三章 74冊目 あくまは繁用に駆ける
あかずの間となっている妖精王の部屋。あの日以来、ショウはずっとボーッとしている。剣術はおろか、食事すらまともに手をつけず、昼間は屋上で空を見上げている。そのため昼間はロネイがその部屋の前で鎮座する。
壁に寄りかかり、腕を組んで、耳をすませることに集中。聞こえてくる微かな息づかいに一先ずは生存を確認。
あれから七日。
むしろまだ七日……妖精にとってはそれが短いのか、長いのか――と、ロネイは考えること数秒後、
「まだ、七日/なのか!? ……おおっ! また一ついいのができた」
渾身の出来に、思わず歓喜の声が漏れ出す。ギャグの質を高めることに成功。
こうして有意義に時間を潰す他、今のロネイは何も出来ないのが現状。ただ待つ。ショウ達と同じようにただ――。
「……私一人だけだ、リーエ」
外の様子でもと、リーエは窺い知りたかったのか、そろりそろりと忍び足のごどく扉に近づく音。引かれたドアの微かな音が耳を伝う。
ロネイからはそのドアの開きが見えないが、音で分かる。どんなに些細な音でも、今のロネイの集中力なら、聞き漏らすことはない。
その言葉に、はね上がったリーエの心拍数をかき消すように、猛烈な押し返しで扉が閉まった。
「なぜ閉める!?」
思わず突っ込む。開かれた……引き扉のため正確には引かれたのだが、出てこれない理由はない。
――最初は姉様と会いたいのかと、ロネイはそんな解釈を取った。
座り込むような音に、もたれ掛かるような音。扉の前に座ったようだと、自ずとロネイも扉の前へと移動し、扉にもたれ掛かるように背をつける。
背中の先にはリーエがいる。壊すのは簡単だし、連れ出すのだって皆で掛かれば容易い。それをしても意味はない。そう皆が分かっているから、そっとしていたのだ。気持ちの整理を待った結果、今しがた引かれたという事実はとても大きい。
「……少し、話さないか? それとも、姉様でも呼ぼうか?」
釣り出すように、フィアの名を口にする。そして扉の向こう側で座り込むリーエの答えを待った。
「……いえ、お話に付き合います。私は皆さまにたくさんのご迷惑をおかけしているので……何なりとお申し付けください」
少し掠れ気味の声色なのは、泣き叫びが原因であろう。それと共に七日も声を出していなかったことも重なる。だがそれは致し方ないことで、その事について追求は避けた。
からかってもよかったが、それは妖精にさらなるお返しを与える口実になってしまう。
「とりあえず生きててよかったよ。何も食べてないだろ? 何か作ってやるけど……何がいい?」
「いえ……お構い無く。私は食事を取らなくてもある程度は生きていけますので、それにそんなことを聞きたいのではないはずでしょ?」
図星を突かれて思わず首が動き、尻目が扉を捉えた。
『半妖』。そうロネイはフィアから伝えられた。
「半妖だって、なんで黙ってた」
今の今まで、その事を全く知らずに接し、人間だとばかり思い込んでいたロネイは、釣られるように思わずその事を口走った。
――口走ってしまった。
「誰にでも秘密はあると思います。お教えしなかったのは、お母様との関係を知られたくなった。私はつい先日までこの妖精の血が憎くて憎くてしかたなったのですから……」
「そ、そういうつもりで聞いたんじゃないんだ――悪い……」
落ちたリーエの声色の隙間から、体を縮めこませるように、足を引きずり体の方へと手繰り寄せる音が混じっていた。
ロネイのうなだれそうな頭に待ったをかけた手すらも意に介さず、その手と共に深くうなだれ、体も地へと落ちる。
リーエ。ロネイ共々、同じような体勢で扉一つ挟んでその場に座り込んでいる。
半妖であったとしても、今まで通り何も変わらない。それなのに、そのとこに気安く触れてしまい、火に油を注いでいる。
何でもかんでも溜め込んでいたものを吐き出せばいいという訳ではない。
「問題ありません。私が半妖だと分かっても、ロネイ様がそのようなことで態度を改める方だと、私は思っておりませんよ? それとも実は、内に潜む白い悪魔は、私を妖精だと分かって、た、食べに来ようだなんて思っているのなら……ぎゃ~~助けてくださ~い、お姉さま~!ご主人様~!」
いつものリーエがそこにはいた。そしてロネイはすぐさま悟った。誘導され、そして見事なまでにからかわれたのだと。
うなだれはまた別の意味を持たされることなった。
――呆れた。ただそれでも、半妖ということをからかいとして提示してきたのはつまり、
「やはり、リーエは半妖/汎用だと思ったよ、アハハハ」
つまりはそういうこと。
「ふざけないでください!! 次、言いましたら、殺すといったはずです!!」
リーエの怒号がその場に轟き、しなやかさのある動きの音を引き連れて、リーエがすぐさま扉を引こうとする。そんな声量と音が混じり合う中でも、ロネイは動じずに、
「やっぱり……あの時のショウ様は操られていたのか。結構ショックだったんだ。ショウ様にあんなこと言われるなんて……」
と、冷静沈着にうなだれていた頭はもとに戻って、視線は正面を向く。
その言葉にリーエも扉の前で躊躇したようで、それが引かれることはなかった。
「も、申し訳ありません。あの時の私はどうかしていました。ご主人様を操作するどころか、お姉さままで殴ってしまっ……あっ!!」
「ど、どうした?」
「ま、まずいのです……お、お姉さまのお説教が……」
慌てる様子が手に取るように分かる。ショウを操り、あげくにはショウを使っての暴力。さらにはその者がリーエの敬愛する者であるということ。
怒らせるとどうなるか――考えるだけでも恐ろしいが、それでもショウと同じに人一倍思ってくれている者。
「お、お願いいたしますロネイ様! ど、どうか仲介をしていただきたく……」
「リーエ……南無三」
手を前に合わせての合掌。その隙とばかりにか、引かれた扉から飛び付こうとしてきたリーエだったが、ロネイの耳はそう易々とそれを見逃さない。すぐさま前へと飛び出してそれを軽く避ける。
獣のように這いつくばりながら、唸るリーエを他所に、ロネイは七日ぶりに見たリーエの姿に安堵した。
「私が姉様をどうにかできるとでも?」
「うぅ……で、では、ご主人様でも構いませんので、どうか……どうか」
「でもとはなんだ、でもとは――私が出来るのは、その部屋に入れないことぐらいだ。それと、ショウ様は今お休み中だ! あとは……分かるな?」
それだけ言ってリーエから振り返り、この場を去る。
あとは察しろということだ。
「……ありがとうございますロネイ様」
その言葉が繰り出される頃にはとうに姿勢は正されていた。
髪のなびきを伴って繰り出されたものがロネイの耳を伝って、いつまでもその次のなびきが押し寄せてくることはなかった。そのものが下がったまま、今見送られている。
目に見えた変化はない。だが、確実に変化したものは目に見えなくても分かる。
それでいていつものリーエだ。いつものリーエが戻ってきた。




