1.貧乏金なし
初投稿です。
「おーほっほっほ、パンがなければケーキを食べればいいじゃない。」
どこかの高貴なご婦人が口にしたらしいが、一度は言ってみたいセリフである。でも、わたしにはそんな余裕はない。
わたしは目の前の真っ赤な家計簿を見て、深いため息をつく。すでに家計は火の車。
『驚きの12か月連続の赤字!』『繰越金が枯渇!』『減少する領地収入!』『ますます増加する支出!』などと状況は芳しくない。
こうなると残された選択肢は少ない。『生活レベルを下げる』、『領地を売却する』、『貴族の称号を売却する』、『領民から取り立てる』、『借金する』などしか残されていない。が、しかし、どれも全て、あの男が許すはずないし、『生活レベルを下げる』以外は明らかな悪手だ。すると、残された選択肢は1つ。私が一肌脱いで、嫁ぐしかない。
これでも容姿には自信がある。絹のように滑らかな金髪に、エメラルドグリーンに輝く瞳、さっぱりして清楚さが際立つ顔、か弱さを感じさせるすらりとした四肢など世の中の男を引き寄せる魅力的な女だからだ。
では、なぜ今まで結婚できていないのか?
答えは明らかで、良い出会いがなく、いくら金持ちでも、デブやブサ男は相手にしてこなかったからだ。しかし、もはや選り好みしている場合ではない。このままでは破産してしまう。破産したら、もっと酷いことになる。
隣家に暮らしていたブリッツ男爵とその一家は、破産後、悲劇に見舞われたともっぱらの噂だ。男爵は鉱山に売り飛ばされ、その妻は高級娼婦に、その娘は変態貴族の妾になったらしい。
本当に恐ろしいことだ。これを聞くたびに、わたしは是が非でも破産したくないと感じるものだ。
と、ここで少し文句を言いたい。先日、その噂を流していたご婦人たちが、わたしについてあれこれ根も葉もないことを語っていたのだ。
「アーカード家のご令嬢、実は夜な夜な男を自宅に引き込んでいるらしいわよ。清楚な顔して、やってることは淑女の風上にも置けないわよね?」
「あら、わたくしは違う話を聞きましたわよ。夜な夜などころではなく、まだ日の光が高いうちから、金を持っている男と根こそぎ情を交わしているという話ですわ。」
特に酷かったのはこの2つだ。船を頭に乗せている婦人やフルーツを被った夫人が中心となって噂を広めていた。婦人たちが談笑するバルコニーの傍に偶然にも居たわたしは、怒り心頭だった。反撃しようかと思ったが、恥ずかしい行為として、後々噂されるだけなので、なんとか我慢した。でも内心では、わたしは誰にも負けないぐらい金持ちにならなければならないと闘志を燃やしたのだった。
しかし、今となっては、あの婦人たちが言っていたことが現実になりそうと心の片隅で思ってしまう私がいる。そうなる前に、どうにか対処しなければならない。
貴族の令嬢の結婚手法はいくつかある。一番多いのは、政略結婚だ。ある日突然、親に呼び出されて、結婚相手を告げられる。見ず知らずの夫と結婚することになるわけで、愛のない生活から危険な冒険を始めてしまう令嬢が多い。よく恋物語の主題になるのもこういった理由からだろう。次に、二番目に多いのが、お見合いだ。両親あたりが肖像画を持ってきて、娘に確認させる。そして、意中の男がいれば、お見合いをして親交を深める。最も当たり外れがなく、家族同意のもとで結婚するのでもめることが少ない。三番目に多いのは、サロンや社交界での出会いだ。相思相愛の関係が築きやすく、結婚に至る場合もある。しかし、両親の反対などでご破算になることが多々ある。こちらも恋物語や悲劇の題材になることが多い。
それ以外にもいくつか手法があるが、メインどころは、この三つ。ただ、わたしのように貧乏令嬢ともなると、一番目と二番目の手法を用いるのはかなり難しい。二つとも、親の人脈が大切になるが、この家には期待できるほどの人脈はない。貧乏貴族には、貧乏貴族同士の人脈しかないからだ。これらの手法では、金が無尽蔵に沸いてくる王侯貴族との結婚など夢のまた夢である。
残された選択肢は一つ。自分で意中の男を探し出し、結婚するしかない。だが、ここにも問題点がある。金持ちで家格のある貴族は、格式あるサロンにしか現れない。しかし、格式高いサロンでは、男と女が知り合うために紹介人を必要とする。残念ながら、昨年叔母が急死したため、近親にサロンの住人や人脈の持ち主がいなくなってしまった。この場合、参加するサロンの格を落とすしかないが、金持ちは少なくなる。酷いジレンマだ。
私は頭を悩ませる。悩ませるが一向に答えが出ない。わたしは気分転換を図るため、部屋を出ることにした。諸悪の根源は外出中なので、自宅には、わたしと爺や、侍女のアンしかいない。わたしは一目散にこの家で一番快適な客間へと向かう。客間につくと、ふかふかのソファーに腰を下ろし、心を落ち着かせるため、思いっきり深呼吸をした。すると、いろいろな感情がかき消され、肩の荷が下りたかのように感じられるようになる。が、つかの間の休息は慢性の胃痛で消え去る。
「はぁ、どうしてこんなに不幸なんだろう・・・」
思わず口から現状を嘆く言葉が零れ落ちる。色々な理由を思いつくが、糸をたどってみると一人の男にたどり着く。父のアレフだ。貧乏なくせに過去の栄光にすがりつき、現状を認めることのできない哀れな男。恨んでも恨み切れないが、最愛の父なのでどうしても最後には許してしまう。わたしはつくづく駄目な女だ。非情になり切れない。しかし、文句ばっかり言っても仕方ない。わたしはこの負の感情を消し飛ばすために、昼寝を始める。
これまでも頬をつねったり、思いっきり叫んだりしたものだったが、効果は一瞬。すぐに負の感情が戻ってくる。しかし、睡眠は偉大で、睡眠後もしばらくの間は負の感情を忘れさせてくれる。わたしはリフレッシュもかねて目を閉じて横になる。
『目が覚めたら、より良い世界になっていますように』と祈りつつ、いつの間にか深い眠りにつくのだった。