表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/9

第六話


 ランズマン家が暗殺事件の真犯人。

 その事実が判明して、空き家へと戻ったレオは、ホコリだらけの床に座るなり、自身の頭を働かせた。

 フェリシアは椅子にそっと座って、レオの様子を見守っている。


 ――まず、何から考えたらいいだろう。


 レオは一番の疑問である、ランズマン家の動機を考えた。


 ランズマン家の当主、ノルベールとレオの父親は、学生の頃からの友人だった。お互い至極優秀で、学内でも有名な二人組。家柄の付き合いから始まって、性格面で気が合って、最終的に、お互いを高め合う良き仲間へ二人は発展していった。事件が起きた時にも、率先してランズマン家が調査を名乗り出るほど。

 レオが顔を合わせたのは、たった数回だったけれど、素敵な友人だと思っていたし、ランズマン家も自分と同じ、悔しい思いを抱いていると、そう希望を抱いて止まなかった。


 ――それなのに、なんで?


「父さんの……父の功績が、目的?」


 ノルベールは、功績にこだわる男だった。

 もし、そう、もしだ。もし今の立場に不満があったなら、罪を犯してもおかしくない。

 なんたって、アルヴァレス家さえいなくなれば、彼は領地を広げられる。調査という名目で街に深く関われば、次期領主としての信頼だって手の内だ。

 市民からの支持を集め、調査を終了したならば、アルヴァレス家が行っていた業務を、引き継ぐと名乗り出ればいい。友人関係の彼ならば、疑われずに奪うことが可能だろう。


「…………」


 事件のピースが、恐ろしいほどにはまっていく。

 ――僕はこの事実を、最初から見ないようにしていた。


「貴族の世界がどんなものか、わかっていたはずなのにな……」


 呟いて、決意する。


「ねぇ、フェリシア。君にお願いがあるんだけど」

「なんだ?」

「――僕に、人の殺し方を教えて」


 ……もう、戻れないことはわかっていた。

 家を失くし、復讐を決意し、暗殺者を雇ったその日から、決意しなくてはならなかった。

 だけど、レオはどこか怯えていた。

 できることなら犯人が、わからないままでいたらいいと。

 誰も恨まず、すべてを忘れ、このままスラムでもどこでも、生き延びてなあなあに暮らしたい。……そう思っていた。


 ――だけど、それももう終わりだ。僕は、終わらせなくちゃいけない。


 フェリシアはしばらく、レオの瞳を見つめていた。

 しかし、やがて静かに頷いて。


「わかった。出来る限り、教えられることを教えよう」

「あ、ありがとう!」


 思わず笑みをこぼし、レオはそのまま立ち上がる。


「そうと決まれば、さっそく特訓しよう!」

「ああ。だが、出来れば武器を買いたいな」

「え、武器? フェリシアが持ってるたくさんの中から、一つ借りるのはダメ?」

「別にそれでも構わないが、武器と言うものは、自分に合ったものが一番だ。……だが、そうだな。今街に行くのは危険だから、町に武器を買いに行くのは、警備の目が少し落ち着いてからにしよう」

「えぇ、ってことは、訓練はお預け?」


 気持ちに踏ん張りがついた手前、出鼻を挫かれる思いだった。

 だが、フェリシアがすくりと立ち上がる。


「だから、まずはお前には、動揺しない精神を叩き込む」

「せ、精神?」

「そうだ。人を殺すという出来事の際には、緊張感、それから想定外もついてくる。どんなものにも動じない、頑なな心を手に入れろ」


 なるほど、理にかなっている。

 レオは「流石暗殺者」と心の中で深く頷いた。


「それで、具体的にどうすれば……?」

「うむ。ではまずは、訓練に必要な獣の用意からだな」

「け、獣!? そんなものを取り扱うんですか!?」

「当たり前だ。暗殺者を舐めるな」


 ――ぼ、僕が知らないだけで、暗殺者って獣も扱えるのか……?

 真相は不明だった。


「と、とりあえず、よろしくお願いいたします」

「ああ。ひとまず、私について来い」



「――……と、用意してくれたのは良いんですが、『この子』は一体?」

「訓練に必要な獣だ。スラム街から連れてきた」


 スラム街から抜けた先にある、人の出入りがない森林。そこにポツンと建てられた、小さな木製の小屋にレオたちはいた。

 ――ピンと立った両耳、獲物を逃さない大きな目に、一度刺されば離さないというような、鋭い爪はたいそう立派。センサーとして働く髭、ゆらゆらと揺れる長い尻尾。

 確かに、獣と言えば獣。


「でもこの子、猫、ですよね?」

「おい、うかつに近寄るな! さてはすでに、魅了されてしまったのか……?」

「ああ、なるほど。精神ってそういう」


 ……猫とのたわむ――もとい、訓練は夜中まで続いた。(フェリシアはあくまで真剣であったので、レオは何も言わなかった。)

 ――そにしても、こんな隠し小屋貸してくれるなんて、情報屋さんってなんだかんだ、優しいところあるよなぁ。

 まぁ、お金は取るんだけれど。




 そして、訓練から数日。

 レオとフェリシアはローブを纏い、街の様子を聞くために、情報屋の店に向かっていた。


「情報屋さん、大丈夫ですかね? 僕との関りがバレたりして、殺されちゃったりしませんよね?」

「あいつなら大丈夫だろう。殺される気配を感じたら、誰よりも早く逃げるだろうからな」

「うーん……。申し訳ないけど、一目散に逃げる姿は、簡単に想像できますね」


 なんて会話をしながら、スラム街を歩けるようになったのだから、人の慣れとは凄まじい。

 道端に転がるゴミや異臭も、気にならないものになってしまった。


「……おい、フードをかぶれ」

「え? あっ」


 フェリシアが歩きながら、レオをそっと背に隠す。

 ランズマン家の兵士がふたり、前から歩いてきていた。

 レオは慌ててフードをかぶり、俯き気味でフェリシアに続く。

 だが、すれ違う瞬間。


「おい」


 と、警備兵が声をかけてきた。


「なんだ?」

「お前ら、この辺で妙に身なりのいい、黒髪の子供を見かけたことはあるか?」

「妙に身なりのいい? ……生憎だが、黒髪なんてそこら中にいる、私は一切知らないな」


 レオを探していることは、その一言で十分わかった。

 ドキドキと心臓が騒ぎ立てて、フェリシアのローブを掴む手に、汗がどんどん滲んでくる。


「そっちの子供は?」


 ――ど、どうしよう。

 警備兵が、レオに向かって近づいてくる。

 顔を上げたら、バレてしまうかもしれない。ランズマン家の兵士なら、レオの顔を知っているかもしれない。

 いろんな考えが頭を巡ったころに、兵士が、レオの目の前に立った。

 が、


「すまない。こいつは私の弟だ。身体が弱く、刺激を与えたくない。外に出たのも数日ぶりだ、そちらが探している子供というのは、見てはいないだろう」


 失礼する、と言い切ったフェリシアが、レオの手を引いて背を向けた。


「振り返るなよ、このまま切り抜ける」

「わ、わかった」


 フェリシアに大人しく手を引かれ、速足に歩く~~。

 その後ろで、兵士たちがささやく声が聞こえた。

 内容は、「どうする?」やら、「ほっとけ」やら、なにやら吟味しているようだった。

 だが、曲がり角に差し掛かった途端、


「追え」


 と、確かに聞こえてきた。


「チッ。面倒だな、逃げるぞ」

「ふぇ、ふぇりしあっ!?」


 ふわっと視界が大きく動いて、浮遊感が襲ったと思えば、レオはフェリシアに担がれていた。

 いくらレオが低身長で子供とは言え、いとも簡単に抱えられると、男としての威厳がない。


「お、おぉおろして! 自分で走れるよ!」

「うるさい。走れるものか。黙っていないと舌を噛むぞ」


 走り出したフェリシアは、曲がり角を抜けていく。子供をひとり担ぎながらとは、到底思えぬ速さだ。


「おい、逃げるな!」

「げっ、へ、兵士です!」


 フェリシアが振り返れぬ代わりに、レオが後ろを報告する。

 フェリシアはトンッと道端の木箱を踏み台にすると、建物の屋根へ軽々とのぼった。


 ――さ、流石暗殺者、身軽すぎる。


 なんて感想を漏らしてる間に、後を追っていた兵士の声も、気配も、あっという間に消えていた。


「さて、ここまで来れば平気だろう」

「あ、ここ、ちょっと前の拠点の空き家……」


 ストンと地面におろされて、レオが周りを見渡すと、見慣れた空き家の前にいた。


「ありがとう、フェリシア。驚いたけど、おかげで逃げられました」

「ふん、いつしかのナンパの礼だ。借りの作りっぱなしは、性に合わない」

「そういえば、そんなこともありましたね」


 レオは小さく笑い、フェリシアは顔を背けた。


「ところで、お前、少し筋肉をつけたらどうだ? 女に抱えられるのは、男としてどうかと思うが……」

「それ、思っても言わないでください……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ