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メイドBook  作者: やまは
アメル王国とリエージュ
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三章 66冊目 初めてその2

 国。当たり前のようにそこで過ごす時間が退屈だった。そんな日常は見事に破壊され、非日常へと突入中のヘキル。


 石造りを基礎とし、それでいて木造も入り交じる街並み。幾度ととなく踏みしめられているはずの大地は、怯むことなく強靭さを示し今もなお雑踏を耐え凌ぐ。足が悲鳴を上げるほどの強度だ。

 国を裂くよう流れる水の道。せせらぎなど皆無。情緒を廃棄し、利便性だけを要求されたその水は、従順に流れ続けている。意思を持たぬ物のように――。


 非日常が訪れているのはヘキルだけ。皆が皆、何も感じないのか、何とも思っていないのか、日常の道のりを淡々と歩み進んでいる。非日常の道のりを共にするイドは、一体どちらを歩み進んでいるのか――。


「イドイド! 次はあそこ! あそこ行こ?」


 それはていだけで、返事など求めるつもりはない。ただ着いてきてくれればいい。

 腕を引き同調を促すが、イドはびくともせず、


「そっちはダメだヘキルっ! 戻ろう」


 顔色を取っ替えたように、ひ弱なイドはどこへやら。いつにも増して真剣な表情で、その先にあるものに向けられているのは間違いなかった。


「イド……やめて。そんな顔しないで」

「……あはは、ごめんごめん。そっちは怖い怖いなんだ――そろそろ帰ろっか」


 取っ替え引っ替え忙しいイドであったが、いつものひ弱さを出し、笑顔の表情に戻った。

 今までのイドとは何かが違っていた。その方角へと向けたものは、また別の非日常を起こしうる可能性に秘めたものであると、それはまた悩む種になりえると、この関係が壊れてしまう――そんな気がしてならなかった。


 振り返り、イドの脇腹へと顔を埋める。

 イドの匂いとパンの匂い。それに混じった嗅いだことのない臭いが、その場に流れ込んできたことに、嫌悪感を抱かざるを得なかった。


 世の中、知らなくてもいい事柄は山ほどある。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 澄みきっていた空は嘘のように、黒く厚い雲で覆われ、涙のような雨が地を埋め尽くす花を濡らす。


 三人組の獣人が突如として、花畑へと帰る道すがら表れ、それに襲われた。抵抗する暇を与えられず、強靭な獣達によってなすすべなくヘキルとイドは引き離された。


「てめぇら、ヘキルに手を出してみろっ! 絶対に殺してやるっ!!」


 獣人に二人係で抑えられ、地面に伏せることを強制されたイド。必死に顔を持ち上げ、殺気のようなものを纏わせた怒号を投げつけてきた。

 肩から背負われ、連れ去られるヘキルが見たのは、そんな獣以上に感情を爆発させたイドだった。


「ほぉー、そんなにこいつが大事か?」


 ふいに体が宙を舞い、上空からの降り注ぐ水を浴びた。


 ――――瞬間、走った強烈な一閃。


 何が起こったのか理解できなかった。しかし、体は素直にその事実を受け止めている。

 腹部へ一閃が繰り出され、そのまま地へ叩きつけられた。あまりの衝撃に地はヘキルを受け止めきれず跳ね返す。そして再びの地へとご対面。

 吐物は赤黒さを持って吐き出され、花へと手向けられた。

 一閃を繰り出した獣人は、ヘキルのそのダメージとのギャップからか、手の感触に納得はいっていない様子。開いては閉じを繰り返している。


 ――あれ……なに……これ……死ぬの……かな…………


 突如として『死』が脳裏をよぎり始めた。目は霞みを見せ始め、体の感覚は無くなり、温かみのある吐血物の上で、一人冷たさに苛まれた。

 これが本物の痛み。それを初めて味わった。


 ヘキルがこれまで経験した痛みは、不慮の事故での物理的ダメージでの経験しかない。

 前方不注意による木への激突。よろけた際のすっころび。等々……。

 自然とそれは起こる現象であり、世のことわり)。回避する術はない。


「イ……ド……」


 かすれきったその細い声が届いたかは分からない。だが、それは必死に紡ぎ出した言葉。一人の人間に対しての呼び掛け。


 ――特別を……くれた。


 ――初めてを……たくさんくれた。


 ――まだ……一緒にいたい。


「……しにたく……ない……よ」


 一人の男の引き金は、妖精の涙をきっかけに引かれた。

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