第七話
それから、兵士が消えたのを確認し、情報屋から状況を仕入れたレオたちは、森の小屋へ移っていた。
「ふむ。ナイフを突き出す姿は様になってきたが、実戦でそれを行えるか不明だな。今の訓練の想定状況は、あくまで不意を突いた場合だ。もしも対面したとなった時、お前はどのように対処する?」
二人の稽古は、何度も何度も行われた。レオの気合いは十分だったが、ナイフを扱う単純作業も、レオにとっては一苦労だ。
「た、対面……。僕は身長が足りないので、まずは足を狙う、とか……?」
「確かに、相手の動きは封じられるな。だが、叫びをあげ、助けを呼ばれてしまうだろう」
「フェリシアならどうするの?」
「首にナイフを投げて刺す。もしくは、気を失わせてから――」
「実力で切り抜けるってことですね」
――今のところ、訓練の結果は惨敗だ。
筋肉量もそうだが、武器を向けるという行為に、まだためらいを感じている。
――ランズマン家の警備兵の数は、街から少し減ったみたいだけど、ノルベールが領主になる前に、なんとか技術を身につけないと。
ノルベールが地位についてしまえば、それこそ出入り自由になるため、警備はさらに厳重になる。
――時間もあまりないのに、情けないな、僕。
いくら心を固めても、非力な身体が付いてこない。
今まで平和に暮らしてきたツケが、こんなところで回ってきた。
「……少し、街に出向くか」
「え? でも……」
「前に言っていた短剣。警備が減った今なら、買いに行けると思ったが?」
「……フェリシア」
彼女なりの、気分転換の気遣いだろうか。
レオはじんと胸を熱くして、頷く。
「よし。フードは一応被っておけ」
「はい」
レオとフェリシアはローブを着て、隠れ家から街へと歩み出た。
――のだが。
「アルヴァレス家暗殺の首謀者か!?」
と、でかでかと書かれたポスターに、フェリシアの特徴が書かれていた。
金髪の長髪に赤い目の少女。
町のいたるところに張られたそのポスターは、ランズマン家のしたことだろう。
「どうやら、以前スラム街で見つかった時、目をつけられたみたいだな」
「そ、そんな。これ、僕を探してるんですかね?」
「恐らく、間接的にだが、姉と名乗った私を捕まえれば、お前にたどり着けると踏んだのだろう。……と言っても、随分と遠回しなやり口だな。ランズマン家は、お前の顔を知らないのか?」
「い、いえ。ランズマン家当主、ノルベールなら知ってます。でも、多分、兵士の人たちは知りません」
「なるほど。だからこんな面倒な、手当たり次第子供を調べる形をとってるのか」
「うっ、子供は否定できませんけど、あんまり言わないでください」
フェリシアはフードをかぶり、レオの手を引く。
「とりあえず、さっさと用を済ませよう」
「え、でも」
「気にするな。スラム街の住人が稼ぎに来る今の時間が、一番町に馴染める」
フェリシアはそう言って、堂々と、しかし速足に、人で賑わう商店街を、スルスルと歩いて抜けていく。
人から向けられる目は、幸いにも、身なりが汚いということくらいだった。
「いらっしゃい――って、なんだお前ら、スラム街の連中か? 小汚いったらありゃしねぇ。さっさとどこかに行ってくれ」
「この子に合う、短剣を探している」
「あぁ? お前らに武器を買う金なんかあるのかよ」
褐色肌の大柄な店主が、心底いやそうにそう言った。
レオを見つめる不快そうな目は、むしろレオを安心させる。
――よかった。正体はバレていないみたいだ。
レオが周りを見渡すと、先ほどフェリシアが言ったように、物を売るために出てきたスラムの住人がちらほらといるようだ。
「金ならある、早くしろ」
ガシャン。とフェリシアが投げたのは、レオが元々持っていた、アルヴァレス家のお金だった。
「お、おお。これだけありゃあ、まぁ、いいだろう。ちょいと待ちな」
「……ふん」
――すごい掌返し。
とは口には出さず、レオは大人しく、フェリシアが買い物を終えるのを待った。
しばらくして、
「ほらよ。これでどうだ? 軽くて収納しやすいから、そこのガキでも使えるだろ」
「……ふむ。悪くないな」
「にしても、ガキがナイフなんて、一体何に――」
男が言い終える前に、商品を受け取ったフェリシアが、レオの手を引いて背を向けた。
男は少しだけ、キョトンとしていたが、興味はすぐに失せたようで、元の商売に戻っていく。
「フェリシア、あ、ありがとうございます」
「別に。依頼達成に必要なものだからな」
淡々といいきったフェリシアは、振り向くことはしてこない。
――依頼、か。
レオは手を引かれながら、考える。
依頼が達成されてしまえば、フェリシアとの関係も終わる。……それどころか、レオは殺されるか、売られるかの未来を歩むだろう。
復讐を成し遂げるため、自分が提示した未来だ。今更文句を言う気はない。
――でも。こうやって改めて考えると、少しだけ、寂しいな。
「っと、ど、どうしたの、フェリシア?」
人々が行き交う中、フェリシアが足を止めた。
「これを、お前に渡しておく」
「え。さ、さっきの短剣?」
「落とさないようにしっかり持て。……後をつけられてる」
ドクンと、心臓が大きく脈打った。
「へ、兵士の、人?」
「人が多すぎてわからない、だが、私たちを追うということは、よくないものだろうな」
「……ど、どうするの」
「決まってる」
「それって――」
レオの身体がふわりと浮いて、視界が一気にぐわんと変わる。
――ああ、またなの。
「逃げるぞ」
その一言を合図に、フェリシアが一気に駆け出した。
「――あっ」
肩に担がれ、自然と後ろが見えるようになった時、追いかけてくる複数の影が、確かにレオの目に映る。
「な、何人かいます。兵士じゃないけど、追いかけてきてる!」
「大方、金で雇われたんだろう。どうってことはない」
フェリシアが勢いよく通り過ぎる度、商店街を歩む人たちが、「きゃあ」やら「わぁ」やら悲鳴を上げる。
兵士たちも視線を向け、なんだなんだと騒ぎ出す。
――まずい、目立ってる。
フェリシアもそれはわかっているようで、商店街を抜けるなり、人気の少ない路地の方へ向かった。
しかし、
「待ち伏せか」
追い込まれた路地の先にいたのは、ランズマン家の兵士だった。
フェリシアは足を止め、引き返そうと踵を返す。だが、後ろも兵士に囲まれていた。
――ど、どうする?
考え込むレオを、フェリシアが下におろす。
すると、兵士が一人、前に出た。
「お前、この間の女だな。子供も一緒とは丁度いい。少し時間を貰えるだろうか?」
「こんな手荒な真似をして、大人しく応じると思ったのか?」
「なに、我々もひとつ、確認したいことがあるだけだ。……そこの子供の顔を、ノルベール様に確認させてくれれば、それだけでいいのだ」
フェリシアはレオを背に庇い、黙る。
――僕の容姿を、この兵士たちは知らないんだ。
前にフェリシアが言ったように、黒髪の子供なんてたくさんいる。手当り次第に殺すのもいいが、市民からの支持が必要な今、目立った行動は避けたいのだろう。
つまり、ここで逃げ切れなければ、レオはノルベールに引き渡され――。
「……フェリシア」
小さく呼ぶと、フェリシアが僅かにレオを見る。
「僕の考えに、任せて貰っていい?」
「なにを――」
「おい。何を話してる?」
フェリシアが問いを投げかけたが、兵士によって阻止される。
レオはフェリシアの前に、両手を広げて出ていった。
「ぼ、僕のお姉ちゃんに、酷いことはしないで! なんだかよくわからないけど、みんなの狙いは僕なんでしょ!?」
「なっ――、おい!?」
肩をひかれ、フェリシアの動揺の声がした。
しかし、それは兵士も同じで、ヒソヒソと何かを囁き合う。
「あの様子、ただの子供じゃないのか?」
「いや、演技だったらどうする」
「一応でも構わないから、連れて行くのがいいんじゃないか?」
――なんもかんも聞こえてるよ。
レオがそう思った時、一歩前に出ていた兵士が、レオの前に膝をついた。ローブをそっとレオから外し、髪色を見てから一つ頷く。
「大人しくついて来てくれるなら、話が早いな。我々も、無意味な殺しは回避したい。もしも疑いが晴れたなら、家に帰すことを約束する」
「……うん、わかった。でも、ひとりぼっちは怖いから、お姉ちゃんも一緒でいい?」
「ああ、もちろんだ」
兵士はしっかりと頷いた。その後、さっと立ち上がり、他の兵へと指示を出す。
「女を縛れ。あの身軽さ、暴れられたら厄介だ」
「ハッ」
「ちょ、乱暴にはしないでよ?」
両手を差し出すフェリシアの手を、兵士がしっかりと縛っていく。
フェリシアはずっと黙り込み、レオの方を見つめていた。
――ごめん、フェリシア。でも、大丈夫だから。
そう思いを込めて頷く。
「行くぞ」
フェリシアは四方を、レオは両端を兵士に囲まれて、馬車の中へと連れられる。
ランズマン家へ向かう、馬車へと。
――フェリシアから受け取った短剣を、背中へと忍ばせたまま。




