01 お江戸でござる
できるだけ江戸初期に近づけましたが、違うとこも多いと思います。
気になる方は閲覧をご遠慮ください。
この世がまだ森羅万象
ーー人々が想像する事ができる概念を超えた場所ーー
と重なっていた頃の話である。
小話なのかホラ話なのかが曖昧な語りである。
時は江戸の初期、神君家康公が没して3年が経とうという頃、江戸の町から少し離れた裏街道から物々しい捕物帖が幕をあげていた。
………どうも、はじめまして。綺羅と申します。
そして隣で走るのは旅のつれの五郎です。
ただいま絶賛逃亡中な訳で…。
「だー、しつこいっ」
五郎が後ろを窺いながら文句を言う。
「そもそもここまで追い回される謂われもないのだが…」
「…ほ~う、謂われがないね~」
五郎がジト目でこちらを見ている。
いや、確かに寺社に忍び込み資料を漁りましたよ?だって仕方無いじゃん!正攻法にいっても門前返しだし、そもそも上司の命令は絶対だったし…。
もののついでに生臭坊主の経歴を晒しただけなのに後方の追手は50人強!
関所から離れているのにしつこいったらありゃしない。
結局追手を巻くのに一刻を要することと相成ったのである。
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そろそろ日没である。裏街道といってもほぼ獣道。辺りは鬱蒼とした森でありこれ以上進んでも危険なだけである。
「今日はこの辺りで野宿するか…」
「ん、それじゃあ火を起こす」
五郎は枯れ葉を集め火打石で火を起こす。
その間に私は枯木や茸、野草を集める。京の都を出て3月、手慣れたものである。五郎が背負っていた鍋に水と糒と野草をいれ雑炊に、茸は枝に刺して火で炙る。
「…で、散々追いかけっこした訳だが、それなりの収穫があったのか…?」
「うむ、博士の言う物と関係があるかはわからんがやはり江戸の町はキナ臭い」
元々江戸は湿地が広がっている片田舎であったはず。それをわずか数年で埋め立て治水をし発展を遂げている。五街道を整備し関所を強化している。所謂『入鉄砲出女』である。
「それだけなら天海見事と言うだけだったのだが…」
「だが…?」
先程の寺社で見た資料には平将門の手首を奉っていたとあったが近年、寺宝を江戸へ移したという記述を見つけた。
「おそらくだが、天海は江戸結界に平将門の御霊を使用している」
そもそも、平将門は下総国、常陸国に広がった平氏一族。地鎮をするにも江戸ではない。にもかかわらず天海は強引に将門の遺骸を転移して江戸の鎮守としている。
五郎は眉間に皺を寄せながら、
「…しかし、600年も前の話だぞ?」
「それだけ怨詛が強いのだろう」
おそらく将門の御霊は600年の月日の信心で荒御霊に昇華しているのではないだろうか。
「そして比叡山…」
「比叡山?」
「あぁ、当時の『承平天慶の乱』は常陸国の平将門、伊予国での藤原純友の乱が示し会わせたように同時に起こったのさ」
そして背景に比叡山(天台宗)の影があると当時の内裏では話題になったそうだ。
そして天海。かの妖僧も天台宗の僧正でもある。
江戸の町を計画するに辺り『四神相応』はもちろん、町を江戸城を中心に螺鈿が広がるように作り各所に将門を奉った寺社を配置することで鬼門裏鬼門の封殺…。これは京にもない結界手法であった。
何より先だって帝より家康に正一位の神階が贈られ、東照神君、権現様とも呼ばれ崇拝を集めている。これにより関東周辺の信心は江戸に集まる。
「それでもまだ完成していないのだから…」
「これ以上成長すると?」
「おそらく…」
うんざりしながら焚き火に薪をくべるのであった。
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その日、京の都に一羽の雀が舞い降りた。雀は室内の卓上へ降り立つと「ポンっ」と爆ぜるような音をたて1枚の紙へと変ずる。
式神である。卓上の主である老人は眼をほそめ手紙を読む。
「綺羅からの報告ですか?」
そこへ現れたのは老人と同じ黒を基調とした狩衣を纏った壮年の男である。
「うむ、相も変わらず無茶をしよる…」
「大丈夫なのでしょうか?あの御落い「寮の中とは言え気を散じることもなかろう」…、すみません。気をつけます」
綺羅が前代の院の落胤であることはこの陰陽寮では暗黙である。もっとも前院の皇姫ということで皇位継承争いには発展しそうにないのだが…。おそらく聡い綺羅自身も感じ取っているだろう。しかし、噂好きな、何より遊びに飽きている貴族に新しい情報を提供するつもりはない。
ただでさえ陰陽寮初の女性陰陽師候補なのだから…。
綺羅は現在陰陽博士の下につく陰陽得業生の地位にある。いずれは博士か陰陽師か…。しかしまだまだ若すぎる。
何よりも男だらけの陰陽寮で育った綺羅は言葉遣いも性格も男勝りになってしまったのは不徳の致すところか…。
「しかし江戸結界ですか、右大臣殿にも困ったものですな…」
「まぁ、この件は徳川というよりも比叡山だとは思うがな…」
京の都を守護する真言宗、天台宗であるが権力に近いためやはり確執もあるのだろう。
「さてはて、暦は荒れますかな?」
「そうさせぬのが我らの仕事じゃて」
そう言いながら改めて手紙を読む陰陽博士であった。
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綺羅と五郎はその後も江戸近辺の寺社を改めてたり、式神を用いて上空から江戸を調べたりと調査を続けていた。
そんな折、宿場の里より少し離れた森の途中で萌黄色の法衣を纏った修験者と粗野な衣服の野伏が2人、こちらを窺うかのように立ち塞がっていた。
「おい、綺羅?」
「ああ、おそらくただの匪賊ではないな…」
野伏らが手にする刀はやや小振り、脇差しよりも少し大きいようである。森の中でも振り回すにはうってつけである。
と、唐突に右側の男が地に伏せようとする動きを見せると五郎は刀を振るう。
ガキっと何かを払うと地面に飛び苦無が突き刺さる。おそらく前方に伏せる動きで飛び苦無をこちらに飛ばしていたのだろうが私には全くわからなかった。
「!っ、忍びかっ」
「そう言えば徳川は乱派(忍びの事)を使うと聞いたことがある…。確か伊賀…」
「…囲まれているかわかるか…?」
こちらに向けられてえいる殺気は前方からのみ…、背後、側面からは気配や視線は感じられない。前後に配置している式神の目にもそれといった気配はない。
「いいや、前方だけのようだ」
「ならば…!」
五郎は即座に野伏達へ切迫する。2対1ではあるが五郎の技量に問題は無い。
一刀のもとに切り捨てられた野伏達を見た修験者は驚愕の表情である。
当然である。数の少ない忍びが正面から襲いかかろうと五郎にしてみれば児戯にも等しい。
「鬼魅招来 死門開眼 急急如律了」
修験者は慌てて叫びながら袖から出した物を地面に投げつける。
鏡…いや盤か…?
投げつけた場所からは人が一人入れる程度の大きさの穴のような影が現れていた。そこより出でしは怪鳥であった。
大きさは鷲とほぼ同じだ全身が気味の悪い緑色。
こんな奇っ怪な鳥はとんと見たことがない。
この鳥はなんだ?…何かの書物で見たような…。確か…鴆か…?
大陸からの書物にかかれた図画とよく似ているが、あれは隣国は明国内の怪であったはず。しかし、…だとすると…。
「っー!気を付けろっ!全身毒があるかもしれん!」
「なっ!」
刀で切りかかろうとする五郎を制止する。
案の定、妖鳥は不気味な瘴気を纏っている。
「しかし、どうする?」
「私の後ろにっ」
五郎がかけよってくる間に怪鳥は上昇し此方を窺っている。
そして私は九字を結ぶ。
手印は守印。破邪の印の剣印ではなく護法の印を結ぶ。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前」
「この術方っ…高野山(真言宗)か?」
修験者がこちらを探るように窺うことしばし、チラリと切り伏せられた男達を見やり意を決したように森の中へと姿を眩ます。五郎に切り捨てられた野伏らは捨てていくようだ。
妖鳥の方も修験者の気配がなくなると明後日の方角へ飛んでいった。
「オン、キリキャラ ハラハラ フタラン パソツ ソワカ」
九字を解呪する真言を唱え修験者が向かった方角を見るがただの森がそびえるだけであった。
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「しかし、何者だ?あの者達は…」
「んー、忍びとはいえ少人数、しかも正面から襲いかかるとは…。しかも使っていた術も何だか古そうな感じだったし…」
地面にある壊れた盤を拾い物色すると卜占に使う式盤であった…が、
「うん、我々が使う六壬式ではなく…遁甲式…そして召喚したのは怪鳥『鴆』。ということは『奇門遁甲』か?」
奇門遁甲、武田信玄や徳川家康も用兵に用いた卜占である。
そして鴆は本来は明国の怪であり我が国では見ることはない。
「想像の域をでないのだが…、近辺の寺社荒らしの調査をしているところにたまたま出くわしたのではないか」
「にしてはいきなり襲ってきたぞ?」
「それはホラ、人相書きとか…?」
五郎も私も旅途中故に、着たきり雀である。人数、服装、出で立ちがそのままであれば下手人と思われても仕方あるまい…。実際に下手人なのだが。
しかし、問答無用に襲いかかるとは…やはり藪をつついたか?…。
その後野伏達の躯を探るとやはり人相書きとおぼしきものが出てきた。もっとも身元を明かす物は何一つ無かったのだが。
というか、人相書きに『簪もさしていない貧相な餓鬼』とかどういう事だ?!
「うむ、やはり徳川、いや天海は悪だ!相違ないっ!」
人相書きを文字通り握りつぶす綺羅の激昂した台詞を聞いた五郎はやや戸惑いながら
「おぉう…、では…」
本来の予定ではこの後江戸に先入するのだが、
「…いや、あの修験者のこともある。おそらく既に警戒されているだろうし…。一旦時期を置くのがいいだろう」
「…本音は?」
「早く帰還して風呂に入りたいっ!」
男勝りとはいえやはり女の子である。潜伏しての調査中のため江戸近辺では宿すらまともにとっていない。さすがの五郎もいやとは言えない。
そう言うと綺羅は先行させていた式神を戻し京へ足を向けるであった。
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江戸の町中のとある寺の境内で祈祷する僧の姿があった。僧衣は金糸がふんだんに使われた朱色である。
呪言が収まると天井から小さな声が聞こえてくる。
「南光坊様、本山より報せが届いております」
「…なんと?」
「陰陽寮に動きあり…と」
「江戸を探りにきたか…」
「また、草からの報告ですか近辺を荒らしている者がいると…。真言宗とおぼしき気配ありとか…」
天海はしばし思案して御本尊を見上げる。
「…増上寺と五街道の社の建立を急がせろ」
「はっ、しかし裏鬼門の結界には…」
「心配するな、それについては妙案がある」
結界に使用する将門の御本尊は既に使用済みである。江戸結界の急所でもある裏鬼門に入れる荒御霊が足りないのだが…。
「また京の都には久脩に連絡せよ」
「すべて御心のままに…」
都の陰陽寮には陰陽頭の土御門 久脩がいる。この者は安部氏の氏長者、すなわち安部晴明の嫡流である。しかも徳川子飼いの宮廷の出仕人であった。
すべては天海の采配に委ねられている。一介の草々は指示に従うだけであった。
「…、もうじきだ」
草の気配がなくなった境内にわずかに漏れる天海の言葉が闇の中に吸い込まれていくのであった。
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綺羅が都へ帰還すると陰陽博士と天文博士の両名が謹慎処分されていた。もっとも内裏への出仕停止処分ではあったが…。
「どういう事ですか?!」
「…陰陽頭からの下知じゃよ。土御門家は徳川の昵懇衆じゃからな…」
「あっ…!」
すなわち政治である。
綺羅が調査をしていることを受け止めた天海はその権力を使い陰陽寮に圧力をかけてきたのだった。
現在朝廷と徳川幕府の関係はやや緊張ぎみである。禁中並公家諸法度がいい例である。
「我らを内裏から遠ざけ、状況を報せないつもりなのじゃろう…。仕方あるまい」
綺羅は江戸潜入を怠ったことを今更ながら後悔した。とはいえ、綺羅とて無位無冠ながら出仕人。上からの指示は絶対であった。
「しばらくは江戸の方は放っておくしかあるまい…」
陰陽博士は内裏の方を見やりながらそう独り呟くのであった。
不定期に投稿します。