四章 15冊目 先手白
――朝は好きではない。
ショウは朝が苦手だ。特に睡眠時間の欠如から来る、寝起きの何とも言えない堪らない時間。それが嫌だ。
ショウにとって朝とは、フィアの声と共に始まる。いつも決まった時間の起床の合図。それによって始まるいつもと変わり映えのしない日々。だがそれも、旅の始まりと共に変化していった。
今までショウの過ごしていたフィアの館では、規則正しい生活を送っていた。メイドであるフィアの規律さがそうさせるのだろう。夜更かしもなかった。それ以上に、彼にとってそれが普通であったのだから、そのことについては特に気に留めていなかった。
旅の始まりにより、夜へと比重が掛かるようになっていた。真新しい日々に興奮し、巻き込まれる非日常。そして、誰かのために奔走する日々。それらは何も悪いことではない。むしろいい思い出ばかりだ。様々な経験を得た結果、今日の『ショウ』がいる。彼という名の『生者』を形成している。ショウという生者が一人、確かにこの世界に存在している。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――――」
――――……うるさい。
「――様。ご主人様!」
その呼びかけは段々と色を――鮮明なる黄色を持ち始め、ショウの耳に響く。揺さぶられる感覚がひっきりなしに襲ってくる。ゆりかごのように右に左に――。
「……もうすこし、ねむらせてくれよ」
「いいえ駄目です! 日の出に間に合いませんよ? 何のために早く寝たのですかっ!」
「……おまえ。どの口が言ってやがる――リーエ!」
ガバッと起き上がり、虚ろな目で睨みをきかせる。横になってから眠りに落ちるまで、一体どれほどかかったことか。睡眠妨害は罪が重いのだ。そのことを一番理解しているはずのリーエだが、ショウの圧には何のその、
「ですから、キパーラをしてあげますと言いましたよね? それを拒んだのはご主人様――あなたです。さっ、お早いお支度を。ロネイ様とお話しするのでは? 時間は待ってはくれませんよ?」
冷静なるリーエはそんな言葉を残して、ゆっくりとテントを後にした。それが回転の追い付かないショウの脳を覚醒させ始める。
――――今はリーエと言い争いをしている場合ではない。
そう、もうすでに今日が来てしまっているのだ。体力は別のことに使うべきなのだ。ヤムルアを救う手筈と、そのカギを握っているはずのロネイとの対話。そこから糸を紡ぎだし、そしてビオン王との謁見。それら全てが今日という一日で決する。
ショウは一発、自分の頬を叩いて気合いを入れた。
「……よし!」
そして、ゆっくりと起き上がりテントを後にした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
リーエが起きているというのもまた不思議な感覚だ。目が覚めて、辺りの景色を見渡しても、まだ暗いというのもまた新鮮。
「では、参りましょうか。皆様寝起きで少々お辛いとは思いますが、ほんの少しの辛抱です」
フィアが皆を奮い立たせる言葉を放つが、「「おー!」」と声を上げたのはショウとリーエだけであった。
ノロはともかくとして、当事者であるはずの二人は、心なしか表情が張り詰めている――はずだとショウは思った。
「ふわぁ……ん。元気ね~ショウくんは。私はまだ眠いのよ、あまり大きい声を出さないでね?」
緊張感の欠片もないヤムルア。あくびを何度も上げては、目を擦る。
『……ど、どうやってショウ様と二人っきりになればいいと思いますか? ノロ様』
「普通に言えばええじゃろ。――こっちこんか。そういえばええ。主人様相手に緊張するのか、お主は」
『それはないですが……話すことが、話すこと……ですので』
「決めたのはお主じゃろ。何をモジモジとしておる! ――何ならワシから話してやろうか? お主は異常性癖者だということを――」
「――そ、そんな事ないですよっ!! 私は普通。至って普通です!!」
突如として声を荒らげて、全員の注目の的となったロネイ。あからさまに不機嫌な態度の彼女は、珍しい。それだけに、
「お、おい、どうしたんだロネイ。そんな声、上げて……」
ショウは心配の面持ちでロネイの元へと足と言葉を駆けた。するとふと我に返ったか、彼女の表情はゆっくりと元のロネイへと戻っていった。
「す、すみません。ちょっとキリキリしていたもので……」
「まぁ、誰のせいかはすぐに分かるが……ノロ! あんまりからかうなよ」
ショウの視線はかめのぬいぐるみを捉えて離さない。
だいたいの察しはつく。
「すまん、すまん。ワシとてこうなるとは思わんかった。――こやつがちと話したいことがあるらしいぞ、主人様」
軽い謝罪の言葉――そしてロネイのもとからフワフワ浮かんで、ショウの耳元で囁くノロ。「外してくれて、助かるよ」と、去り行く彼女へとショウはそう呟いた。
「ご主人様~、先に行ってますよ~! ロネイ様~、ご主人様をお願い致しま~す!」
「あぁ! すぐに追い付くから!」
フィアの呼び掛けに振り返り、手を上げてそう応えた。ロネイもまたお辞儀で応える。
メイド達の足音はだんだんと遠退き、その場はショウとロネイの二人っきりとなった。
「俺もロネイに話したいことがある。とりあえず歩きながらでいいか?」
「はい。それで構いません」
先に進んだメイド達の後を追うように、ショウとロネイは歩みを始めた。彼女はいつも後ろだが、今日は違う。隣同士で進む。会話をするのだ。後ろでは話しづらいというもの。
「……話ってなんだ?」 「……お話とは?」
それはお見事としかいいようがない――被った。「ショウ様からどうぞ」とロネイは促すが、「いや、ロネイからでいい」とショウもそれに倣い、それぞれが気を遣う。
暫し、山道を踏みしめる足音だけが二人の間を流れた。
「な、なんか暗いような、明るいようなで不思議だな。な、なぁ!」
「……ええ。そうですね。きれいですねショウ様」
変な空気を一新するために、ショウは同意を求めた。
辺りは真っ暗闇。それでも月明かりと、謎の金色の粒子が舞い散って明るい。淡い光であるために、日の光とはまた別。それでも山道を進むには苦にならない明るさだ。そんな中、ふとロネイへと視線を送ると、粒子に手をかざし、どこか悲しげな表情であったのが鮮明にショウの心を打った。
まるで世界の加護を一身に受ける巫女のように、金色の粒子達がロネイの白を際立たせる。
「……何かあったのか?」
「いえ……実は、私自身のことで悩んでいまして……話して良いものかどうかと……」
「俺でよければ相談に乗る。俺じゃだめならフィアやノロもいる。リーエだっているんだ――話してくれるなら、俺も皆もお前の力になってやる。もちろん無理はするなよ? 無理強いしても仕方ないからな」
優しく語りかける。ロネイの様子から察して、今はただ彼女を優しく言葉で包む。
ショウは様々な経験を積んで今に至っている。彼自身、力になれることはほとんどない。それは理解している。だが、それでも主人に変わりはない。メイド達の微妙な変化というものは、すぐに分かるというもの。
「ありがとうございますショウ様。私はそんなショウ様が好きです。優しくて、強くて、いつも体を張って――ですがこのことを話してしまうと、そんなショウ様との関係が壊れてしまうのではないかと不安です。心配です。怖いです。でも、それでも聞いていただきたい。それが私の『本心』です」
ロネイの言葉は強さを纏って――語った彼女の『本心』の内容は、ショウの心を動転させるには十分だった。




