第五話
ひとまず、噂は町中に広まっている。
その確認が取れたレオたちは、再び酒場へ訪れた。
時刻は深夜。この間の時と違い、店内に客はもうおらず、しんと静まり返っている。
「よぉ、昨日ぶりだな。どうよ、俺の腕前は」
「こんにちは、情報屋さん。驚きました、まさか翌日でこんなに浸透するなんて。情報屋さんってすごいんですね」
「おうおう、ガキは素直で恐ろしいね。裏があるのか純粋なのか、汚れた俺にはわからねぇってもんよ」
ケラケラと笑う情報屋に、レオは首を傾げながら、カウンター席に座る。
フェリシアは隣に腰かけると、まだブツブツと話していた。
「んで、この嬢ちゃんはどうしたんだ?」
「さぁ。今日のお昼に警備兵に会ってから、なんか様子おかしくって」
「ほぉん。そういや、最近ランズマン家の警備兵、よくこの町に出入りしてるみてぇだな。アルヴァレス家がいなくなって、治安を守る人がいないのと、事件解決のためだなんだって、走り回ってるみたいだが」
懐から煙草を取り出して、火をつける情報屋。
煙をふぅと吐き出すと、レオの目の前が煙で曇った。
――ランズマン家は、今、どれくらい調査が進んでいるのだろう。
父と仲が良かったランズマン家の当主、ノルベールは、大変優秀な男だった。
もしも事件を追ってるなら、ユーン家に近付く手がかりを、何か持ってるかもしれない。
――でも、今ここで僕が会いに行くことは、ランズマン家を巻き込むことになる。これ以上誰かを危険に晒すのは、なんとしても避けなくちゃ。
レオは下を向いたまま、膝に置いた拳を、ギュッと強く握った。
「……なぁ、坊主。お前、」
情報屋が口を開く。
刹那、ひとり上の空だったフェリシアが、ガタリと席を立ちあがる。
「え、え? な、どうしたの?」
「足音だ。こちらにどんどん近付いてくる。……この音、鎧か?」
「おいおい、なんたってスラム街にそんな武装したやつが来るんだ」
「さぁな、少なくとも私が思う可能性は、長男を探すよう依頼された誰か、か」
情報屋と言葉を交わしながら、フェリシアの赤い瞳がレオをしっかりと捉えた。
レオは動揺しながらも、
「ぼ、僕――……?」
「ケッ、流石暗殺されかけた長男。訳あり中の訳ありだな。おい、坊主、事情は知らんがこの下に隠れな。上乗せ料金でかくまってやる」
「お、お金取るんですか!?」
ガコンと重たい音がして、情報屋が指差した先にあったのは、床下にある空洞だった。
そこそこ狭い空間だが、フェリシアとレオふたりなら、何とか入れそうな空間だ。
「恩に着る」
「あ、ちょっと!?」
レオが何かを言う前に、レオを腰に抱え、フェリシアがカウンターを飛び越えた。
滑り込んだ床下は、目分量で見たよりもずっと狭い。
レオはフェリシアに、押し倒されるようにして寝転がった。
金色の髪がサラリとながれ、レオの鼻をくすぐる。息をすれば花の香りがして、レオは咄嗟に顔を逸らした。
「よし。しばらくそこでじっとしてな」
情報屋が床下の扉を閉め、レオたちは声を殺す。
途端、店の扉が開かれた。
――あ、危なかった。
フェリシアが気付いていなければ、見つかってしまっていただろう。
レオはじっと耳を澄ませ、床を通して聞こえてくる鎧の足音を聞いていた。
「二人だ。店の前に一人残った」
ぼそりと、フェリシアが耳元で呟いた。
――こ、この状況、ちょっと色々とやばいのでは?
隠れている緊張感はもちろんのこと、心臓が騒ぐ原因が、もうひとつあるのはわかっていた。
姿勢を低くしたフェリシアの吐息が、レオの髪をそっと揺らす。息をひそめる互いの体温が、狭い空間を満たしていく。
――は、早く外に出たい!
レオの心は早くも限界だった。
すると、
「お前がここの情報屋か?」
男の声が聞こえた。低く、くぐもって、鎧が顔を覆っていることが声の様子から窺える。
「これはこれは、珍しいお客が来たもんだ。ランズマン家の兵士様が、いったいなんの御用だい?」
「――らっ」
――ランズマン家!?
フェリシアに口を塞がれて、なんとか堪えることができた。そのまま頬をつねられて、怒っていることを主張される。
「おい。今なにか聞こえなかったか?」
「はぁ、なにか、ですかい? この店は古いもんでして、ネズミがあちこち走り回っていますから、その物音じゃあないですかい?」
訝しげな兵士の声に、取り乱す様子のない情報屋が答える。
――ま、まずい。
そう思った矢先、
「少しだけ、店の中を調べさせてもらう」
「は? ちょ、ちょっと困るぜ兵士さん、理由もなしに店を荒らされちゃあ、こっちとしては迷惑だっつーの! って、おい、聞いてんのか!」
言うが早いか、ガタガタと鳴り響く物音は、机や棚、あらゆる場所を見ているようだ。
遠くの方から近くまで、くまなく探して満足したのか、兵士の足音が戻ってくる。
「俺の思い違いだったらしい。疑って悪かったな」
「ったく、最初から言ったじゃないですか。……で、なにをそんなに、周りを気にしてらっしゃるので?」
情報屋の意味深な物言いに、レオの意識が引き込まれる。
兵士の男が、ふっと笑う気配がした。
「勘が良い男だな。ランズマン家当主、ノルベール様からの依頼で、お前に仕事を頼みに来た」
「ほう、お貴族直々に依頼とは、いったいなんの仕事でしょう?」
「なに、そんなに難しい仕事じゃない。今や世間を騒がせてる、アルヴァレス家暗殺事件から逃れた、長男の行方を捜しているだけだ」
――長男の、行方。
ランズマン家は事件を追っている。
被害者の生き残りであるレオを、探すことはおかしくない。事件解決の手がかりとして、レオを欲しているのなら、依頼しに来るのも納得だ。
――でも、なんだろう。
ざわざわとして引っかかる、胸の中のわだかまり、妙な違和感がレオの中に生まれていた。
少しの間が空いて、情報屋が身を乗り出す気配がした。
「ははぁ、なるほどな。ランズマン家さんは確か、事件の調査をしてるんだっけか? 事件解決の手がかりを、俺に頼む寸法――」
「いや、そうではない。下手な芝居はやめにしろ、お前もわかっているんだろ?」
「……さぁて、なんのことでしょう」
自分の言葉を否定された割には、冷静な声で情報屋が答える。
レオは胸騒ぎが、段々強くなっていくのを感じていた。
「ノルベール様の依頼は、長男を捕らえること。死んでいるなら問題はないが、仮に生きていたのなら、我々のもとへ連れてこい。ノルベール様が顔を確認し、本人とわかり次第、こちらで処分する」
「――おいおい、俺は殺し屋でも、運び屋でもないぜ。俺ができるのは、長男の情報を集めるだけだ。捕らえて運んで欲しいなら、別の誰かを雇いな」
息を飲むような情報屋の声が、レオの耳から遠のいていく。
「いや、暗殺の際に殺し屋を雇ったが、どうやら不手際があった様子でな。少々信頼ならんのだ。金はいくらでも積んでやるから、お前に仕事を頼みたい」
――彼らは。
いや、兵士は、いったい何を言ってるんだろう?
まるで今のやりとりは、フェリシアのことを指しているみたいだ。
フェリシアのことを知ってるのは、暗殺事件をもくろんだ、真の犯人だけなのに……。
それどころか、レオの安否を気にしているのではなく、死んでいて欲しいようなもの言いだ。
そのやりとりが意味する答えは、レオの中に一つしか浮かばない。
――犯人は、ユーン家じゃ、なかった?
頭の中で、まさかと心が否定する。
――父の友人のランズマン家が、フェリシアを仕向けた真犯人?
「……嘘だ」
呟いた時、覆いかぶさるフェリシアが、息を飲むのが伝わった。
それが何よりの肯定で、レオは思わず拳を握る。
「――ッ」
なんでなんだ。と叫びたかった。
しかし、口はフェリシアの手に覆われて、叫ぶことは叶わない。抱きしめられ、身体を押さえつけられて、力のかなわないレオは、悔しさを堪えてもがくことしか出来なかった。
なんで、どうして、どうして彼が自分らを?
いくら自問自答しても、答えは一切浮かばない。
――ランズマン家は、父の友じゃなかったのか……!?
「……やはり、何か物音がしないか?」
兵士の声が聞こえた。
「えぇ、ですから、ネズミがいるんじゃないですか?」
「果たして本当にそうか? 情報屋、お前、何か隠してるんじゃないか?」
兵士の声色が、疑念の色に染まっていた。
「隠してるだなんてとんでもない。俺はなんにも――」
「カウンター側も調べさせろ」
「――!」
足音が、迫った。
「ちょっとちょっと、何度も言わせてもらいますけど、これ以上は店側が迷惑で――」
「客は誰もいない。気にすることはないだろう?」
情報屋がなんとか言い止めても、兵士は制止する気配はない。
ガシャン。ガシャン。足音が響く。
カウンターの扉が開かれて、入ってくるのが足音でわかる。
「ほう、こんなところに床扉か。まるで何かを隠すような、見られたくないものをしまうような、そんな場所の扉だな、情報屋?」
「そ、そりゃあ、人にはひとつやふたつやみっつ、隠しごとはありますよ。ほら、そんなところ探したって、ネズミ以外に出てきませんよ」
「ふん、それは見てから判断する」
「や、やめろ――!」
悲痛な声がこだまして――ガコン。
床下の扉が、開かれる音がした。
「――チッ、飲んだくれが」
「いやぁ、そいつらは貴重〜な酒でして! どうかご勘弁してくだせぇ」
「……まぁいい、仕事はサボってくれるなよ」
「へいへい、まいど~」
ガシャン、ガシャンと、兵士の足音が遠ざかり、レオはホッと息を漏らす。
どうやら開けられたのは、隣にあった床下のようだ。
店の扉が開閉して、店の中に静けさが戻る。
「おい、もう出てきて平気だぞ」
ガコンと扉が開かれて、差し込む光の眩しさにレオは思わず目を細めた。
「すまない、助かった」
「いいってことよ。俺はそこの坊主、案外気に入ってんだ」
起き上がるフェリシアに抱えられ、レオが床上に下される。
しかし、レオはフェリシアを見上げるなり、気力のない笑みで微笑する。
「……ランズマン家が、犯人だったんだね」
「……ああ」
レオの視線に、フェリシアの瞳が悲しそうに伏せられた。
――暗殺者であるフェリシアが、そんな顔をすること、ないのにな。
と、レオは笑顔を貼り付けて、フェリシアと情報屋に向き直る。
「有益な情報を得られました。この御恩は、また」
「なぁに、金でいいぜ」
「うーん、わかりやすいのでそれでいいです。僕の目的が終わったら、フェリシアから分けてもらってください」
――もう、後戻りはできないと分かっていた。
でも、いざこうして復讐相手が明確になると、少しだけ怖いものがあった。
「フェリシア」
レオがフェリシアを見る。
キリッと釣り上がった赤い目が、レオをまっすぐにとらえた。
「僕は、ランズマン家に復讐するよ」
「……ああ。お前の意思が揺らがない限り、最後の最後まで手伝おう」
レオはにこりと微笑んで、「行こう」と店を後にした。




