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第三話


 スラム街に向かったレオたちが、まず最初に行ったのは代わりの死体の物色だ。


 食事に飢え、餓死した子ども。治す術も金もなく、病死してしまった子ども。夜の寒さに耐え切れず、凍死した子ども。

 代わりとなる死体は、レオが思っていたよりも、はるかに多い選択肢の中からあっという間に見つかった。


「後はコレを屋敷に設置しておけば、偽装工作は完了だな」

「そ、そうですね」


 躊躇いもなく死体を担ぐフェリシアの姿に、レオは若干引きながらも、準備は着々と進んでいく。


「脱げ」

「え」

「お前の死体の代わりなんだ。服装がこんな布切れじゃ、すぐに変わり身だと悟られるぞ」

「た、確かに。でも、一応僕も男の子で――」

「ガキがつべこべ言うな」

「い、いやあぁ!」


 ……まぁ、準備自体は順調だった。

 レオは衣類を剥ぎ取られたあと、自分の部屋に残っていた、新しい服に着替えた。


 ――真っ白いシャツに黒いズボン。というか、最初から新しいの着せてればよかったんじゃ……?


 思ったところで後の祭りだった。


 その後、前の依頼主のほうにも、フェリシアにお願いして控えめな報告をしてもらった。


『忍び込みに成功した。しばらくすれば、事件として騒ぎになるだろう』


 と言う具合に。

 フェリシアの報告方法は、毎度手紙を使うらしい。

 ……長男だけは見逃したとか、余計なことは言っていないし、嘘もついていない報告だ。怪しまれはしないだろう。

 それからこれは余談だが、フェリシアが仮面をつけるのは暗殺者として仕事をする時だけらしい。普段から仮面をつけていたら、逆に目立つとか何とか。


「どこかに潜入するのなら、その場にあった服装をしろ」


 とのこと。言っていることは最もだし、そのほうが見つかる心配もないから、レオ的には大助かりだ。



 やがて数日が過ぎ去って、暗殺が世間に知れ渡るなり、事件はちゃんと世を騒がせた。

 レオとフェリシアはその間、スラム街にある空き家で数日を過ごしていた。


「領主、アルヴァレス家が暗殺。アルヴァレス家のご友人の、ランズマン家が率先して事件を調査中、か。……どうやら、世間の賑わいを見るからに、お前の狙い通りになったな」


 スラム街の一角にある、屋根の壊れた空き家の一室。

 ホコリがたまり、泥がたまり、薄汚れてしまった部屋の中、唯一汚れがマシな椅子に腰掛け、フェリシアがチラシを放り投げた。

 内容は、今しがたフェリシアが音読した文章が、デカデカと全面に書かれている。


「うん。ここまで騒ぎになってくれれば、噂も広めやすそうですね」


 対し、床に座り、髪も服もすっかりドロドロな、レオが正座でそう答える。

 どちらが主人であるかどうか、疑問が尽きない配置である。


 ――いや、でも、女の子を床に座らせるのは、暗殺者とはいえ気が引ける。


 これはこれでこの配置は、正しい配置と言えるだろう。


「ふむ。それにしても、ランズマン家とやらは随分と行動が早いんだな? 事件が発覚するなり、早速調査に当たるとは」

「それはそうですよ。ランズマン家の当主、ノルベールさんは、父と学生時代からの友人ですから。きっと、今回のこの事件は僕の次に悔しいはずです」


 レオを見下ろすフェリシアの目が、「ふーん」というように眺めてくる。

 興味はすぐに薄れたのか、パッとフェリシアは立ち上がる。


「まぁ、今の目的はユーン家だ。事件の調査の合間、見つからなければそれでいい。ようやく時期が来たのなら、次の策へと移るぞ」

「あ、と、そうですね。次の僕の作戦は、僕の生存をほのめかせる、です――って、あっ、ま、まって、足が痺れて……ふぇ、フェリシア、ちょっと、置いてかないで!」


 フードを深く被りながら、素顔を隠したフェリシアが進んだのは、空き家のさらにさらに奥、スラムの奥の奥にある、枯れ果てた街だった。

 あちらこちらで異臭がして、ゴミも人も死骸も、当たり前のように道端に転がっている。

 ぽてぽてとついてきたレオは、その風景から目を逸らす。


 ――今となっては多少見慣れたけど、ここに住んでる人たちは、明日の命も危ういんだよな……。


 レオはあまりみないように、目を細めながらフェリシアを追った。


「あ、あの。これ、どこに向かってるんですか?」

「黙って歩け。言っておくが、ここから先はお前が見てきた場所とは比にならない。ここに住んでる連中は、生きることに貪欲だ。とって食えると思われたら、骨の髄まで搾り取られるぞ。ここから先の言動には、十分に注意するんだな」

「ど、どんな世界観なんですか……!」


 屋敷暮らしのレオとしては、本当か嘘なのか、わからないからやめてほしい。


 ――どちらかというと、嘘であると嬉しい。本当だろうけど。


「ここだ」

「ぷわっ」


 フェリシアの足が止まる。

 薄目で歩いていたレオは、距離感がつかめずにぽふんとフェリシアにぶつかった。


「こ、ここって……」

「酒場だ。腕のいい情報屋がここにいる。噂を広めてもらうなら、やつが一番適任だろう」


 だが、と振り返るフェリシアの赤い目が、真剣なまなざしで見つめてくる。


「やつは頭がよく切れる。今の立場を考えて、慎重に行動しろよ」

「は、はい」


 慎重に、のところを強調するフェリシアは、なんというかすごい迫力だった。

 ……心配してくれたのだろうか?

 ギィッという重そうな音が響いて、酒場の扉が開かれる。

 少ない明かりでしか照らされず、薄暗い店内は酒と木材、それから土の匂いがした。

 席について飲み交わす客たちは、すでに出来上がっているようで、店内は非常に騒がしい。

 それこそ、レオたちの入店した音に、ほとんどの者が気付かないくらい。


 ――いや、それとも、関心がたんにないだけか……?


 こじんまりとした店内を進み、奥のカウンターまでやってくると、フェリシアが先に座った。


「おう、しばらくだな。ちぃと姿を見ねぇから、てっきり死んだと思ったぜ」

「は、お前に心配される筋合いはないな。ちなみに、今回の客は私じゃない」

「なんでぇ、可愛くねぇ。せっかくのお顔が台無しだぜ?」


 ニヤニヤと笑う無精髭の男は、二十代半ば、または後半と伺えた。ぶかぶかの服に身を包み、伸びた髪は無造作にしばっている。しっかりと身なりを整えれば、それなりの見た目にはなるだろう。

 男はフェリシアをじっと見て、レオに気付く気配はない。


「フェリシア。情報屋って、この人?」


 精一杯の背伸びをして、カウンターの下から顔を出す。


「あぁ? なんだぁ、このガキ。全く見ねぇ顔だが、まさかおめぇ、拾ったのか?」

「そんなところだ」


 怪訝そうに顔をしかめ、カウンターに寄り掛かるようにして、店主と思われる中年の男がレオをじろりと見下ろした。

 頭からつま先、つま先から頭、余すことなく見つめられた後、「ふ~ん」と目を細める。


「ま、なんでもいいがな。ここにいる連中は、大抵の奴らが訳ありだ。座りな、がきんちょ」

「はい、失礼します。えっと、フェリシア、となり座りますね」


 少し高めのカウンター席に、ちょっとだけ無理して腰かける。

 店主と思わしき中年は、興味深そうにレオを見つめていた。


「敬語なんか覚えてんのか、スラム街のガキにしちゃあ珍しい」

「えっ」


 にやりと笑う男の言葉に、ドキリと心臓が大きくはねる。

 チラリとみてみたフェリシアの横顔は、「だから言っただろ」とでも言いたげだ。


 ――なるほど、発言には気を付けろとは、こういうことか。


 今のはただの会話じゃない。この男はすでに、『探り』をこちらにいれている。

 レオは確信して、


「ほ、ほんとに? よく街を見に行くから、見よう見まねで、ちょっと真似してみてるの、です」

「ほぉ、そりゃあいい。身体の肉付きもいいことだし、うまいこと生き抜いてやがんだなぁ」

「うぐっ」


 目の前の男の、ニヤニヤとした笑みが止まらない。

 レオはむしろ冷汗をかいて、フェリシアに話題を投げたくなる。


 ――まずい、このままじゃペースをのまれる。


「あ、あの、そんなことよりも、本題に入ってもいい?」

「おお、いいぜ。俺に何か用があるなら、とりあえず喋ってみな」

「えっと、おじさんは、その……。情報屋さんでいいんだよね?」

「情報屋、兼ここのオーナーだ。なんだ、なんか情報が欲しいのか?」


 にやついた男――もとい情報屋はそういうと、前のめりになって話を聞く。

 レオは少し身を引きつつ、貴族としてのマナーとしてしつけられた、社交界スマイルを張り付けた。


「情報が欲しい、とは違うかな。むしろ、情報を流してもらいたい」

「あん? 流して欲しいだぁ? 一体何の情報だよ。俺は遊びには付き合わねえぞ?」


 片眉を上げ、首を傾げる情報屋に、レオはしっかりと頷いた。


「今、街のみんなを騒がせてる、アルヴァレス家暗殺事件について。長男が実は生きていると、みんなに知らせてほしいんだ」

「……ほぉ?」


 情報屋の空気が変わったのが、肌を通して一瞬でわかった。

 ピリリとした空気が張り詰めて、レオの心臓がギュッと締め付けられる。


「その情報、どっから仕入れたもんだ? 今のところ長男の話なんて、これっぽっちも聞いちゃいねぇが……」

「そ、それは、その。風の噂で」

「はぁ? 風の噂だぁ?」


 ガクリと肩を落としながら、情報屋が声を荒げた。


「仮に。そう、仮にだ、ガキ。その情報が嘘だとして、俺にホラを吹けってんなら他当たれ。俺は間違った情報は流さない。お前が持ってきたその情報は、証拠も信頼もなにもねぇ、金にもならない情報だ」


 この意味がわかるか? と問いを投げる情報屋は、声色こそは軽いものの、その瞳は真剣そのものだ。

 レオはゴクリと息をのみ、頷く。


「で、でも、これは本当のことなんだ。実際に逃げ延びた長男から、話を聞いた人がいるって話で――」

「おいおい、忠告は一回までだぜ、ガキ。大人を舐めるな。こっちだって商売やってんだ。遊びてぇなら他所に行け。それが出来ねぇなら……」


 チラリと、情報屋の視線が、フェリシアの方へ向けられた。

 だが、フェリシアは我関せずと言うように、その視線には答えない。


「ったく、保護者じゃねぇなら好きにしちまうぞ」

「私は別に構わない。私の目的はあくまで、ここに連れてくることだ。締め出すなり、出禁にするなり、取るべき手段を取るといい」

「えっ、出禁!? ちょ、待ってください! ぼ、僕の話を信じて!」


 フェリシアは素知らぬ顔。情報屋は呆れたように、レオの言葉に息を吐く。


「諦めな、ガキ。確かな証拠がねぇ限り、俺はお前を認められない」

「しょ、証拠ならあります!」

「あぁ?」


 既に素の喋りが出ていたが、それすら気にならないように、苛立った情報屋が顔を歪めた。

 レオはしっかり瞳を見て、


「僕が、アルヴァレス家の長男だ!」


 と言い切った。


「――!」 


 その言葉に反応したのは、フェリシア。周囲を即座に確認し、周りに聞こえていないことに、ほっと小さく息を吐く。

 情報屋はポカンと口を開け、しばらくしてから息を吐く。


「お前なぁ、いくら信用されないからって、そんな嘘――」

「ウソじゃない! アルヴァレス家長男、レオナルド・アルヴァレスはこの僕のことだ。僕はここで生きていて、僕の家を滅ぼした、本当の悪を探して――もがっ!?」

「馬鹿なのか、馬鹿なのか? それともただのガキなのか? 私の言葉の意味がわからなかったのなら、もう一度説明してやるか?」


 フェリシアに口をふさがれて、レオはようやく事態を理解する。


 ――し、しまった。話を聞いて貰えなくて、ついつい熱くなってしまった。


 今の立場を考えて、慎重に行動しろと、フェリシアから言われていたのに。

 情報屋は瞳を見開いて、レオとフェリシアを交互に見つめていた。

 やがて、情報屋は、


「ぶっ!」


 吹きだした。


「ぶぁっはっはっはっは! お前、そーかお前か! 嬢ちゃんと一緒にいるから、もしかしたらとは思ったが、本当にお前がそうなのか!!」

「む、むぐぐ?」


 口を覆われたまま、瞬きを繰り返すレオに、情報屋が「ああ」と声を漏らす。


「そこの嬢ちゃんの正体は、もちろんながら知っている。アルヴァレス家の情報を売りさばいたのは、何を隠そうこの俺だからな」

「っぷは、な、なんだって!?」


 フェリシアの両手から逃れるなり、レオは声を荒げていた。


 ――この情報屋が、僕の家の情報をリークした!? フェリシアはそれを知ってて!?


 振り返ったレオに、フェリシアが顔を背ける。

 情報屋は苦笑をこぼしながら、


「そう悪く思うなよ、ガキんちょ。俺達だって仕事なんだ。生きるためには必要さ。……まぁ、恨むのは勝手だがな」

「ぐ……。わ、わかってます。恨んだりなんかしません、けど……」


 これだけの要因が、自分の家族を殺した。

 そう思うと、レオの心の中には、黒い感情が芽生えてくる。……こればっかりは、仕方ない。


「まぁ、事情はさておき、用件はわかった。ったく、貴族の坊ちゃんのくせして、案外度胸があるじゃねぇの。噂を聞いた人物を、この俺に仕立て上げるとはなぁ」


 うんうん、と感心したように、情報屋がペラペラと話し出す。


「え、仕立て上げる?」

「いやぁ、確かに俺は嘘は流さない。だが、実際に長男から話を聞いた以上、『長男から話を聞いた者がいる』って噂は成り立っちまう。こりゃあ一本取られたなぁ、がっはっは!」

「あ、あ~……じゃあ、そういうことにしてください」


 声を上げて笑う情報屋に、もはや何も言う気は起らなかった。

 レオは机に突っ伏して、大々的にため息をはいた。



 結果、噂は広めて貰えることになり、情報を広めるお代は、先の笑いで満足したそうな。


「まぁ、いい奴だろ?」

「いい奴、なんですかねぇ……」


 酒場を出ていったレオたちは、再び空き家に帰って行った。

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