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貧乏令嬢奮闘記  作者: キャッシー
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2.魅惑の訪問者

『エリザベス、君と結婚したい!』


目の前の金髪長身の美男子がわたしを強く抱きしめる。彼からはこれまでに嗅いだことのない魅惑の香りがする。


『ああ、なんてこと!わたしには、思い人がいるのに・・・』


あれ、私に思い人なんていたっけ?そもそも、このイケメン誰?


『あのー、あなた・・・』


『だめだ!俺はお前を離さない!俺には、お前しかいないんだ!』


なんて強引なんだろう。もうどうでもよくなってきた。彼にこのまま身体を委ねたい。


『なんて強引な人なの!でも、もうダメ―!』


わたしは金髪長身の美男子を抱き返す。彼もそれに応えてくれて、一層強く抱きしめてくれる。


『俺と誓いのキスをしろ!そうすれば、お前はもう俺のものだ!』


『キ、キス?』


ああ、わたしのファーストキス奪われちゃうんだ。こんなイケメンだったら、奪われても良いかな。


『ああ、キスだ!するぞ!』


『ああ・・・』


わたしは唇を奪われてしまった。でも、良い気持ち~。

わたしはキスの余韻を楽しむために彼の顔を再び見つめなおす。


「えっ?」


何かがおかしい。金髪長身の美男子の彼にごつごつした髭なんてあっただろうか。それに、なんだか彼の髪の毛の量が少ない。


「まさか!」


わたしは恐るべき考えを心に宿してしまう。


「・・・様、・・・やめくだい。お嬢様、早くお目覚めください。」


爺やの声が頭に響いてくる。わたしは恐る恐る目を開く。


「え、ウソよね・・・」


目と鼻の先に薄毛に悩んでいるちょび髭の爺やがいる。


「ようやくお目覚めになられましたか!しかし、いくら眠っているとはいえ、感心できませんな。爺やがもう少し若ければ襲・・・オホン、いえ、感心できません。」


「えっ、えっ、えっ、どういう事!?何がどうなっているの?」


わたしは混乱して何がなんだかわからない。わかりそうだけど、分かってしまうと恐ろしいことが起きてしまいそうなので、脳が拒否している。


「お嬢様、まずは落ち着くことから始めましょう。動転していては、正常な判断もできませんぞ!」


「そ、そうね。」


私は大きく深呼吸をして、気分を落ち着かせようとする。が、胸の鼓動が鳴りやまない。仕方ないので、もう一度大きく息を吸い込み吐き出す。さらに、念には念を入れ、3回同じような動作を繰り返す。ようやく少しずつだが、気持ちが落ち着いてきた。


「落ち着かれたようですな。」


「ええ、もう十分に聞ける体制は整ったわ。さあ、爺や、包み隠さず話しなさい。」


「では、さっそく。お嬢様はソファーの上で寝ておらました。ここまでは良いですかな?」


「ええ、私は疲れていたので、ソファーに腰かけて休憩していたわ。」


ソファーで寝ていたのは共通の認識であるらしい。しかし、今わたしは立ち上がっている。この間に何かよからぬことが起きたのは疑いようがない。


「続けますと、この爺やが客間に入った際も、お嬢様はこちらで横になっておられました。しかし、お嬢様にお伝えしたいことがあり、お嬢様の傍に近づいた時、事件が起こりました。」


真剣な眼差しの爺やが『事件』の二文字を強調する。


「事件?」


わたしもその『事件』が気になって、話に引き込まれていく。


「そう、事件です。いくら呼び掛けても、お嬢様が起きないので、仕方なく肩をゆすったのです。すると、お嬢様が、突然立ち上がり、私のことを抱きしめてきたのです。さらに、爺やの、爺やの口・・・」


「ちょ、ちょ、ちょっと待ったー!えっ、えっ、ま、まさか・・・あの夢は・・・正夢?」


顔から湯気が噴出し、全身から冷や汗が流れ出してきた。最悪のシナリオが脳裏をよぎるというか、最悪のシナリオが現実味を帯びてしまった。


「正夢も何も、お嬢様はこの爺やの可愛げな唇をおいしそうに味わっておられましたよ!」


爺やが恥ずかしそうに顔を赤らめて言う。


「あ、あ、あ・・・わたしの・・・わたしのファースト、ファーストキスがあぁぁぁ・・・」


わたしはその場に倒れこむ。17年間守り続けてきたファーストキスをこんなにも無残に失い、しかも失った相手が選りにもよって『爺や』だなんて。吐き気を催す気分になるが、胃の中には何も入っていないので、吐きはしない。でも、気分は最悪だ。


「お嬢様、キスぐらいで落ち込みなさいますな。そんなに落ち込まれてしまいますと、爺やまで悲しくなってしまいます。むしろ、初めてのキスの相手が、見ず知らずの男ではなく、身内の爺やで良かったではないですか。」


「17年も守ってきたファーストキスの価値が爺やに、わ・か・るもんですかー!」


わたしは家中に鳴り響きそうな大声を上げる。何か無性に腹が立ってきた。無差別に当たり散らしたい気分だ。


「お、お嬢様、鼓膜が破れててしまいます!そ、それに・・・」


爺やが何か言いたそうだったが、言い訳にかまっている暇はない。


「知ったことかー!乙女の純情を踏みにじった罪許すまじ!」


わたしは爺やの頬を思いっきり引っ張る。


「い、痛いで・・・ぼ、暴力反対ですぞ!」


反省の弁を述べないとは、良い度胸だ。少し趣向を変えて、爺やの股間めがけて、蹴りを加えてみる。


「ぬ、ぬおぉ・・・」


爺やが股間を抱えて床に倒れこむ。男の弱点は股間だと聞いたことがあったが、本当だったらしい。


「良い気味よ、爺や!そこで反省なさい!」


爺やを見下ろして微笑む構図は、傍目から見れば、弱い者いじめに見えるかもしれない。だが、今回に関しては、爺やに猛省を促したいので、誰にどう思われても良い。いくら私が自発的にしたとは言え、抱き着いた時点で止めることもできたはずだ。


「うう、酷いですぞ・・・」


爺やは辛そうにうめき声をあげる。助けてあげるべきなのだろうか。


ドン、ドン、ドン


客間の扉が突然叩かれた。わたしはこの状況をどうアンに説明しようかと悩むが、アンならわかってくれると思い扉を開く。


「ごめんなさい、アン、ええっと、これはね・・・えっ?」


目の前に立っているのは、あどけない顔の侍女アンではなく、黒髪ショートヘアのイケメンだった。


「申し訳ありません。屋敷の中から悲鳴が聞こえてきたので、勝手に上がらせてもらいました。おっと、そちらの男性は、先ほどの・・・大丈夫ですか?」


イケメンは小走りで、爺やに駆け寄っていく。爺やは大丈夫だと、右手で返事をする。


「どうやら大丈夫そうですね。そちらのお嬢さんも大丈夫そう・・・おっと、失礼。このスカーフでもどうぞ。」


謎のイケメンが、ポケットの中からスカーフを取り出す。


「えっ?あ、あああ・・・」


見えている。見られた。恥ずかしすぎて、再び顔が一面真っ赤になり、蒸気機関車のごとく、顔から湯気が沸き上がる。

しかし、固まってばかりはいられないので、わたしは大急ぎで服装を整える。軽い乱れだったので、少し服装を正すだけで、元通りに戻った。


「お恥ずかしいものをお見せしました。(もうお嫁にいけない・・・)」


頭を下げて、相手の顔をできるだけ見ないようにする。こういったとき、どんな顔をすればよいのかわからないためだ。


「お気になさらずに。誰も怪我がないようで安心しました。座っても良いですか?」


「ええ、どうぞお座りください。(なんで居座るのよ・・・)」


「では、失礼します。おっと、エリザベス嬢、あなたもお座りください。」


なぜ彼はわたしの名前を知っているのだろう。それに何の用事があって私を訪ねてきたのだろうか。わたしは彼に促される形で席に着く。


「失礼かもしれませんが、どちら様でしょうか?(彼に見られたのよね・・・)一体何の用で、わたしをお訪ねに?(早く帰ってくれないかしら。)」


今日訪問者の予定はないし、加えて、ここ一週間前後に客を迎える予定もなかった。つまり、彼は招かれざる客だ。借金の取り立て人か、それとも、悪名高い法務官か。いずれにせよ、貧乏貴族の屋敷を訪れる客に良い人はほとんどいない。


「そうですね。まずは素性からと言いたいのですが。込み入った事情があり、答えることができません。ですので、便宜上『セバスチャン』と呼んでください。」


茶色の瞳を持つ黒髪の好青年が、少しいたずらっぽく答える。しかし、魅了されてはいけない。ますます疑惑は深まったと言わざるを得ないからだ。


「怪しいですね・・・(怪しすぎる!)」


「ハハハ、なかなか手ごわいお嬢さんのようだ。でも、安心してください。お嬢さんの思っているような『取り立て人』や『法務官』ではないですから。」


「ええ・・・心を読めるんですか!?」


思わず考えを口にしてしまう。


「いえいえ、読心術など持っていません。あなたの置かれた環境から導き出しただけです。」


「そ、そうですか・・・」


随分頭の回転が速い人物らしい。最近巷で話題の『心理学者』とかいう集団の一味かもしれない。


「あっ、そうか・・・そういうことね・・・」


「うん?」


合点がいった。このイケメンは詐欺師だ。彼は心理学者の一味で、どこからかアーカード家の窮状を聞きつけ、コンサルティングとかいう手法でお金を巻き上げに来たに違いない。


「お金は一切払いませんからね!」


わたしは詐欺師には先制攻撃が一番だと聞いたことがあるので、その通りに行動した。これで、この憎たらしいほどかっこいいイケメン詐欺師は恐れおののいて帰るはずだ。


「・・・何か誤解して・・・」


彼は少しうなだれている。もう一撃加えたら出ていくだろうか。


「セバスチャン、あなたは・・・」


「話しているところ申し訳ないが、単刀直入に言います。お金は払うから、少し協力してほしいのです!これが前金で・・・話を聞くだけでも良いです。話を聞くだけで終わっても、この前金の半分を支払います。どうでしょうか?」


セバスチャンが取り出した袋には金貨が山のように入っていた。ざっと見て、200枚ほど。価値としては、これだけで毎月の領地収入4倍に相当する。半分貰えるとしても、100枚で十分な量だ。頑張ってやりくりすれば、1年近く家計を支える手助けをしてくれるだろう。これだけの金貨を失うのは惜しすぎる。


「ええ、話を聞くだけなら構いません。では、前金をお渡しください。」


「お金にがめつい方のようだ。」


呆れたようにセバスチャンは頭をかく。彼はざっと目分量で金貨を取り出し、余った金貨の入った袋をわたしに差し出した。袋から取り出された金貨はそのまま机にばらまかれる。


「重たい・・・でも、最高・・・はっ・・・確かに頂きました・・・」


受け取った袋をすぐに自分の後ろに隠す。そして、片手で袋の中に手を突っ込み、金貨の重みを確認する。いくらもらっても、贋金だったら元も子もない。


「はーぁ、なんてお嬢さんだ・・・」


「何か?」


「いえ、何でも・・・。オホン、では早速ですが・・・潜入調査に協力してほしいのです。」


「潜入調査!?」



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