタンドマイクでギター弾きながら歌った後ですからね。
そこからいきなり、座布団の上に座って噺をするスタイルの人。
で、そのあとの演目がバレエがあって、最後にオーケストラが出てきて
演奏して終わりというプログラム。
色物とはいえ、浮きすぎだよなって、感じで、好奇の目に晒されながらの
デビューなわけです。
とはいえ、やるしかない。
「師匠、出番です!」
マリーちゃんに促されて、袖からそろそろと高座に上がっていったわけです。