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貧乏令嬢奮闘記  作者: キャッシー
3/3

3.脅迫

わたしは驚きを隠せなかった。潜入調査を依頼されるだなんて想定外であったし、ましてや、素人で何の技能もない『わたし』への依頼だったからだ。


「そうです。潜入調査です。この依頼はあなたにしかできないことだ。」


「ちょ、ちょっと待ってください!どうして、この『わたし』にしか頼めないとおっしゃるのですか?それに、潜入だとか暗殺だとかは、専門の方がいますよね・・・なぜこの『わたし』なのでしょうか?」


風の噂によると、このローザ王国には、国王直轄の秘密情報部があり、潜入や暗殺といった汚れ仕事を請け負っている。また、貴族の中にも祖先をたどれば、著名な諜報員や暗殺者に行きつくものもいる。とすると、貧乏貴族でこれといった武器を持っていない『わたし』のような人間にお鉢が回ってくることなどありえない。


「ふむ、確かに疑問に思われるかもしれません。しかし、私が外でもない『あなた』、エリザベス嬢にこの件を依頼するのには、明確な根拠があります・・・」


セバスチャンは一旦、呼吸を置く。そして、左の内ポケットから封筒を取り出し、わたしに差し出した。


「これは一体・・・」


わたしは封筒を受け取り、中身を取り出す。中身は、滑らかな手触りの高級紙を下地にした手紙だった。


「エリザベス嬢、その手紙には、あなたがこの調査に適任な理由が書かれています。あなたが読み次第処分します。」


彼は胸ポケットからマッチを取り出し、机の中心にある燭台に火を灯す。


「この手紙を読めばよいのですね・・・。」


わたしはゆっくりと破れないように手紙を開き内容を確認する。


『この手紙は、極秘扱いであり、役目を終え次第即座の処分を必要とする。また、この手紙の内容については、エリザベス・アーカード本人及びメッセンジャー以外の閲覧を固く禁じる。(中略)1.エリザベスは健康かつ快活であり、任務を達成するにあたり、最低限必要な条件を兼ね備えている。2.アーカード家は酷く没落したものの、れっきとした王国貴族の家柄である。3.エリザベスは、いまだに伴侶及び婚約者がいないため、自由に活動できる。4.エリザベスには、兄弟がおらず、彼女が王国爵位と所領を受け継ぐことが確定している。5.家計の財政状況を鑑みるに卓越した才能はないものの、実質的な主として、領土運営等に係る実務経験がある。6.家計が火の車なので、協力せざるを得ない。(中略)以上より、エリザベス・アーカードが唯一の適任者であることを担保するものである。』


「なるほど、わたしは『健康』・『没落貴族』・『独り身』・『余りもの』・『能無し』・『貧乏』だから、この調査に適任なのかぁ~。なかなか納得でき・・・で、できるわけないじゃない。」


わたしは、優雅に紅茶を飲んでいるセバスチャンを睨む。


「何かお気に障りましたか?理由は忖度なく書かれていると思いますよ。」


彼はまるで挑発でもするかのような口調で答え、こちらを意地悪な笑顔で見返す。


「そ、それでも少し位遠慮して書いていただけたらと思うのですが!」


私は語尾を上げて苛立ちを表現するとともに、勢い良く立ち上がることでより強い抗議の意思を示す。


「ま、まあ、落ち着いて・・・。話のテーマは、悪口ではなく、潜入調査です。異論や反論は後でゆっくりと聞きますから、今は席に・・・」


わたしはセバスチャンに促されるかたちで、席に着くため腰を下ろそうとする。


ジャリ


何か聞き覚え、身に覚えのある音が鳴り、お尻に違和感を感じた。あっ、そうだった・・・。このままでは・・・


「セバスチャン様、冷静に諭していただきありがとうございますぅ。なんだか、落ち着いてきましたぁ~。セバスチャン様、やっぱり正直は大切ですわよねぇ。調査員として適任だと認めていただいたことを誇りに思えば良いですものねぇ~。」


何とか取り繕わなければならない。相手の機嫌を損ねたら元も子もない。


「急に猫撫で声になったが、納得してくれたのですか?」


「ええ、納得、超納得いたしましたぁ。」


納得など到底していないけれども、これも金貨のため。わたしは、お金のためなら、相手に媚を売ったり、自らの矜持を曲げることもいとわない。


「なんだか釈然としないが、納得してくれたようなので、次に進みましょう。まあ、手紙は後で燃やすとして、どうでしょう・・・協力してもらえますか?」


セバスチャンがこれまでとは打って変わって、顔を引き締め、真剣な眼差しでこちらをうかがう。


「そうですね・・・。わたしのことをとても良く評価して下さっているので、是非とも協力したいのですが・・・、でも、わたしは今・・・家計のことでいっぱいいっぱいでして・・・その申し訳ないのですが・・・やっぱり、わたしには・・・無理です。協力できません・・・。」


潜入調査なんて鼻からお断りだが、相手を怒らせて、約束を反故にさせるわけにもいかない。いかにも真剣に考え抜いて出した結論に聞こえるように、悔しさをにじませた声で返事をする。


セバスチャンは前金を受け取る条件として、『話を聞くだけでも良い』と言っていたはずだ。話は聞いたし、これで残りの100枚の金貨もわたしのものだ。


「そうですか。非常に残念です・・・。どうしたものか・・・。」


「心中お察しします・・・。しかし、わたしは、わたし以外にも適任者がいると信じておりますし、人探しぐらいならば、協力できると思います。」


この言葉がどれくらいセバスチャンの助けになるかは分からない。ただ、目の前で頭を抱えている彼に同情したので、励ましの言葉は心から発した。


でも、セバスチャンには本当に申し訳ないけれど、危険なことに手を突っ込むことはできない。ただでさえ父の放蕩と財政難に悩まされているのにこれ以上、悩みの種を増やしたくないからだ。


「いや、構わないですよ。お気になさらずに。約束通り、金貨を受け取ってください。」


もう一回ぐらい説得を試みてくるのではと身構えたが、思ったより聞き分けがよいらしい。セバスチャンは席を立ちあがり、机に無造作に置かれた100枚の金貨をわたしの方に寄せる。


「一枚、二枚・・・」


いつもの癖でついつい人前、というか、金貨を渡した本人の前で、数えてしまう。97枚だった。


「オホン、数えているところ申し訳ないのだけども、忘れていたことがありました。これを見てほしいのです。」


セバスチャンは先ほどと同じように胸の内ポケットから、一枚の紙を取り出した。

わたしは何の疑いもなく紙を受け取り、内容を読み始める。


「なになに・・・『私、アルフ・アーカードは創造神への忠誠と王国貴族としての名誉にかけて誓う。この度借入した300金貨については、収穫の月4日に、元本及び利子を含めて一括で返済することとし、返済できない場合は、屋敷を担保にして返済する。』。・・・・・・。・・・・・・。えっ、えええええええ、えっ!」


この字体は、正真正銘、父アルフのものである。父アレフは独特な字を書くので見間違えようがない。そして、契約書も王国式で、脅迫により書かされたものでない限り、絶対的な効力を持つ誓約書であった。つまり、返済義務からは逃れられない。


何しているのよ、あのクソおやじ!300金貨って、どんだけ大金借りているの!6か月分の領地収入よね。えっ、屋敷を担保って、返せなかったら家無し?あっ、えっ、収穫の月4日って今日じゃ・・・。


「さて、今日が返済日です。払っていただきましょうか、利子込みで390金貨。」


セバスチャンが、これまでの彼からは想像できないほどのどす黒い笑みを浮かべて催促する。


「と、突然言われても、お金なんて用意できません。そ、それに、利子率30%って、違法です・・・。」


嫌な汗が背中から流れ始める。何とか顔の動揺は抑え込むが、足の震えが止まらない。息も荒くなりつつある。わたしは泣き出しそうになるが、お尻の下の金貨袋を触わり、気分を紛らわせ、涙腺を守り切った。


「用意できないなんて言い訳は聞きたくはありません。今払えないなら、この屋敷を頂きます。それと、この利子率は違法じゃありませんよ。つい先日、合法になる法案が、貴族会で承認されましたからね。」


突如として牙をむいた黒髪の狩人は、一切の慈悲もなく、わたしを追い込んでいく。


「えっ、そ、そうなんですね・・・。で、でも、少しぐらい待ってはいただけないのでしょうか。ち、父が勝手にしたことで、い、今までわたしも知らなかったのです。家の家計が火の車なのはご存じですよね。ど、どうかお慈悲を・・・。」


「残念ながら、待てません・・・。『自分が知らなかったら、関係ない』と考えている根性が気に入りませんし、先ほど散々コケにされましたからね・・・。」


彼は、冷静沈着な口調で諭すように語りかけてくるので、傍目から見れば、すごく紳士的に見えるかもしれない。しかし、わたしには全く違う光景が広がっている。わたしを見つめる彼の目は、獲物を確実に仕留めようとしている猛獣の目で、紳士のような優しさなど微塵もない。


「ご、ご、ごめんなさい。で、でも・・・。」


「くどい!言い訳は結構。案を示してください!なければ・・・。」


彼の一挙一動に恐怖を感じてしまう。わたしの身体が金縛りにあったかのように、全く動かなくなった。『殺される!』、そう思わせる圧力が彼の一言一言と眼力から発せられる。


「わ、わかりました。な、何とか今すぐに、あ、有り金を、あ、集めて・・・返済します。ま、ま、まず、こ、この、つ、机の100枚の金貨を、ど、どうぞ。あ、あと、こ、この袋にある100枚も・・・。」


わたしは震える右手を同じく震える左手で支えて、何とか金貨袋を取り出し、彼に手渡す。『せっかくの金貨が・・・』という思いが頭をよぎるがすぐにかき消す。


「確かに200枚受け取りました。残りの190枚もお忘れなく。この紅茶が冷めないうちに探してきてくださいね・・・。」


セバスチャンはティーカップの紅茶の香りを楽しみながら、裏に深い圧を込めた口調で、わたしにお金を探すように促す。


わたしはすぐさま行動を開始する。まず、客間を出ると、いつの間にか復活していた爺やが扉の隣で待機していたので、ありったけの現金を用意するように指示した。そして、わたしは同じく現金を探すために自室へ移動する。


「ここには、いざという時のための貯金と嫁入り道具を買うための資金があったはず・・・。」


わたしは自室に入ると、鏡台の下にある棚を開け、そこから秘密の箱を取り出す。やりくり上手だった母親がなくなり、家計が困窮し始めてからの貯金だったが、10年近く続けているので、200金貨に相当する貯金があるはずだ。ただ、貯金箱方式のため、貯金箱を破壊しない限り、正確な数はわからない。しかし、希望はあるはずだ。


「お願いします!どうか、どうか・・・。」


わたしは貯金箱をハンマーで叩き壊した。すると、思ったよりたくさんの金貨が出てきた。実数はわからないが、200枚は優に超えている。


「ああ、神さま、ありがとうございます。」


わたしは早速金貨を拾い上げる。だが、何かがおかしい。長年お金と格闘してきた私の直感がそう囁く。


「えっ、どうして、こんなに軽いの?」


20枚ほどを一気に拾い上げたが、全然重さがない。わたしは手に持っていた金貨を戻し、一枚の金貨を改めて持ち上げ、金貨の重さや形状を確認する。


「やっぱり、軽い・・・」


わたしは金貨の紋章や形状、重さなどを事細かく観察する。重さ以外は本物の金貨と相違ない。しかし、疑いようなく偽物だ。


「い、いったい誰が・・・。というより、まさか・・・。」


わたしは金貨を一枚一枚確認する。予想した通りだった。ここにある金貨は9割がた贋金に取り換えられている。貯金箱の口の方にたまっていた金貨、つまり、最近入れた金貨を除いて、殆どが偽物だった。


「う、うそ・・・。だ、誰がこんなこと・・・。い、いえ、エリザベス、あなたには犯人捜し以外にすることがあるでしょう。まずは、それから・・・。」


わたしは、今にも爆発しそうな怒りを胸にしまい、本物の金貨を手に取って自室を後にする。今は犯人捜しより、お金を集めることが優先されるからだ。わたしは、もう一か所の場所へ目星をつけ移動を開始した。

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