四章 2冊目 港町イフェル
何故、妖精王とその従者がショウ達に同行しているのか。それには次なる町が関係している。
日差しは容赦無しに照りつけるが、草原をなびく風がそれを緩和して、心地よい。
歩みを進めるショウ達一行だが、いつものごとく一人とぬいぐるみは、ショウとロネイ。それぞれに背負われ――抱えられている。
そして、一人は飛びながらその光景を見ていることだろう。
風景が一変。緑は青へとその比率を押し上げて登場した。
「おおっ! 海だぞ! 海!! 塩の匂いが俺を呼ぶぜぇ~」
その光景に、一人興奮するショウ。その場の全員が浮き足立つショウに目を向け出す。もちろん、そんなことで止まるショウではない。
が、
「ご主人様は、何故海水のことを知っているのでしょうか? 折角驚かせようとお教えしませんでしたのに……」
フィアの落胆した声に、困惑を窺える首の捻り。
残念ながら、そんなフィアに同情などありはしない。
海といえば、塩。
あまりにも常識的なこと過ぎて、自慢気に語られてもそれに驚くわけがない。その概念をショウは持っているのだから。
「いやいや、海といえば塩。当たり前の概念じゃないのか?」
「それはそうですけど……」
「ショウって、海初めてなの?」
「あぁ、自慢じゃないがそうだっ! 海といえば生命の神秘が詰まってんだぜリジュ。そして、海底は未知の世界が広がってんだ! 金銀財宝にまだ知らない生者なんて、胸踊るだろ?」
リジュへと振り返り、自慢気に語る。海のなんたるかを熱弁するが、
「いや、別に」
意外なほど冷静な妖精王とのギャップに、ショウの心も元に戻り始めた。
それはショウのメイド達もそうであったがためでもある。
――まぁ、男のロマンってやつは女の子には分からないか。
と、そんな事を思いながら、体は青の方角へとまた振り向く。
「……そうだっ! 海といえばかめだろ? ノロの仲間がいるかもな」
「な、なんじゃと!? 主人様! ワシはかめではないぞ」
今にもロネイから飛び出してきそうな勢いのノロだが、ロネイによって何とか抑えられてはいる。
そんなからかいを交えながら、港町『イフェル』は、もう目の前だ。
港町『イフェル』。それは前妖精王ヘキルが作った町。妖精と人間が共存する唯一の町である。
リジュとセニアが着いてきた理由は、この町で妖精の加護を人間に与えるためだ。
妖精は羽を広げると、人間には見えなくなるため、定期的に妖精王はイフェルへと足を運んでいるとのこと。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
イフェルへと足を踏み入れると、真っ先に目に飛び込むのは、街の作りであろう。
目抜通りは、イフェルの先の水平線へと誘ってくれているように、ただ真っ直ぐに伸びた広大な石畳の通りだ。
その目抜通りを中心に、左右には建物がそびえる。
「なんか、変わった町だな」
海には驚きを見せなかったショウだが、この町には驚いた。
まるで、左右で別の街が広がっているようにしか見えないためだ。
歩み進める一人の男とメイド達の集団に、町の民達の視線が熱い。
主にメイド達へ注がれた熱い視線であるが……。
「イフェルでは目抜通りを隔てまして、左右別々に人間と妖精が暮らしているのです」
フィアの解説に、「なるほど」と、街の作りに納得の声が上がる。
人間と妖精。見た目の違いはほとんど無い。
が、その姿を認識できなくなる『羽』という大きな違いがある。
「――と、いっても今はイフェルの民のほとんどが加護を持ち合わせているので、それは昔の話ですけどね」
イフェルの現状をロネイにより追加解説された。
昔の名残が今も残る町といったところか。
「じゃあ、リジュ達行くから。またあとでね」
ショウ達より先に出たリジュが、足早に目抜通りから路地へと走って行く。
ショウは手を振り、メイド達はお辞儀でそれを見送る。
リジュに続くように前に出たセニアが地へと舞い降りて、
「一度、失礼致します。船の出発までは時間がございますので、観光など――」
「セニア~早くして~」
「は、はい! ――では、またのちほど」
言葉の羅列のあと、深々と頭を下げてリジュの元へと羽を広げて飛び立って行く。
羽を広げて飛ぶという行動。それがこの町では自然に行われている。それにも関わらず、誰一人としてそのことに触れないのは、この町に根付いた文化の一つなのだろう。
「観光って言ってたけど、何かあるのか?」
セニアの言葉に対する疑問を、いつもの面子へと投げ掛ける。
「そうですね……海の幸などはいかがでしょうか? 新鮮な魚介類の宝庫でございます。ここでしか味わえないものも多数ございますよ?」
「そういや、海の幸ってここ最近食った覚えがないな……」
最近の食事情を思い返すと、何故かパンに偏った食生活であったことがよみがえる。
フィアの館にいた頃は、三日に一回は必ず海の幸が登場していた。
「折角だし行くか――いいか、ロネイ?」
「私はショウ様に着いていくだけです」
「それは止めろって言ってるだろ。ちゃんと自分の意見を言えよロネイ!」
純白のメイドへとショウは詰め寄り、主人の命令に服従し、自分の意見を言わなかったことが気にくわない。
それはショウのエゴだが、隔たりはこの町と同様に取っ払っていいと念を押しているのにも関わらず――白い悪魔の方は少々やりすぎなところはあるが、
「……すみません。では、行きましょう! 私、いいところ知ってますよ。さささっ、ショウ様」
取っ払って見せたロネイの謝罪に、落ち込みなど皆無。ショウの手を取ると足早に駆け出して、引っ張られる形で街中を駆ける。
背中にいるリーエの落下などお構いなしに――その事をショウは感じるが、足は動きを止めない。
「いってらっしゃいませ、ご主人様」
「楽しんでくるのじゃぞ、主人様よ」
傍観者となるメイドが二人。
落下したリーエはいつの間にかフィアに背負われており、さらにかめを抱えて、お辞儀をもってショウ達を見送る。
――あれ? これは……ある意味デートってやつか?
残念だが、はたから見たらそんな観念に襲われることはない。
純白のメイドが一人の男を引っ張っているだけ。もしも、メイド服でなければそう解釈を出す者もいるかもしれない。
そんな思いの中、何故か着いてこないフィア達へとショウが視線を向けると、そのメイドはそっぽを向いて視線を外した。
不機嫌さが滲み出ているのは何故であろうか。
「ショウ様と二人っきりなんて、久しぶり。しかも一緒にお食事なんて――まるでデートですね」
改めて口から紡がれた言葉と、振り返ったロネイの笑顔に、内心ドキッとする波が押し寄せて、心拍が跳ね上がる。
「……デート」
「いや……ですか?」
「いやぁ……そんな事は……」
「アハハハ、それは面白いですよショウ様」
ギャグのつもりではないのだが、器用にもそう受け取ったロネイは、駆ける中でも高らかに笑い声を伝えてきた。
急に始まったデートイベントに、エスコートどころか、女の子扱いすらを知らないショウ。
待った無しにと到着した一つの建物を前に、気を保つように一つの頬を叩く音がショウから奏でられる。
デート。それはショウにとって新しい初めて。




