三章 69冊目 真実を告げる妖精
幾度となく受け入れてきたその華奢な体を、正面から受け止めた。
力を無くしたようにふらっと前のめりで倒れかかったリーエ。すれ違うリーエの表情はあの顔で――肩を通り抜けて止まり、体は再びの包容。
耳を通り抜けるは寝息――寝たのだ。睡眠はこの時間のリーエなら、いつものことであり、それは……そういうことなのであろう――。
「……疲れたな……リーエ」
「……んんっ~zzz」
一応の終息と受け取った。
濡れきった髪を――頭を撫でると、高揚のある声を上げて再びの寝息。雨に濡れて、びちゃびちゃで冷たいはずなのに、暖かくて、温かくて仕方ない。心は今も、生きている証である鼓動を奏でて伝え合う。
「ショウー!!」
背中に衝撃を受けたが、それはとても軽いものであった。おふざけ一回。それにすら今は構っていられない。
――時間がない。
「……リジュ、ごめん。リーエを頼んでいいか?」
「……うん。絶対、間に合わせるから」
その言葉にリジュも理解し、合わせてくれた。これはあくまでも序章。迫る終章に間に合わなくては意味がない。
リーエをリジュへと引き渡す。軽量であるリーエをリジュは抱っこの形で受け取り、羽を広げた。
「ショウは?」
「いいから行け。全速力で頼むぜ」
「……わかった」
あの時。ショウを持って飛んでいたときとは比べ物にならない速さで、あっという間に見えなくなった。一人残され、ただ黙ってそれを見送る。
――これでいい。
徐に湖を目指し、濡れた全身を消し去るための水魔装――。
「……誰だっ!!」
湖の畔の生い茂る草本が揺れる音に瞬時に反応。とっさにそれへと振り返ると同時に、足を湖へと落とし水魔装の準備万端。人を容易に隠せるほどに伸びた草本は動きを止めていた。
――このオアシスには誰かいる。
風のなびきによる揺れではない。今は無風。雨も止み、日輪による日差しが雲をかっ消して、青だけがそこにある。もうすぐ頂点に達しようとする時間帯だ。
ゆっくりと草本を揺らし、それを掻き分けてその姿を表した。
幼女――と、断定するには早いか……妖精という例があるためだ。
つり目が目を引く幼子の顔立ち。薄緑の髪は、中心から分けられたシンメトリーで耳を隠すまで伸びている短髪だ。
幼少の体型ではあるが、歩み寄る態度から伝わる礼儀作法の行き届き。だがそれが至極当たり前の様にも感じ取れる。
白を最な比率とした服装は、際立って目立たず、立てる雰囲気がそこにはある。さながら妖精?従者といったところか。従者にしては少々露出が多い気もするが……。
「……よくお分かりで」
「リジュのおかげかな?」
どういうわけか、今だに蔓による感知状態が残っている。そのため、即座に反応できたというのもあり、この妖精?従者が敵ではないとすぐに察せれた。
「――様。サマをつけなさい人間っ!」
張り詰めた線のように冷静だったのも最初だけ。うねりをもって、大きく荒れ出したきっかけは、敬称の怠りでしかない。
「一介の人間風情があの方の名を容易く軽蔑することなど――」
「待て待て、わかった、わかったから――リジュ様。リジュ様です」
あわてふためき、すぐさま敬称を付け加えて訂正。
妖精?従者の背後には、蔓たちがショウに向かって威嚇を繰り出している真っ只中。温もりも、一つ間違えば冷徹へと変わる。
この妖精?従者は、妖精従者へとショウの中で正式に改められた。
「……ふふっ。冗談です。リジュ様はその様な敬称にこだわりはございません」
からかわれた。真っ直ぐピンと張り戻ったのはいうまでもない。
「……一応、名乗った方がいいか?」
「いえ、妖精王様から伝え聞いておりますので――ショウ様でお間違いないでしょうか?」
「ぶー。違いまーす――様はいりませーん」
お返しさせてもらう。
呆気にとられた表情で、無言のまま妖精従者は蔓をお見舞いしてきた。それに情けなどない。
「ワンだろ~ワン~!」
「犬っころがっ!! 犬は死になさいっ!」
「口悪っ!」
その逃走劇は、湖横断を余儀なくされるほどしつこいものであった。
魔力消費によるものだったのか、蔓の感知も自然と消えていた。
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その妖精従者こと、名を『セニア』は、妖精王の従者であり、それでいてリジュの教育係とのこと。
魔力消費による疲労と、リーエからの蓄積されたダメージも相まって、歩く速度もいつにも増して低下中。そんな中での砂漠の移動はしんどいものである。
セニアに乗ってアメルまでは行けないらしい。それどころか、妖精自体に人間を運べる力はないとのこと。リジュがおかしいということになるが、妖精王の血を引いてると考えれば納得だ。
「セニア、あのさ……先、行っていいぞ? 付き合ってくれるのは嬉しいけど……このペースじゃきっと間に合わない」
羽を広げ、ショウの鈍足へ合わせるようにセニアは隣を舞っている。セニアは横に首を振り、
「一人では何かと不便でしょう。それに私は一介の妖精。妖精王様の死没に立ち会うなどあってはならないのです」
「……リーエの件もあるし、あんまり行けとか軽々しくは言えないけどさ――それでいいのか? 仕えてたんだろ?」
「仕えたと言っても、ほんの数百年だけ……それに行ったとしても、妖精王様とリーエ様との最後の時間に水を差すだけです。このままでいいんです」
落ちた声と表情であったがその意思は、従者としての最後のプライドのようなものであったため、これ以上野暮な真似はしなかった。セニアなりに望んだ結果が今の状況。それに満足しているようにも見えた。
「リーエは本当に妖精なんだよな?」
セニアにそう問いかける。もう分かりきった事実であるが、まだ本人に確認していないし、羽を見たわけでもない。改めて誰かに問いかけるのは、これが初めてか……。
「……何を言ってるのです? ショウ様」
「何って……あいつは妖精なんだろ?」
「聞いてないとお見受けできます。少々、重荷ではありますが、あなたは真実を知らなければなりません」
改まったセニアは、ショウの目の前で羽を閉じて地へと降り立つ。そしてその小さな従者は、リーエの真実を話してくれた。
「リーエ様は正確に言えば妖精ではございません。妖精と人間……二つの混血。『半妖』という名の存在です。それは、この世に新たな概念を作り上げてしまった存在でもあります……」




