第四話
「なぁ、聞いたか? 噂によればアルヴァレス家の長男、まだ生きているって話だぜ?」
「おいおい、誰か亡霊でも見たんじゃねえのか?」
「なんでも生き延びた長男から、話を聞いた人がいるって!」
「滅多なことを言うんじゃねぇ、呪われちまうに決まってる! 暗殺された恨みから、化けて出てるに違いねぇ!」
と、朝から元気な市民たちは、好き勝手に会話を交わしている。
そんな賑やかな商店街の隅、少し離れた通路から、会話をのぞく影がふたつ。
「どうやら、うまく広まったみたいですね」
「ああ。翌日でこの広がりとは、いい仕事ぶりを見せるじゃないか」
ひとりは、ローブのフードをかぶらずに、美貌を晒す金髪女性。
もうひとりは、すっかりスラム生活で薄汚れた、ドロドロの黒髪にボロボロの服という、いかにもみすぼらしい少年がぽつり。
――うう、いい加減服とか変えたいなぁ。
例の暗殺事件から、まだ数日としか経っていない。
だが、貴族生活に慣れていたレオにとって、この数日は辛すぎた。
――でも、これも復讐のためだから、弱音は吐いていられないな。
うん、と改めて気合いを入れ、レオがフェリシアを見上げると、赤い瞳と目があった。
「どうかしました?」
「いや。案外長持ちするんだなと思ってな」
「長持ち……?」
「貴族の生まれの子供なんて、さっさと根をあげると思っていた、そう言っているんだ」
「ああ、なるほど」
ほんのついさっき心の中で、弱音を吐いたのは口にしない。
――だって、ちょっとは意地張りたいし。
レオは社交界スマイルを張り付けて、
「このくらいならへっちゃらです。フェリシアこそ、疲れてませんか?」
「ふん。私は普段、旅をしながら生きている。この程度の生活なんともない」
くるりとローブをひるがえして、フェリシアが通路から歩み出た。
「羽織ものくらいなら買ってやる。お前の報酬から、だけどな」
「え、いいの?」
「スラムならその恰好で構わないが、街を歩くには、少し小汚いからな」
「うぐっ」
仕方ないとはいえ、小汚い、と女性に言われるのは、男としてのプライドが傷つく……。
レオはフェリシアに付いて行きながらも、傷心した胸を押さえていた。
「って、うわっ」
「それでいいか?」
「独断で勝手に選びましたね!? っていうか、もう買っちゃってるじゃないですか!」
「着れればなんでもいいだろう」
まぁ確かに、この際なんでもいいけれど……。
商店街の賑わいは、流石といったところだろうか。
フェリシアは自然と人ごみに紛れ、自然と買い物を済ませていた。
……ちなみに、フェリシアが買ってくれたのは、真っ黒なローブだ。サイズもちゃっかりぴったりで、フェリシアのローブを借りた頃のように、裾を引きずることもない。
「ありがとうございます、フェリシア」
見上げると、視線はすぐにそらされた。
けれど、悪い気はしなかった。むしろ、少し胸が温かい。
時折彼女が暗殺者だと、忘れてしまいそうになる。
――この数日間、フェリシアがいてくれてよかった。
例え出会いがどんなものでも、今となっては本当に、そう思う。
レオはさっそくローブを着て、フードを軽く被っておく。
――普段街には出かけなかったから、僕の顔を知っている人はいないと思うけど、一応、ね。
フェリシアは人ごみを縫って歩き、レオも後を追いかけた。
すると、
「おい、そこの」
人ごみから抜けたその瞬間、警備兵が視界に入る。
鎧には模様が描かれて、その柄は、百合の花――ランズマン家の家紋だった。
ガシャンと音を立てて歩く警備兵は、確実にこちらに向かっていた。
――まずい、もしかして見つかっ、
「お嬢さん、綺麗な容姿をしているなぁ。この町の住人かい?」
ってなかったぁ――!
するっと横を通り抜けて、警備兵が向かったのはフェリシアの下だった。
フェリシアは顔をしかめ、すんごく嫌そうに兵士を見る。
「なんだ、貴様」
「おいおい、怖い顔をしないでくれ。俺はランズマン家に仕えてる、ただのしがない兵士だよ。お嬢さんが可愛いから、ついつい声を――」
などなど、陽気に話す警備兵は、鎧に包まれて顔は見えないが、調子に乗った声色から、若い者だと伺える。
――ま、まずい、早く助けてあげないと!
レオは勢いに任せ、フェリシアの腕を掴む。
「こ、この人は僕のお姉ちゃんなので、あなたにはあげられません!!」
手を引きながら、駆けだした。
「え、おい!」などとお決まりの呼び止めを無視しつつ、路地裏へとかけ込む。
レオは息を切らしながら、「ここまで来れば」と足を止めた。
「お前、体力ないな」
「う、うぅうるさいです! 精一杯走ったんだから、ちょっとくらい息は切れますよ!」
ゼハー、ゼハー、と肩で息をしながら、レオは必死に抗議した。
そこで、ふと、握りっぱなしだった手に、ハッとする。
「ご、ごめんなさい! いつまでも!」
「別に、構わない。……それより、助けてもらわなくたって、あのくらいの相手なんとかなる」
フェリシアはさらりとそう言った。
……本当に何一つ構わなかったらしい。意識してしまったのは自分だけで、何か虚しい。
レオは息を整えながらも、再び胸に傷を負う。
「そ、そう言うわけにもいかないですよ。女の子が目の前で絡まれたら、助けるのは当然と教わってます」
「なっ、お、女の子、だと!?」
珍しく声を荒げた、フェリシアの声が裏返る。
「お、お前、わ、私の職を忘れたのか!? 私は別に、女の子なんて柄じゃ……」
「え、え? いや、もちろん覚えてはいますけど、仕事が何であれ、女の子なのに変わりはないでしょ……?」
むしろ、なにをそんなに動揺しているのかと、問いを投げてしまいたい。
フェリシアは頬を紅潮させ、何か言おうとしているのか、口をパクパクとさせている。
白い肌で紅が映えて、綺麗だなぁなんてぼんやり思う。
しかし、やがて口はキュッと閉じられて、勢いよく顔が背けられる。
金色の髪がふわりと揺れ、花の香りが鼻孔をくすぐった。
「これだから育ちのいいガキは………………調子が狂う」
「え、なんです?」
「なんでもない。……とにかく、噂の確認は出来たんだ。さっさと情報屋の元へ向かうぞ。今頃、鼻を高くして待っている」
「そ、そうですね? まぁ、よかったです。フェリシアも警備兵さんも、特に怪我せず解決できて。特に警備兵さん、フェリシアがいつ返り討ちにするか、ヒヤヒヤして焦りましたよ。咄嗟に、助けないとーって、思っちゃいましたもん」
歩き出すフェリシアに続きながら、レオがアハハと笑いをこぼす。
――って、あれ?
レオがフェリシアを見上げても、前を歩くフェリシアは、「そっち、なのか……」とかなんとか呟いていて、話を聞いている気配はない。
何か考え事だろうかと、レオは口を閉じたのだった。




