第一話
「暗殺者、僕はお前を雇う!」
高々と宣言するレオナルドの目の前に、一人の人物が立ちはだかった。
靴音一つ響かせず、真っ黒なローブに身を包み、暗闇に存在を潜ませる――暗殺者。
顔は仮面に覆われて、素顔は一切わからない。
だが、レオナルドは肌で感じていた。その人物から放たれる、氷のように冷たい殺意を。
――事件は、数分前にさかのぼる。
今日は、アルヴァレス男爵家が長男、レオナルド・アルヴァレスの十三歳の誕生日だ。
両親に暖かく囲まれて、使用人にも祝われる、どこにでもある貴族の風景で、どこにでもある幸せに包まれた至極普通の誕生会。
レオナルドも今日という誕生日を、とても幸福に感じていた。
だが、そういった幸せというものは、いとも簡単に壊れることを、レオナルドは知った。
窓から風が吹き抜けて、部屋の明かりが消える。闇夜に紛れて影が走り、ろうそくの火を吹き消すように、一瞬で幸せを消し去った。
父。母。使用人。屋敷にいたすべての人物が、暗殺者によって殺された。
「あ、れ……」
短い悲鳴があちこちで聞こえてきて、その声はやがて、どこからも聞こえなくなった。
突然現れた静寂に、レオナルドの心臓がドクドクと騒ぎ出す。
みんな、と呟こうとしたレオナルドの声は、震えてしまってか細く消えた。
瞬間、風が頬をかすめた。
鈍い痛みが遅れて続いて、そっと触れてみる頬からは、鮮血がたらりと流れていた。
「小さいな、子どもか」
低く、くぐもった見知らぬ声が聞こえて、レオナルドの心臓がドクンと跳ねあがる。
姿を現した仮面の人物は、まるで死神のようだった。
「お、お前はッ……!?」
「答える義理はない。お前はもう死ぬ」
短い死の宣告に、レオナルドの足が震えだす。腰を抜かし、尻もちをつき、立ち上がることができなくなる。
――僕は、死ぬのか?
ナイフを振り上げる目の前の暗殺者の動きが、ひどくゆっくりに見えてきた。
つい先ほどの幸せが思い起こされて、目頭が段々と熱くなる。
――死にたくない。死にたくない! こんなところじゃ、終われない!
だって、自分はまだ、殺される理由すら知らないのだから。
レオナルドは奥歯を食いしばり、震える身体に鞭を打ち、声を張る。
「あ、暗殺者! ぼ、僕は、お前を雇う!」
――……ピタ。
と、暗殺者の動きが止まった。
振り上げられたナイフはそのままに、仮面がレオナルドを見下ろしている。
「今、雇うと言ったか?」
背筋が凍りそうな冷たい声色に、僅かに嘲りが含まれる。
「そ、そうだ! 僕はお前を、殺される前に雇ってやる!」
「いくらだ?」
「へ?」
「金だ。お前はいくら出せる?」
「あ、え、えっと」
――暗殺者を雇うための相場なんて、これっぽっちもわからない。
だが、答えなければ確実に殺される。ちょっと大きく出たことで、少しは突破口が開かれたかと思ったが、状況はなにも変わっていなかった。
――落ち着け、落ちつけ! 考えろ、考えろ!
レオナルドはそんな現実を、振り払うかのように思考をまわした。
しかし、
「……はぁ。所詮は子供のでまかせか」
「ひっ、ま、待って!」
掲げられたナイフが、月明かりに照らされてギラリと光る。
レオナルドは強く目をつむり、
「ぼ、僕自身をっ! 僕自身を、くれてやる!」
「――ほう?」
仮面でこもる暗殺者の声が、にやりと笑ったような気がした。
座り込んだレオナルドに合わせ、暗殺者が屈む。
「お前自身を渡すというのは、売ろうが殺そうが、好きにしてもいいということか?」
「そ、そうだ。それに、僕の家が持ってる、アルヴァレス家の全財産も、お前にくれてやる」
「ふん。それだけのものを報酬にしたとしても、結局お前に未来はないぞ? 例えここで生き延びても、最後はどうせ空しく死ぬ。……何を企んでいる?」
「――……復讐だ」
レオナルドが言葉にした途端、暗殺者の肩がピクリと跳ねる。仮面で顔は見えないが、息をのむのが伝わった。
「僕は、僕のすべてを受け渡す代わりに、お前に復讐の手伝いを依頼する。依頼の報酬は、復讐が全て終わってからだ。もしも全て終えられたら、その時すべてをくれてやる」
「それは、アルヴァレス家を殺せと依頼した、元の依頼主に対する復讐か?」
「そうだ。僕らを貶めた人間を、僕は絶対に許さない。例えその復讐のために、全てを失うことになっても!」
言い切ったレオナルドの声は、もう震えてはいなかった。暗殺者を黙って見つめ返し、真っ直ぐな瞳で宣言する。
――さぁ、どうする?
ドクドクと騒ぐ心臓と共に、沈黙が屋敷を満たしていく。
早く。早く。
早く、回答を――。
「――面白い。その意気込み、気に入った」
「な、引き受けてくれるのか?」
「ああ。だが、逃亡は決して許さないぞ」
「あ、当たり前だ、僕は絶対逃げたりしない。僕は僕自身の復讐を、必ずこの手でやり遂げる」
「ふん。いいだろう。契約成立だな」
握られていたナイフが、暗殺者の懐にしまわれる。立ち上がった暗殺者の空気からは、殺意はすっかり消えていた。
すると、パサリ。
暗殺者が纏っていたローブのフードが外された。
金色の髪がサラリと流れて、レオナルドは思わず目を見開く。
「き、君は――」
「新たな契約を認めよう、アルヴァレス家長男、レオナルド・アルヴァレス。お前は今から、私の主人だ」
そう言って外された仮面の下、凛と通る声と共に現れたのは、真綿のように白い肌と、赤い血をそのまま映したような、ルビー色の瞳だった。
その顔立ちは、間違いなく――
「おっ……女の人おおぉぉっ!?」




