第六話
ランズマン家が暗殺事件の真犯人。
その事実が判明して、空き家へと戻ったレオは、ホコリだらけの床に座るなり、自身の頭を働かせた。
フェリシアは椅子にそっと座って、レオの様子を見守っている。
――まず、何から考えたらいいだろう。
レオは一番の疑問である、ランズマン家の動機を考えた。
ランズマン家の当主、ノルベールとレオの父親は、学生の頃からの友人だった。お互い至極優秀で、学内でも有名な二人組。家柄の付き合いから始まって、性格面で気が合って、最終的に、お互いを高め合う良き仲間へ二人は発展していった。事件が起きた時にも、率先してランズマン家が調査を名乗り出るほど。
レオが顔を合わせたのは、たった数回だったけれど、素敵な友人だと思っていたし、ランズマン家も自分と同じ、悔しい思いを抱いていると、そう希望を抱いて止まなかった。
――それなのに、なんで?
「父さんの……父の功績が、目的?」
ノルベールは、功績にこだわる男だった。
もし、そう、もしだ。もし今の立場に不満があったなら、罪を犯してもおかしくない。
なんたって、アルヴァレス家さえいなくなれば、彼は領地を広げられる。調査という名目で街に深く関われば、次期領主としての信頼だって手の内だ。
市民からの支持を集め、調査を終了したならば、アルヴァレス家が行っていた業務を、引き継ぐと名乗り出ればいい。友人関係の彼ならば、疑われずに奪うことが可能だろう。
「…………」
事件のピースが、恐ろしいほどにはまっていく。
――僕はこの事実を、最初から見ないようにしていた。
「貴族の世界がどんなものか、わかっていたはずなのにな……」
呟いて、決意する。
「ねぇ、フェリシア。君にお願いがあるんだけど」
「なんだ?」
「――僕に、人の殺し方を教えて」
……もう、戻れないことはわかっていた。
家を失くし、復讐を決意し、暗殺者を雇ったその日から、決意しなくてはならなかった。
だけど、レオはどこか怯えていた。
できることなら犯人が、わからないままでいたらいいと。
誰も恨まず、すべてを忘れ、このままスラムでもどこでも、生き延びてなあなあに暮らしたい。……そう思っていた。
――だけど、それももう終わりだ。僕は、終わらせなくちゃいけない。
フェリシアはしばらく、レオの瞳を見つめていた。
しかし、やがて静かに頷いて。
「わかった。出来る限り、教えられることを教えよう」
「あ、ありがとう!」
思わず笑みをこぼし、レオはそのまま立ち上がる。
「そうと決まれば、さっそく特訓しよう!」
「ああ。だが、出来れば武器を買いたいな」
「え、武器? フェリシアが持ってるたくさんの中から、一つ借りるのはダメ?」
「別にそれでも構わないが、武器と言うものは、自分に合ったものが一番だ。……だが、そうだな。今街に行くのは危険だから、町に武器を買いに行くのは、警備の目が少し落ち着いてからにしよう」
「えぇ、ってことは、訓練はお預け?」
気持ちに踏ん張りがついた手前、出鼻を挫かれる思いだった。
だが、フェリシアがすくりと立ち上がる。
「だから、まずはお前には、動揺しない精神を叩き込む」
「せ、精神?」
「そうだ。人を殺すという出来事の際には、緊張感、それから想定外もついてくる。どんなものにも動じない、頑なな心を手に入れろ」
なるほど、理にかなっている。
レオは「流石暗殺者」と心の中で深く頷いた。
「それで、具体的にどうすれば……?」
「うむ。ではまずは、訓練に必要な獣の用意からだな」
「け、獣!? そんなものを取り扱うんですか!?」
「当たり前だ。暗殺者を舐めるな」
――ぼ、僕が知らないだけで、暗殺者って獣も扱えるのか……?
真相は不明だった。
「と、とりあえず、よろしくお願いいたします」
「ああ。ひとまず、私について来い」
「――……と、用意してくれたのは良いんですが、『この子』は一体?」
「訓練に必要な獣だ。スラム街から連れてきた」
スラム街から抜けた先にある、人の出入りがない森林。そこにポツンと建てられた、小さな木製の小屋にレオたちはいた。
――ピンと立った両耳、獲物を逃さない大きな目に、一度刺されば離さないというような、鋭い爪はたいそう立派。センサーとして働く髭、ゆらゆらと揺れる長い尻尾。
確かに、獣と言えば獣。
「でもこの子、猫、ですよね?」
「おい、うかつに近寄るな! さてはすでに、魅了されてしまったのか……?」
「ああ、なるほど。精神ってそういう」
……猫とのたわむ――もとい、訓練は夜中まで続いた。(フェリシアはあくまで真剣であったので、レオは何も言わなかった。)
――そにしても、こんな隠し小屋貸してくれるなんて、情報屋さんってなんだかんだ、優しいところあるよなぁ。
まぁ、お金は取るんだけれど。
そして、訓練から数日。
レオとフェリシアはローブを纏い、街の様子を聞くために、情報屋の店に向かっていた。
「情報屋さん、大丈夫ですかね? 僕との関りがバレたりして、殺されちゃったりしませんよね?」
「あいつなら大丈夫だろう。殺される気配を感じたら、誰よりも早く逃げるだろうからな」
「うーん……。申し訳ないけど、一目散に逃げる姿は、簡単に想像できますね」
なんて会話をしながら、スラム街を歩けるようになったのだから、人の慣れとは凄まじい。
道端に転がるゴミや異臭も、気にならないものになってしまった。
「……おい、フードをかぶれ」
「え? あっ」
フェリシアが歩きながら、レオをそっと背に隠す。
ランズマン家の兵士がふたり、前から歩いてきていた。
レオは慌ててフードをかぶり、俯き気味でフェリシアに続く。
だが、すれ違う瞬間。
「おい」
と、警備兵が声をかけてきた。
「なんだ?」
「お前ら、この辺で妙に身なりのいい、黒髪の子供を見かけたことはあるか?」
「妙に身なりのいい? ……生憎だが、黒髪なんてそこら中にいる、私は一切知らないな」
レオを探していることは、その一言で十分わかった。
ドキドキと心臓が騒ぎ立てて、フェリシアのローブを掴む手に、汗がどんどん滲んでくる。
「そっちの子供は?」
――ど、どうしよう。
警備兵が、レオに向かって近づいてくる。
顔を上げたら、バレてしまうかもしれない。ランズマン家の兵士なら、レオの顔を知っているかもしれない。
いろんな考えが頭を巡ったころに、兵士が、レオの目の前に立った。
が、
「すまない。こいつは私の弟だ。身体が弱く、刺激を与えたくない。外に出たのも数日ぶりだ、そちらが探している子供というのは、見てはいないだろう」
失礼する、と言い切ったフェリシアが、レオの手を引いて背を向けた。
「振り返るなよ、このまま切り抜ける」
「わ、わかった」
フェリシアに大人しく手を引かれ、速足に歩く~~。
その後ろで、兵士たちがささやく声が聞こえた。
内容は、「どうする?」やら、「ほっとけ」やら、なにやら吟味しているようだった。
だが、曲がり角に差し掛かった途端、
「追え」
と、確かに聞こえてきた。
「チッ。面倒だな、逃げるぞ」
「ふぇ、ふぇりしあっ!?」
ふわっと視界が大きく動いて、浮遊感が襲ったと思えば、レオはフェリシアに担がれていた。
いくらレオが低身長で子供とは言え、いとも簡単に抱えられると、男としての威厳がない。
「お、おぉおろして! 自分で走れるよ!」
「うるさい。走れるものか。黙っていないと舌を噛むぞ」
走り出したフェリシアは、曲がり角を抜けていく。子供をひとり担ぎながらとは、到底思えぬ速さだ。
「おい、逃げるな!」
「げっ、へ、兵士です!」
フェリシアが振り返れぬ代わりに、レオが後ろを報告する。
フェリシアはトンッと道端の木箱を踏み台にすると、建物の屋根へ軽々とのぼった。
――さ、流石暗殺者、身軽すぎる。
なんて感想を漏らしてる間に、後を追っていた兵士の声も、気配も、あっという間に消えていた。
「さて、ここまで来れば平気だろう」
「あ、ここ、ちょっと前の拠点の空き家……」
ストンと地面におろされて、レオが周りを見渡すと、見慣れた空き家の前にいた。
「ありがとう、フェリシア。驚いたけど、おかげで逃げられました」
「ふん、いつしかのナンパの礼だ。借りの作りっぱなしは、性に合わない」
「そういえば、そんなこともありましたね」
レオは小さく笑い、フェリシアは顔を背けた。
「ところで、お前、少し筋肉をつけたらどうだ? 女に抱えられるのは、男としてどうかと思うが……」
「それ、思っても言わないでください……」




