第九話
ランズマン家当主、ノルベール殺害事件から、約一週間が流れた。
レオたちはあの後、兵士の追手を逃れるなり、隠れ家に身を潜めていた。
どうやら世間では、アルヴァレス家暗殺事件の首謀者と、ランズマン家殺害の犯人は、同一犯とされているらしい。
――まぁ、もうなんだっていいけれど。
レオは隠れ家の、寝室をこそりと覗き込む。
情報屋のくれたこの家は、木製の造りが心を休ませる、実にいい空間だった。
――故に。
「フェリシア、起きてください。朝が弱い暗殺者とか、寝起きを狙われても知りませんよ」
仕事を終え、役目を失くしたフェリシアは、一言で言うと、ベッドの上で溶けていた。
「うるさい……暗殺者は夜に動くんだ……。昼間のこんな時間から狙ってくるバカは、殺してやる……」
「物騒なんだかいつも通りなんだか、わからない返しはやめてください。今日は町を出る日でしょう? 早く支度しないと、情報屋さんが来ちゃいます」
「……わかった」
もそりと起き上がるフェリシアは、もにょもにょとした声で答えてくる。
あれだけ生活を共にしたけど、ここまで寝起きがひどいとは。
――仕事が入っている間なら、ちゃんとシャキッとしてるのになぁ。
掛け布団を退けてやり、フェリシアの動きをサポートする。
……フェリシアの右手には、包帯がまかれていた。
「手、痛みます?」
「別に。もう随分と良くなった」
「そうですか、よかった。でも、後で包帯変えましょうね」
ランズマン家のあの日から、フェリシアの右手は治療中だ。
肩の傷ももちろんだが、右手は深く刺したせいか、肩に比べると治りが遅い。
レオはじっと手を見つめ、あの日のことを思い出す。
――一あの日、僕は初めて、武器で人を傷つけた。
ランズマン家の一件が、どんなに実感のないものでも、両手に残ったあの感覚だけは、レオの中に残っている。
ぎゅっと握りしめてみても、頭の中からは消えてくれない。
――でも、これが、僕が背負うと決めた、彼女が持っている罪なんだ。
レオは起きて活動を始めるフェリシアをみて、微笑む。
「って、ぼ、僕がいるのに着替えないでください!!」
「お前がさっさと出ていかないからだ」
「今すぐいなくなりますから!!」
レオは部屋を飛び出した。
それから、レオとフェリシアはローブを羽織り、森林の中を進んでいた。
隠れ家から進んだ先にある、花畑に向かうためだった。
「えっと、情報屋さんは、花畑まで来てくれるんですよね?」
「ああ。花畑の間に、整備された道がある。そこで落ち合う予定だ」
「ふふ、なんだかんだ、最後の最後まで頼っちゃいましたね」
「ふ、そうだな」
生い茂ったままの森を抜け、木々が開けたその瞬間、日の光が一段と眩しくなる。
レオの目の前に広がるのは、真っ白な花々が広がった、一面の花畑だった。
「わぁ、綺麗ですね。まるで絨毯みたいです」
「――レオ」
びくり、レオの肩が跳ねた。
「ど、どうしたの、フェリシア? 僕を呼ぶなんて珍し――」
「本当に、真実を打ち明けなくて良かったのか?」
フェリシアが立ち止まる。
レオも同じように立ち止まり、振り返る。
「ランズマン家が、犯人だったってこと?」
こくり。フェリシアが頷く。
レオは少し俯いて、一面に広がる花畑に、なんとなく視線を泳がせた。
「今の僕に、帰る家はないから。改めて真相を打ち明けても、きっと望む未来じゃない」
「だが、お前はまだこうして生きている。家をやり直す道だって、あったはずだろう?」
「それは、フェリシアが見逃してくれたから」
――僕がここにいられるのは、全てフェリシアのおかげだ。
レオはフェリシアに向き直り、包帯の巻かれた手を取った。
「僕は、フェリシアに付いて行くって決めた」
「……」
フェリシアはその言葉に、表情を曇らせる。
――それにね。
レオが続けた。
「フェリシアが抱えてる赤色には、人を助けるための赤があることを、僕は知った。フェリシアが持ってる幸せな赤を、僕は隣で証明したい。僕のように助けられた、救われた人もいるんだよって、僕がそばに居続けて、君を支えてあげたい」
「――お前」
「……なんて、フェリシアが嫌じゃなければ、だけどね」
レオは悪戯に笑って、フェリシアは瞳を見開いた。
「僕、フェリシアが好きだよ」
「……本当、調子が狂う男だな」
そう言って笑うフェリシアの笑みは、暗殺者のものではなく、ただの優しい少女だった。
レオはフェリシアの手を引いて、花畑を二人で歩いていく。
――罪を背負った僕らの未来が、どうなるのかはわからない。でも、きっと、フェリシアとなら、歩ける。
やがてゴトゴトと荷馬車の音がして、情報屋が姿を現した。
「行こうか、フェリシア」
「……ああ、そうだな」
とりあった手は離さぬまま、ふたりは荷馬車に乗り込んだ。




