四章 3冊目 デートとはいったい
目抜通りから幾千もの路地を抜け、たどり着いた建物を前に、
「さぁ、行きましょうショウ様」
ロネイはなんの躊躇もなくそこへとショウの手を引く。
「ちょ、ちょっと待ってー!」
引く手を何とか止めて、その建物への拒絶を見せる。
その建物が悪いわけではない。どちらかといえば、悪いのは雰囲気。もちろんそれは、『デート』としての雰囲気である。
その建物がデートにしては、中々に『大衆感』が否めないからだ。
海を眼前にする白い建物は、少しばかり色褪せているがそれは味である。
響き渡る活気溢れる声と、フレンドリーに開かれている扉。
扉は中の様子が窺い知れ、海産物の匂いが外まで広がる。
「ホントにここなのか? 何か……思い描いてたのと違うぞ」
それは疑惑でしかない。
ショウのデートの概念が見事なまでに崩れ去る音が聞こえる。
「海の幸を食べるのでは?」
「……ん? デートだろ?」
「ええ、デートです」
「ん? ん? 一緒にご飯を食べることがデートなの?」
「ええ――あれ? そうじゃないのですか?」
「……いや、俺が悪かった」
いたたまれなくなって、謎に謝る。
一切の動揺どころか、それがからかっているものでもないのが――痛い。
ロネイの青の瞳が、一切の曇りもないことが決め手であった。
「では、行きましょうか」
「そ、そうですね」
よそよそしさがにじみ出たショウだが、ロネイはまた手を取ってその建物へと誘ってくれた。
――――何故、フィアは来なかったのか。
そんな疑問がショウの心中にあった。
ノロはいいとしても、フィアは飯を食べれるはず。
リーエのおもりといえば、そうなのだろうが……。
そしてある疑問も訪れた。
――――そういえば、『フィアが食事しているのを見たことがない』なぁ。
そんな疑問をかき消すかのように、「いらっしゃい!!」と、大きなおばちゃんの声色がその建物を震わせた。
店の奥には厨房。その手前には、カウンターのように横長のテーブルと、一つ一つのイス。
正方形タイプのテーブルとイスが四組。それで一つの席として見受けられる。それらが五つ。
定員二十五名。屈強な船乗りと思しき男達。観光客の男女。妖精のような者まで――さながら大繁盛。といったところだ。
そんな中にも関わらず、店に入るや否や、瞬時に震わせたおばちゃんの対応は流石としか言いようがない。
そして、
「あらやだっ! ロネイちゃんじゃない! 久しぶり」
「お久しぶりです。ご亭主共々、お変わりないようで」
てきぱきとしていた手を止め、ロネイの存在に気づくと、すぐに歩み寄った。
奥の厨房の人物が亭主だろうか。寡黙そうで、首を縦に振ってのあいさつに、ロネイもそれと同じく返した。
――――知り合いの店なのか。
そう解釈出来るほど、初めての店とは言いがたい雰囲気。
ロネイもどことなく、和やかな面持ちであった。
「それはこっちの台詞っ! ロネイちゃんこそ、全く変わってないで――あら~? こっちの子はロネイちゃんの彼氏?」
「……えっ?」
突拍子も無いことを言われて、体は思わず反応する。
そう見えているのなら、それはそれで嬉しいことだが、
「いえいえ、私の『主人様』で――ショウ様と言います」
冷静に返すロネイだが、彼氏と聞かれて『主人様』というのは――。
「あらっ! そうだったの!」
完全にそのままの意味で捉えられたのは言うまでもなく――そのまま空いているカウンターへと誘われた。
席までの道のりに付きまとった目線が嫌でも目につく。主にロネイに向いたものだが、男達の鋭い視線だけはショウに向かっていた。
それは言わずもがな――そのおばちゃんが外にさえ聞こえるような大声量であったのだから。
今この場にショウとロネイの『夫婦』という概念が全員に植え付けられていることだろう。
コツンと肘をロネイへと当てて、
『アホかお前は! 彼氏って質問に、『主人様』何て言ったらこうなるだろうがっ!』
小声で詰め寄る。変な空気がこの場を包む。嫁にメイドの格好を――純白の格好をさせた夫という。それはもう謎でしかない。
『……あぁ、そうですよね。アハハハ、やっちゃいましたね』
手を後ろにおどけたロネイに、肘当てをまだお見舞いする。
完全に夫婦漫才のそれが、たった数メートルの花道で行われた、
――――そんな時だった。
「……んっ!」
何かに反応したように、ロネイの表情が突如として曇りを見せて、
「ショウ様、こちらでお待ちを」
そうとだけ言い残して、一目散に店から飛び出す様子は、まるで疾風のように捉えきれない。
――――その直後。
「た、大変だー!! 『海賊』が現れたぞー!!」
騒ぎを起こし、それは注意換気の意味合いで皆へと知らせる男の声。
開かれた店にはそれがよく通り、ショウにもそれは届く。
「あいつ、また一人で!」
すぐさま察して、ショウはロネイへ怒りを下ろして体は勝手に一目散に外へと飛び出す。
辺りを見渡し、先程の男を発見。そこへと駆けての、
「おいっ! どこに現れたって?」
礼儀を欠いて、ただ問いただす。
「あ、あっちだ、あっち!」
ショウの剣幕に圧されたのか、慌てながらに指を差してその方角を示す。
その方角へと目線は向けられ、ショウは男に礼も言わずにすぐに向かう。
土地勘など無いに等しい。だが、自然とその場所を目指しているのだと分かる。
すれ違う人の波にショウは逆行しているのだから。
そのほとんどの表情が恐怖というものであるのが見てとれる。それは進めば進むほど顕著に現れて、ショウを襲う。
「ご主人様、こちらでしたか。お店に居られないので心配致しましたが……」
ごった返した中でも、透き通る声はそれでも耳を掴む。
内心、驚きを伴うが足は止めない。それをすぐさま建て直し、声の発生源へとに振り向くと、ショウと並走するフィアがいる。もちろんリーエとノロを乗せて。
「今はそれどころじゃないだろ、何があったか知ってるか?」
「どうやら『海賊』が現れたと……も、申し訳ありません。海賊についてのご説明がまだ……」
「知ってるからそれはいい――つか、来いっ!」
海賊の概念も当然知っている。だからこそ、それへの対応をとばかりに声は荒らげ、思考に海賊がなんたるかを思い浮かべる。
この対応は、思考が読めるフィアにだけ出来ること。
フィアの手を取りその足の進む先――海へと向かって止まらない。
人の波に相反しているために、二次災害を嫌っての行動。それは人の波より遥かに空いている道があるため。そしてその力を携えているからできること。
「ご、ご主人様!? そんな……大胆不敵。で、ございますね?」
「なに言ってんの!?」
こんな後にも先にも何の情報もない中、余裕綽々なフィアに思わず声は上がって、振り向かされる。
フィアの顔が綻びを見せていたが、今はそれどころではない。集中するために、眼前を青に戻す。
が、「ほっ……」と、フィアから安堵の吐息が微かに漏れたことに、
「……おい。安心してんじゃねぇぞ。集中しろ」
と、その緩みを正す。
その言葉に握る手の温もりに、いっそうの熱が入るのを感じた。
最初の日とはまた違って、今度はショウが引っ張る。
――――フィアってこんなに軽いのか。
初めて手を引く感触を味わう。いつもは引っ張られてばかりだが、今日は違う。
それはリーエが異常なだけで――一般的な人の体を引くということを体感しながらも、海はもう目の前。
整備された港のため、舗装された陸と海とでは、そこそこの深度があるものの、これは屁でもない。
滝から落とされたことのあるショウにとってはこれは楽なもの。約二、三メートル。それっぽっち。
「アホかフィアよ。空気を読まんか」
「……おねぇさまぁ……んっ~」
「集中しろよお前ら! せーの、で行くぞ! ――せーの!!」
勢いを殺すことなく、一人の男の掛け声と共に、男とメイド達は海へと飛び出した。




