第二話
「で、落ちついたか?」
「は、はい。大声上げてごめんなさい……」
レオナルドはあれから、死体が転がる食卓を出て、自分の部屋へと移動した。
幸い自分の部屋には使用人ひとりいなかったらしく、普段と何ら変わらない、平和な自室が残っていた。
物の位置。部屋の空気。どこをとっても慣れ親しんだその景色に、ようやく肩の力が抜けていく。
レオナルドはベッドに腰かけて、改めて暗殺者をちらりと見た。
「なんだ、まだ何か言いたげな顔だな。そんなに性別が重要か?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど……」
いや、そういうわけではあるんですけど……。
長い金色の髪に赤い目。髪は彼女が動くたび、サラサラと揺れて曲線を描く。きりりと上がる大きな瞳は、決してきつ過ぎず、大人っぽくも幼さを残し、少女らしさを演出する。
どこからどう見ても女性。推定、十七歳くらいといったところだろうか。年齢はさほど遠くないが、低身長のレオナルドと比べると、目の前の女性はそれなりに高い。
腰かけるレオナルドを見下ろして、不快そうに顔を歪めている。
――自分の屋敷の人間を、皆殺しにした奴がこんな普通の女の子なんて、そりゃあ拍子抜けもするでしょう。
レオナルドは一つ咳払いをして、気持ちを切り替えて少女を見る。
「あなたの名前って、聞いてもいいんですか?」
「フェリシアだ。呼び捨てでいい」
案外すんなり言うんだな、と思ったものの、口には出さず頷いて、
「わかりました。じゃあ、フェリシア。僕のことは――と、今まで通り、レオナルドじゃまずいかな」
あくまでも自分はさっきまで、暗殺される身だったのだ。
これから生き延びるとするならば、身元が判明するような名前は避けた方がいいだろう。
レオナルドはふむと腕を組んでから、一考する。
「僕のことは、レオって呼んでください」
「わかった。ところで、お前はこれからどうする気だ?」
「えぇっと、もしかして僕、改名する意味なかったですかね……?」
首を傾げるフェリシアに、レオナルド――レオは小さく苦笑した。
「まぁ、いいです。その、一応確認なんですけど、フェリシアは元の依頼主が誰なのか、もちろん知ってるんですよね?」
「うむ」
当然だ、と言うように、フェリシアがしっかりとうなずいた。
と、いうことはだ。もちろん顔も知ってるし、どこにいるかもわかっている。復讐を目的とするならば、一番の近道は彼女だろう。
――でも、
「これは僕の復讐だから、フェリシアはあくまで、サポートをお願いできますか?」
「ほう、サポートか。答えを聞けばいいものを、面倒なことをするんだな?」
「これはあくまで、僕自身の復讐なので。僕がやらなきゃ意味がないんです」
「ふむ、一理あるな。……わかった、方針には従おう。口出しは最小限に抑える」
「理解が早くて助かります」
思わず笑みを浮かべるレオに、フェリシアの眉がピクリと動く。
じっと睨むように見つめてきて、レオはたじたじと目を泳がせた。
「お前、よくそんな風に笑えるな。家族を殺した当人が、私であると忘れたのか?」
「いや、もちろん覚えていますけど、それはそれというか……。フェリシアはあくまで、仕事をこなしただけなんだし、元をたどれば悪いのは、依頼してきた人だから。恨むのはお門違いなのかなって思って」
「……妙なガキだな」
フェリシアの赤い瞳が、宙をさまよって揺れていた。
レオは何か言うべきかと、言葉を捜すが見つからない。
「それで、犯人の目星はついているのか?」
「あ、一応、ですけど」
淡々と話すフェリシアが、近くにあった椅子を引いた。すとんと軽く腰掛けて、ローブの下で足を組む。スラリと伸びた長い足は、革のブーツに包まれていた。
どうやら、聞いてやるから話せ、と言いたい空気らしい。
レオは向き合うフェリシアに対し、前のめりになって話し出す。
「まず、僕が犯人候補として考えてるのは、父と関係を持っていた、ランズマン家とユーン家です。どちらも裕福な貴族だし、お金に困ってはいないけど、ランズマン家は功績にこだわり、ユーン家は利益を独占しがちだ。三家の中でトップだった僕の家を、疎ましく思ってもおかしくない」
特に、独占欲の強いユーン家は、父と仲が悪かった。
父が持っていた土地や利益を、欲して殺してもおかしくない。
「ふむ。そこから先、どうやって犯人を絞り込む?」
「直感的になるけど、僕はユーン家が怪しいと思ってる。ランズマン家は功績にこだわってはいるけど、父とは友人関係にあったから……」
「なるほど。となると、不仲だったユーン家が、必然的に犯人か」
背もたれに身体を預けながら、うでを組むフェリシア。
――どうやら、貴族同士の関係も、フェリシアは把握しているらしい。
「それで? 犯人がユーン家だとしたら、お前はこれからどう動く?」
「……一時的に、死んだことにしようと思う」
「一時的?」
赤い目を細めながら、首をかしげたフェリシアに、レオは無言で頷いた。
「アルヴァレス家暗殺事件は、きっと何もしなくても大事件として取り上げられる。だから、世間に事件が広まるまで、息を潜めるつもりでいる」
「回りくどいな。なにがしたい?」
「一度死んだと思わせて、実は生きているとほのめかせるんだ」
前のめりになったフェリシアの眉が、怪訝そうにしかめられる。
「わかりやすく説明しろ」
「えっと、その、今回フェリシアを雇った元の依頼主は、たぶん、皆殺しを希望したと思うんだ」
「……どうしてそう思う?」
「君が、無意味な殺害をする暗殺者に見えないから」
「――!」
真っ直ぐ答えたレオの言葉に、フェリシアの瞳が見開かれる。
だが、その表情もすぐに消え、
「自分が助かったから、美化しているんじゃないのか? 暗殺者なんて、金を積まれれば人を殺す、ろくでもない職業だぞ」
「そうだ。君は金をつまれない限り、無意味な殺しはしないはずだ」
「…………続けろ」
無表情だったフェリシアの声に、わずかに棘が含まれる。心なしか、レオを見つめる瞳は蔑むようで、顔の角度が煽り気味だ。
――な、なんかまずいこと言ったかな。
レオは内心ドキドキしながらも、「えっと」と話を繋いだ。
「だから、事件が知れ渡った後、『長男が実は生きている』という噂が流れれば、犯人はきっと、いや、必ず、生死を確認するはずだ」
「なるほど。噂につられてユーン家がやってくれば、狙い通りと言うわけか」
納得したようなフェリシアに、レオはこくりと頷いた。
「ふむ。筋は確かに通っているな。子どもだと思って甘く見ていたが、案外やるじゃないか」
「あ、ありがとうございます――って言っても、四、五歳くらいしか変わらないと思うけど?」
「ふん。生意気なガキは好きじゃない」
フェリシアはそれ以上、追求を許さないというように、フイと顔を背けてしまった。
「で、その策を採用するとして、私は何をしたらいい?」
視線だけを向けて、わかりやすいくらい話題を変えてきた。
だが、このままここで話していても、埒が明かないので乗っておこう。
レオは腕を組みながら、「うーん」と小さくうなってみる。
「僕自身の死の偽装と、事件が広まった後、噂を広げてくれそうな人材の探索、かな」
「なんだ、そんなことか。死体なら簡単に探し出せるし、噂を広げてくれる人材にも、心当たりがなくはない」
「え、本当に?」
思わず目を輝かせたレオに、フェリシアが初めて笑みを見せる。ニヤリと効果音がつきそうな、意地の悪い笑みだったが……。
「箱入りのお前からしたら、慣れない場所だと思うが?」
「へ、平気です。僕だって、覚悟なしに言ってるんじゃないから」
「ふん。なら案内してやる。が、騒いだり、迷子になったりしたらおいていくからな」
ばさりとローブを脱いだフェリシアが、すくりと椅子から立ち上がる。
「着ておけ。多少変装にはなるだろう」
「わっ、あ、ありがとうございます」
ふわりと香る、ローブからの甘い匂いが、レオの鼻をくすぐった。のだが、ソレと同時に香ってくる、真新しい鉄の臭いが混ざって、なんとも言えない心境だ。
――しかも、丈がすっごく余ってる……。
これじゃあ社交界の令嬢のように、ドレスを引きずるみたいになる。
――あくまで、彼女の身長が高いから、と言っておこう。
決してレオが小さいとか、年齢の割に低身長とか、そう言ったことが理由ではない。
「似合っているぞ」
「馬鹿にしてますよね……?」
陽気に話す暗殺者の後ろを、レオはとことことついていった。
――家族たちが眠っている、食卓の扉は閉めたまま。
レオはフェリシアとともに、自分の屋敷を後にした。
「って、案内してくれる場所ってここ!? ここ完全にスラムだよ!? 近寄っちゃダメな場所ナンバーワンだよ!?」
「暗殺者についてきて何言ってるんだ、お前?」




