第一話 剣鬼転生す
思いついて書き始めた作品です。
歴史考証に怪しい部分がありますが、ご笑納下さい。
誤字脱字のご報告は随時受け付けております。
人生の終焉を迎え病に臥せった我が心に残るは、師を超える事ができなかった事。
絶えず湧き起こる慚愧の念。
尽きる事の無い悔悟の念。
病床故か普段心の奥底に秘めたる懊悩が我を惑わす。
幼少の頃より母の元を離れ叔父を師として念流、鹿島の太刀、陰流の手解きを受け兵法を志した。
長じて後、叔父の創始せる新陰流の手解きを受け皆伝を授かり、少しは名の知れた兵法者と成る事も出来た。
数多の弟子に道統を伝え新陰流の深遠の一端に触れる事も出来はしたが結局は師を超える事は出来なかった。
☆
慶長15年(西暦1610年)如月(太陽暦3月)の頃、一人の男が旅の空で病に倒れた。
漂泊の兵法者であった男は初春の寒風のためか高齢のためかは解らぬが風邪を拗らせ臥せった。
矍鑠とした老人であったが、齢73ともなれば仕方のない事であろう。
男は3日床に臥せって亡くなった。
悔いを遺した相貌であった。
☆
我が名は疋田豊五郎景兼。
老いて後、栖雲斎と号した者である。
叔父であり師でもある剣聖上泉伊勢守に師事せし、兵法の求道者である。
我は篠山城下にて病に倒れ伏せっていたはずであるが此処は何処か?
昨年秋に新しく落成されたばかりの城ゆえ縄張の確認と物見遊山を兼ね訪れたのであったが⋯
今、我は黄昏時と思しき薄暗さの中、何も無い空間に佇んでいた。
忍のまやかしか、南蛮の奇術か?
死したならば冥途を旅すると言うが亡者共は何処に?
己が姿を確認すると、頭に菅笠を被り普段着用している紺鼠の小袖に鉄紺の裁着袴に濃紺の胴服、草鞋履きという普段の旅姿である。
無意識に愛用の大小(長次銘の刀に長船派の無銘の小太刀)に手をやるが、それにも変化は無い。
斜に掛けた竹刀袋も変わりはないようだ。
ホッと安堵した刹那、大音声が響く。
『汝が武への執念、志、見事なり!』
我への声掛けが鼓膜を震わせ眩い光と共に長大な直刀を履いた鎧武者が現れる。
『我は武甕槌。鹿島の地に奉られし軍神、剣神なり。汝は寿命を迎え死せり。我、汝の武への真摯たる心持ちに感服せる。故に汝に転生への機を与える。』
「武甕槌神に申し奉る、この世は六道輪廻ありしが基と思いまするに転生の機とは如何?また某は死したりとは思えず。此岸、彼岸共に見えず、これ如何?」
『六道輪廻がこの世の基なり。されど汝が如き重宝なる者には神が更なる転生の機を与える事がある。この場は我が作り出した仮初の世界故に此岸、彼岸共にあり得ず。汝が死した魂を一時的にこの世界に留め六道輪廻から外している。異なる世界にて若返り、今の技量より更に剣を極める気は無いか?その世では人とは異なる者達がいる。獣の如き力と容姿を持つ者や鬼に似たる者など、人の能力を大きく超える者達が住まう。また独自の兵法が発達している故に糧となろう。』
「そもそも転生とは何ぞや?」
『其は書いて字の如く転じて生きると言う事なり。異世界に転じてその世界で生きる事。汝に関わるとすれば斬れる名刀を作り出さんとした狂気の鍛冶師も転生しておる。』
我は暫く熟考す。
「承知いたしました。輪廻転生いたさば来世にて兵法と巡り会えるか解り申しませぬ、ならば異世界とて結構、更なる兵法求道に邁進致す。」
『その意気や良し!それでは転生させる。良く生きよ!』
武甕槌神の餞の言葉と共に我は明滅する光に包まれた。
☆
我は踏み締められ深い轍の刻まれた街道に立っていた。
周囲は野原で見渡す限りは街道と丈の低い草花以外は何もなかった。
吹く風は春先の冷たい強風ではなく、ほっこりと温かい微風である。
日の向きと影から類推するに未の刻(午後2時頃)であろうか?
街道は東西に走っている。
行く宛がある訳でも無いため、気の向くまま東へと向かう事とした。
これは我が山陰道を西から旅をして篠山に入ったためであろうか?
何とはなしに東へと歩を進める。
半刻程進むと南から叫ぶ声が聞こえる。
「助けて〜! 誰か⋯」
我は声のする方を見やる。
南蛮蓑に大荷物を背負った男が、剣を振りかざした複数の男達に追われていた。
息も絶え絶えに必死の形相で走る男を見て我は男の方へと走り出す。
街道は我が進む東方向と、男が走ってくる南方向が合流している。
我は剣を振りかざしている男達と追われていた男の間に立ちふさがり問いかける。
「複数の男子が剣を振りかざし一人を追うのは剣呑なり。一体何事か?」
「うるせぇー!ボケがぁ!」
剣を振りかざした先頭の男が我に斬りつけてくる。
剣尖を見極め男の剣を空振らせる。
剣を持つ右手を目がけ長次を抜刀し斬る。
手首の筋を斬れば無力化出来る。
「ギャ!」
男は悲鳴を上げ剣を取り落とす。
残る4人の男達も同様に何事か叫びながら斬りかかって来たため、右手首の筋を斬り、進む。
ふと見ると初めに斬った先頭の男は左手で腰の後ろに付けた袋を弄りギヤマンの小瓶を取り出すと口で栓を抜き小瓶の液体を斬られた右手首へと掛けている。
我は我が目を疑った。
男の右手首の切り傷がみるみる塞がって行くではないか。
我は思わず呟く。
「珍妙な⋯」
「冒険者さん、あの男達は盗賊です。斬り捨てて下さい!」
南蛮蓑の男が我に叫ぶ。
珍妙なる手段で有ろうとも治癒したならば驚異となり得る。また問答無用で斬りつける狂人は速やかに排除するべきである。
我は南蛮蓑の男の言うとおり男を斬り捨てる事とする。
男はいつの間にか剣を拾い我へ振るう。
力みの為か振りが荒く剣速も遅い。
「それは悪しゅうござる。獲物を持ちては手の内を正し力まず振り抜くのみでござる。」
思わず立合いの際の癖が出る。
いつもであれば立合いに使うは蟇肌なれど、この度は真剣。
我は男を頭頂より真っ向に切下げ、一刀両段にしてしまう。
☆
南蛮蓑の男は名をウェラリー・スミスと名乗った。
半刻程先にあるウェサンドロの街に商いに訪れるとの事である。
我はこのスミス氏と共にウェサンドロの街に向かっている。
唐竹割にした男は盗賊の頭だったようで街道横に埋めて来た。
残る盗賊達は縛った上で数珠つなぎにして連れている。
スミス氏によると街の官吏へと引き渡すと幾ばくかの報奨が得られるとの事である。
我は歩みながらスミス氏と様々な事を話した。
この世界の諸々の事や我が境遇の事など、新たに生きるために必要と思われる事などを知識として刻み込んでいく。
半刻程歩むと彼方に横に拡がる唐様の城壁らしき物が見えて来た。
天守も堀も見当たらない。
城壁の天蓋部は歩廊であろうか?
南蛮鎧を着用し槍を持った人物が歩いている。
城壁だとするならば戦の際の防御は酷く心許ない物で有ろうと思われる。
門は蔀戸の様に水平に跳ね上げられ、鎖で吊るされていた。
街道はその門に続いており、門前では兵による検問の行列が出来ていた。
「あの街がウェサンドロです。」
「ふむ、あれがウェサンドロなる街ですか。」
「私の方でも口添えをさせて頂きますが、ヒキタ様ならば零《こぼ》れ人と認定されると思います。検問で聞き取りがあるでしょうから正直にお答え下さい。」
零れ人とは何かの弾みで異世界から零れ落ちてこの世界にやって来た者の総称であるらしい。
類推するに日の本で神隠しと呼ばれる現象や鬼子がこれではなかろうか?
日の本から異世界へ行くのは神隠し、異世界から日の本へ行くは鬼子。
スミス氏に聞く限り、我は件の零れ人とは違う気がするのであるが⋯
※当作品はフィクションです。
疋田豊五郎景兼は実在の人物ですが、人間性や生没年など不詳の事が多い人物です。
wikiなどを調べますと没年は1605年?となっておりますが門人に1607年に印可を受けた者が居りますのでフィクションですから創作で没年及び死没地を設定致しました。
また作中、豊五郎の愛刀の表記を
愛用の大小(長次銘の刀に長船派の無銘の小太刀)
と書いていますが実際の差料が何かは解りません。
作者が何となく好みでそうしただけです。
当作品はフィクションですので歴史上とは異なる様々な相違点、作者の知識不足故の間違い、また時代的に存在しない言い回し等御座いますがあくまで創作であり、ここが違うという意見は御遠慮下さい。