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メイドBook  作者: やまは
アメル王国とリエージュ
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三章 68冊目 初めてその3

 イドのその笑顔が好きーー!!


 この場で一番の負傷者であり、間違いなく死へ一番乗り。

 ヘキル・アメルこと、その一妖精は、瀕死の重症でありながらも、近づいてくる血塗れのその男の表情に惹かれていた。

 その表情で全てが満たされ、全てが和らぐ。今すぐにでも抱きつきにいきたいのに、何故か体は言うことを聞かず、血反吐をさらに追加する。


「――――」


 声が出なかった。名前を呼ぶ声を上げることを、体は拒否した。拒否される所以はないのに拒否を示された。満たされ、和らいだはずなのに、どうしても体だけは言うことを聞かない。心はいつにも増して膨れているのにも関わらず――。


 ヘキルを痛め付けた獣人は、倒れ込んでいるヘキルを片手で軽々と持ち上げ、その男へと無惨な血まみれの格好を晒し上げて、宣言する。


「それ以上近づくなら、この女の首を折るぞ!」

「――――ッ!!」


 ヘキルの首が易々と絞められ、骨が軋む音が鳴り響く。暴れることが出来ず、声さえも上げられない。抗える力はヘキルにはない。その男の表情が歪む。

 ――ただ、その男へと向ける道が広がりを見せたことが嬉しかった。倒れていては見えづらかったのだから――。


「……え……へへっ」

「――ハハハ」


 体は悲鳴を上げ、力も出ない。もうじき死ぬ。それなのにヘキルは、その男へ向かって最高の笑顔を作り上げ、その男もそれに釣られるように、歪んだ表情を変化させた。

 笑いながら近づくその男に、


「け、警告したはずだっ! 本当に折るぞ」


 改めて宣言するが、それは圧されている。軋む音をさらに追加すると、その男も流石に止まったが、表情は笑顔のままである。

 ヘキルは笑顔を作っていられず、全身がうなだれた。体は正直であり、もう限界を迎えていた。


「……その手を離せ。今なら半殺しで許してやるよ」

「黙れっ! 貴様……立場をわかっているのか? たかが人間風情が――」

「――そうだ。たかが人間だ。じゃあお前はなんだ? 自分が高貴な獣だと思っているのか? そうだとしたら滑稽だな」

「なんだと? 貴様ら人間はただ我々に蹂躙されるだけに生まれてきているのだ。不思議な力が使えるからといって、調子に乗るなよ? 生まれ持った物が違うと言うことを教えてやるっ」


 投げ飛ばされたヘキルは弾く痛みを伴ったが、そこには温もりがあり、嫌悪の臭いに混じってはいるが、あの匂いが鼻を通り抜ける。


 ――イドの匂いだ!!


「……イド。えへへ」

「……ヘキル。へへへ」


 見つめ合う二人は包容を交えて、鼓動を重ねる。失っていた体の力は徐々に戻りつつあったが、それでもまだ万全ではない。


「ウォォォォォォォォン」


 雄叫びを上げる獣人。共鳴するかのように、無数の獣人が現れてヘキル達を取り囲む。その数、計十。

 それぞれが撲殺武器を持ち合わせ、唸りを上げている。


「……ヘキル。羽、広げられるか?」


 確かめるようなイドからの問い。「うん」と強く首を縦に振り、アンサーを出す。

 痛みが消えたことが不思議であったが、それさえも不思議と受け入れている自分がいる。それが『魔法』という力であるのを知っているから……そして痛みを消せるものもあるのだと知った。


「よし……じゃあ、少し飛んでこいっ!」


 イドから放り投げりる形で空へと飛び出した。神秘的な羽を広げたヘキルを誰も捉えることはできない。

 突如として消えた女の姿に、取り囲む獣人たちの唖然とした表情が見てとれる。


 雨に逆らい、黒々とする雲を目指して飛ぶ。ただそれだけ。目指す先には青々とする空が広がっているのを知っているのだから――。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 突き抜ける。それは特別なことで――だがそれは、突き抜けた本人にとっては普通。特別普通なこと。

 特別であることが普通なのだ。そして、普通なことが特別なのだ。日常と非日常。

 この世にあるのはそれだけ。知っているのか、知らないのか……。


「……ねぇ、イド?」


「……なんだ、ヘキル?」


「わかんないの……」


「分からない? なにがだ?」


「いろんな初めてをくれたのに……イドのことがわかんないの」


「俺? 俺だってヘキルの全部知らないぞ?」


「うんうん……そうじゃなくて――分かるでしょ?」


「分かんない」


「ぶー、イジワル!」


「冗談、冗談。怒るなって」


「全部わかったの……怒って、喜んで、楽しんで、苦しんで、恐くて、悲しくて――まだまだあるけど、ぜーんぶ普通なことだって」


「あぁ、そうだな。普通……普通なんだよ、生きてれば全部ついてくる」

「――でもね……あの時のあれだけ、わかんないの」


「あの時?」


「初めて会ったときの……最後の……こと」


「……」


「……なんで赤くなったのか、わかんない。体が熱くなって、熱くなって……水に飛び込んでも消えなかったの……それからずっと頭の中には……イドがいる」


「……」


「ねぇ、イドは知ってる?」


「……知ってるけど、教えたくないなぁ」


「なんで? やっぱりイジワルなの?」


「だってそれも――普通だから」


「普通なの?」


「普通だよ、普通。だけど特別。これは特別」


「えー、どっちなの?」


「特別……普通……かな?」


「……からかってるの?」


「いやいや、からかってない。つか、気づけよ――」

 


















『好きだってことに』






















「……ねぇ、イド?」

「……なんだ、ヘキル?」



























『好き』



























『――俺もだよ』

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