三章 70冊目 概念
半妖は、妖精と人間のハーフである……という半妖の『概念』がショウの中で作られ始めた。
「……だからなに?」
面と向かい合うセニアへ、純粋な気持ちをぶつける。
半妖であることに、なんら問題はない。ただ妖精の血と、人間の血。その二つが混ざりあって、生まれた愛の結晶が『リーエ』であり、『リーエ』という人物を、その様なことで見る目が変わるということはないからだ。
「では、一つ一つ説明します。頭をよく使って考えてください」
セニアは自分自身を指差して、
「私は、何ですか?」
「セニア」
すぐさま答えを返すが、セニアは首を振り、
「それは私という『概念』です。できればもう少し大きなくくりでお願いします」
「じゃあ妖精……か?」
「何をもって私が妖精だと解釈しました?」
「そうだなぁ――羽と……ちっちゃいのと……服装……かなぁ?」
「なるほど……それがショウ様の持っている妖精の『観念』です」
「『観念』? 『概念』じゃなくて? ……ごめんなさい。もう観念します。もう無理です」
頭がこんがらがって、許しをこう。ギャグでもなんでもなく、『概念』だとか『観念』だとか、訳が分からない。
それでもセニアは説明を止めようとはしない。表情が少し緩んだようにも見えたが、それはすぐに建て直された。
「妖精という『概念』を解釈するのに必要なものということです。羽であったり、小さいということであったり、服装……と、それはあくまであなた様の主観ですよね? 『観念』とはそういうことです」
それなら分かる。人それぞれ、『妖精』とひとくくりにいっても、捉え方が違う。妖精=羽もとい、小さい。それはショウが思っていることだ。
「妖精という『概念』があって初めてその『観念』が備わります。ですから、あなた様は今、妖精という『概念』を持っているからこそ、妖精を妖精と理解できる『観念』をあなた様は持っているのです――言っている意味、わかりますか?」
思わず「は?」と声が飛び出す。
セニアは妖精。妖精のセニア。それでいいのではないのか? それでは駄目なのか――。
「そうですか……では、もう少し簡単なもので……先ほど、『ワン』と言いましたとき、私が犬っころだと言いましたが……その事に疑問は持ちましたか?」
改まって考えると、それは不思議なもので、その『犬』という言葉が飛び出したことに対する疑念の余地はない。
犬はワン、ワンと鳴くことを知っているから、それを受け入れている。もちろんそうでないのもいるのかもしれない――だが、ワンと鳴く=犬という犬の『概念』を持ち合わせているからこそ、セニアの犬っころ発言に何ら違和感はないし、それを受け入れたことにも違和感はない。
ちなみにだが、あの時の『ワン』は『一つには一つ』という意味である。蔓による攻撃をしてきたということは、セニアには伝わったということなのだろう――。
「それは犬という『概念』を知っているから、なんとも思わないのです。私もそうであるため、その答えを示しました。ですが、その事を知らない方はワンから犬という発想には至らないのです」
「うーん。結構、深いな……深すぎるぞ」
考えれば考えるほど深みにはまるが、答えはシンプルでその『概念』に引きずられているということ。
犬=ワンと鳴く。妖精=羽。のように、客観的に見て抽出された事柄を理解しているからこそ、そうなってしまうようだ。
「妖精には『花から生まれる』など、もう少し客観的なものがあるのですが……ショウ様の中の妖精の『観念』と、私の中での妖精の『観念』が一致するからこそ、妖精という『概念』を共通認識できているのは、お分かりになりましたか?」
「まぁ……なんとなくは」
返事はするが、腕を組んでうなだれる。要項が多過ぎるのだ。
普段生きている中でそう思うことはほとんどない。それどころか、当たり前のこと過ぎて――『パンを見て、これは米だ!』 と、言わないのと同じように、何も考えずともそれはパンであると……パンの『概念』を持っているため、米とは認識すらされない。
「では、妖精を知らなかったショウ様は、私を見て妖精だと思いますか?」
セニアを改めてみる。そこにいるのは姿勢の正しい幼女である。
セニアを見て人目で妖精だ! とはならない。だって『人間』にしか見えないからだ。それは人間という『概念』があるため。
「ならない……と思う。リーエも初めて会ったときは普通に人間だと思ったし、リジュだって妖精だって言われるまでは、すげぇ魔法使うやつだと思ってたからなぁ……」
「妖精という『概念』が無いとそうなります」
「……結局は何が言いたいんだ?」
「……リーエ様はどう見えますか? 妖精か人間。もしくは半妖ですか? あなた様のもつ『観念』では、どの『概念』に当てはまりますか?」
妖精の『概念』を持っている。人間の『概念』も自然と持っている。半妖という『概念』だってできた。できてしまったが、それは――。
「……『概念』、『観念』うるせえぞ。だからなんだよ! リーエはリーエだろ! そして俺は俺だし……セニアはセニアだろ? これじゃ駄目なのか?」
くそどうでもいい。リーエはリーエ。ただそれだけだからだ。リーエを形成しているものが何であれ、リーエの『概念』は覆らない。だから、変わるのは『観念』だけだ。その『観念』はショウの中で覆ることはない。
「それが本音ですか?」
「当たり前だろ! 嘘言ってどうする」
「そうですよね……それでいいです」
再びの「は?」が飛び出す。
――拍子抜けだ。長ったらしく説明したかと思えば、答えは最初からもうすでにショウの中で出ていたのだから――。
「よかったです。リーエ様を見る目が変わっていないのだと――先程のリーエ様に接する気持ちに偽りがなかったのだと――あなた様のリーエ様に対する『概念』は何一つ変わってはいないのだと理解させてもらいました」
セニアの言葉柔らかさと、表情に前言撤回を心へ言い渡す。伝えなきゃ伝わらないのだと、ショウは拍子抜けたことを自分の中で悔いた。気持ちは声に出さないと駄目だと……そして、あることに気づく――。
「――『観念』じゃねえの?」
「ちゃんと理解されたようで」
『概念』は覆らない。覆るのはあくまでも『観念』の方だ。
「……お前ホントは、からかってんだろ?」
「そう捉えられると困ります」
「じゃあなんだよ。頭爆発するわ! 『概念』だとか『観念』だとか。今、関係あるか?」
「爆発するほどやわな脳みそなのですね」
苛立つ気持ちを押さえつつ、その妖精の表情が、本音をぶちまけたところからどこか和らぎを持ち始めていた。それはからかわれた時とはまた別の――微笑みであった。




