三章 75冊目 両手に花
――何故、こうなっている!?
ショウは目を覚ますや否や、置かれている謎の状況に頭を抑えるための腕が上げられない。上げるのを躊躇ってしまう。それはまごうことなき、ある二人のせいである。
意識を飛ばす寸前まで見ていた天井の光景が、今は淡い光によって色を変えている。その光を遮るように、緑の影が体を登るように下から押し寄せてきた。「むぐっ」とショウは、柔らかな物に押し潰されて声が出る。息がその影とぶつかり、生暖かいものが顔を覆う。
「やめろよノロ。今それどころじゃない」
「両手に花ではないか主人様。それともこの二人では不満でもあるのか?」
「いや、不満とかじゃなくてさ……」
ショウは改めて置かれている状況を再確認させられる。左にはリジュ。右にはセニア。両腕をそれぞれに掴まれて、真上にはノロ。
両手に花とは、ノロも上手いことをいう。だがそれよりもだ、
「リジュは分かる、すげぇ分かる。どっかの誰かの例があるからな。百歩譲ってだけど……だけど、セニアはおかしいだろ!? 従者っていえば、メイドみたいなものだろ? 何してんの!?」
大声を出さず細心の注意を払って、ノロの腹へと響かせる。
セニアがそういうタイプ。つまりリーエやリジュのような自由奔放タイプだと、ショウは思わなかった。どちらかと言えばフィアのような冷静沈着タイプ。そう思っていたが、見事にそれは改められることになった。
「妖精は夜になると寝るんじゃ。それだけのことじゃ」
「……おい! 答えになってないだろ」
人間。もとい妖精の生理現象が同じということは分かったが、今はどうでもいい。今すぐにでもこのかめをひっぺがしてやりたいのは山々なのだが、寝息を立てて気持ち良さそうに眠りにつく二人の妖精に、その気持ちもだんだんと失せる。
息しか出来ず、その生暖かいものを何度も食らう。
「やめんか、主人様。くすぐったいぞ」
「やめたら死ぬんですけど……つかフィアはいないのか? お前が邪――」
「はい、ここにおりますよご主人様」
わって入ってきたフィアによって、ノロの顔の支配は終わりを告げた。まるで、ずっといたかのような対応の俊敏さだった。
「いるならいるって言ってくれよ。つか、何でこうなってる?」
「リジュ様がご主人様と一緒に寝たいと……このところご主人様はずっと扉の前でお休みになられておられましたから、そのチャンスだとおっしゃられたので、断ることも出来ずに……その……」
申し訳なさ全開のフィアだが、それは致し方ない。
妖精王リジュ。その頼み事を無下に断るなんて、フィアの性格から言えば無理。それはいいが、
「セニアのこれはどういうことだ?」
同じ立場というのなら話は別だ。王様とゴミに仕えているという点では、セニアの方に分がある。だがその位を振りかざすほど、セニアが欠落しているとはどうしてもショウは思えない。
「ええ、確かに。セニア様はそのような小細工をするお方ではありません」
「じゃあどうしてだ?」
「リジュ様が……その……」
「……マジかよ」
「マジマジなんですよ」
ショウの首がその声に釣られるように向けられると、鈍い音が瞬く間に伝わる。振り向き様の一撃。狙ったわけではないが、ものの見事にヒット。
手当てとはよくいったものであるが、残念なことにその手をショウは使えない。
セニアは片手で患部を抑え、もう片方はこらえるためにか、ショウの腕を強く握りしめている。二人揃って「うぐぐっ……」と悶える。
「な、なぜ、振り向くのです……っ」
「お、おまえが、いきなり……くっ」
痛覚が言葉を惑わし、ありのままに苦痛をショウとセニアは露にされている。だが、すぐにフィアの温もりある手がその痛覚を和らげて消し去ってくれた。
「ありがとうフィア」
「ありがとうございますフィア様」
二人揃って感謝を伝える。フィアは「いえいえ」と、当然のような態度を取り、その手は戻って行く。
腕を掴む感覚がなくなり、物音と共にセニアがショウから離れてベッドを出る。横になっていたことにより、その服装は若干のシワを作っていた。
「すみませんが、リジュ様をお願い致します。私は部屋へと戻らせていただきますので、あとはお任せしてもよろしいでしょうか?」
「かしこまりましたセニア様。どうぞお休みください。お部屋までノロ様をお付けしましょうか?」
「そうですね……ではその言葉に甘えさせていただきます。夜更けの移動は私には厳しいものですので」
「仕方ないのぅ――ほれ、行くぞセニア」
「申し訳ありませんノロ様……」
ショウなどガン無視で、フィアへと話をつけたセニアは、ノロに誘導されるがままに、おぼつかない足で部屋を出ていった。
今にも倒れそうなセニアの様子に、ショウはフィアに聞いた。
「セニアってあんな弱々しかったっけ?」
「妖精族……今はその様なことはないのですが、日が沈むと力が出せなくなってしまうのです。セニア様はヘキル様より一つ前の妖精王からお生まれになった方ですから……」
「なるほど――あいつそんなに長く生きてるのか……それにしては若く見えすぎだろ」
空いた片手の自由さを確認しつつ、妖精の凄さとそしてやっぱりセニアも軽かったことを実感する。
「そうでございますね。リーエ様もリジュ様もとても若々しいですから、妖精の血というものは人間とは比べ物にならないほど、奥が深いものがあります」
「……お前いくつだよ?」
そのショウの問いかけに、突如としてそっぽを向いてフィアは視線を外した。
「おい! 無視するな」
「いえ、ロネイ様が扉から何故か窺っているので……つい」
フィアがそのロネイのいる扉へと向かう足音がする中、
「……ショウ。こっち向いて」
リジュの寝ぼけた声の何のその。寝起きとは思えないほどの急激な力により、ショウの体は真横を向かされた。毛布で頭まですっぽりと覆われて、リジュとのちょっとした狭い密室ができた。
目を開けて真っ直ぐ見つめるリジュから、
「お姉ちゃん救出作戦だよ」
「はぁ?」
作戦開始の号令がかかった。




