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メイドBook  作者: やまは
たった四日間の出来事
6/131

6冊目 拾ってください

 ショウの旅。三日目の今日は、フィアの行方不明から始まった。


「――そういえばフィアがいないな」


 ショウは川辺で顔を洗い、テントのある場所へと戻ると、そこにはテントがなくなっていた。あるのはかめ。ノロの姿だけであった。


「なあ、ノロ。フィアはどうした?」


「さあのぅ。ワシは知らん」


「あっそ」


 何かあったのか、とショウは思い、それを言葉として発する。それは二つの意味で、である。

 ノロが不機嫌なのである。


「それはワシに聞いとるんか?」


「他に誰がいるよ」


「姿なくとも、聞いとるやつがおるじゃろ」


 いやに突っかかってくるな。


「どうしたんだよノロ。今日は機嫌が悪い日か?」


「んなことはない。いつも通りじゃ」


「じゃあ、こっち見ろよ」


 話しかけるショウにずっと背を見せて話すノロ。ただ、正確には背ではなく尻なのだがそこはいい。

 雰囲気無駄を悟ったショウはノロに近づいて、彼女を抱える。そして「機嫌治せよ、ノロ」と彼女の腹を撫で回す。

 モフモフだ。綿がちょうどいい塩梅で詰まっている。


「分かった、分かったからもう止めんか、主人様よ」


「じゃあ、何で不機嫌か教えろ。じゃないと止めないぞ?」


 脅迫するショウだが、それはあまりにも些細な要求。ノロはため息をついて、「仕方ないのぅ」と主人の要求をすんなりとは行かないものの、受け入れていた。

 それからノロは説明するためにショウから離れ、彼も一先ず地面に座って、ことの成り行きを聞いた。


 フィアはショウの落とした『ベル』を探しに行ったという。それを今日まで気づかなかったことに、ノロは怒ったのだとか。それがメイド二人の行方不明と不機嫌の真相である。


「――というわけじゃ」


「なるほど。それってつまり……俺のせいってことだよな?」


「主人様のせいではない。あやつがメイドとしてなっていないだけのことじゃ。何も気にすることはない」


「……そうか?」


「そうじゃ。主人様をために努力するのがメイドの本質じゃ。満足にそれも叶わんあやつも、まだまだと言うわけじゃな」


 ノロはフィアを笑う声を上げ、ショウはそうなのか、と考えて納得するがそうではないな、という気持ちの方が勝っていた。「じゃあ――」と言って立ち上がる。


「どうしたんじゃ?」


「――俺も手伝いに行く」


 尻の砂を払って、ショウは見上げた。迷いなく見つめる純粋な眼の先には、照って輝く滝があった。

 あの滝を昇る。

 ショウは歩を進め出す。「お前は待ってろ」とノロに釘を刺すが、「待たんか!」と制止するの声に背が凍えた。


「な、何だよ。いきなりデカい声出して」


「行かんくてええぞ。あやつにやらせておけ」


「いやいや、それは違うだろ。落としたのは俺のせいだ。気づかなかったのも俺のせい。なら、探すのは当然、俺だろ? ――違うのか?」


「違う。それはメイドの仕事じゃ」


 ノロはきっぱりと断裂。そのままショウへと体を浮かして近づき、「――待つのが主人様の仕事じゃ」とかめが優しく語りかけた。

 それでもショウは、「それこそ違う!」とノロへと啖呵を切るも、彼女はびくともしていない。


「――お前たちは俺を甘やかしすぎなんだ! 俺ができることは俺がする! 何でもかんでもお前たちに頼るかよ!」


 ぷんすか怒ったショウは翻って、自分を冷やすためではなく、冷えているであろうフィアのために滝へと走った。

 近づいてくる滝。目の前で見れば見るほど、それは広大な水量で壮大な音を放っていた。

 あれ? これ、無理だ。

 ショウは締まりのない顔になり、後にも先にもその場から引き返せなくなった。


「無理するでない、主人様」


「う、うるさい! やる時はやるんだ、俺だって!」


 こういう状況ながら、強く打って出るのは男の性というものだ。

 が、しかし、ショウはその性ともう一つ、純心さを携えているのである。

 ショウはクルっとその場で回転。そこからスタスタ巻き戻るように、ノロの元へと舞い戻った。そして滝上を指差して、


「……そういやぁ、お前もメイドだよな? なら、お前も行けよ。そしてフィアの手助けしてこい」


 かめの姿でもノロもまた、フィアと同じメイドであるのだ。

 これには文句は言えまい。断ることも出来まい。俺には無理。俺にだって出来ないことぐらいある。だから、ここは頼むしかない。

 フィアがいない今、ショウが頼れるのはノロ。むしろ、この二人しかいないと言えるほど、希薄な人生を取り返す旅をショウは今、している真っ只中なのだ。

 本当は早く先に進みたいのである。


「――俺にはあの滝を昇るのは無理だ。だから頼むよノロ。俺は早く先に進みたいんだよ」


「素直なのはいいことじゃぞ、主人様よ」


 ノロからお褒めの言葉をショウは受けてそこから、「ええじゃろう」とノロはフワフワ浮いて飛んで行った。

 滝を超えその先に向かって行き、ついには見えなくなった。


「これで安心だな」


 ショウは一人、歩を進めた。

 先を目指したのだ。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 山を取り囲む木の密集率が減ると、太陽の光がよく照りつけるようになった。闇を作る場所は山を下りるたびにだんだんと姿を消していった。そして山は突然終わりを告げる。

 ショウは息を切らせながらもその景色を堪能した。木々が斑な世界。緑が一面に映える、草原という概念に支配され、彼に新しい風を運んだ。

 息を大きく吸って呼吸を整える。山の中とは違う風。どこか楽だ。気持ちいい。


「……ん? なんだあれ」


 ショウが草原を進んでいると、大きな木箱が落ちていた。子供一人が入れるか、入れないかほどの木箱。草原には似つかわしくない箱である。


 興味本意でショウ木箱を覗いた。するとその中には、小さな女の子が丸くなっていた。スッポリとその中に収まっていたのだ。


 これが外の世界で始めてショウがあった出会い。その最初の人物である。

 それは類を見ないほど、奇妙な出会い方であった。


 ショウは驚いて、尻餅をついた。這ったまま近づいて再び覗くも、やはり女の子がいる。寝ているのか、耳を澄ますとスヤスヤと寝息が聞こえてくる。

 黄色い髪。それにメイド服姿。愛くるしい子猫。捨てられた子猫のようだ。

 ショウは誰よりもメイド服に見慣れている。だから、特にそこは気にも留めてはいなかった。


「あのー……大丈夫ですか?」


 むしろ、箱に詰められているこの状況が普通なわけがない、と思った。

 ショウは女の子に呼びかけ続ける。すると、寝言のように「……大丈夫ですよ~」と返ってきて、とりあえず一安心。「よかったぁー」と声を漏らして、木箱の縁に寄りかかった。


「……ふぁあ~。ん~? あなた、だれ、れしゅかぁ?」


 目を覚ました女の子はあくび混じりに寝ぼけた声を上げた。目を擦りながら、木箱からひょっこり顔を出し、ショウを見下ろす。

 ショウもまた見上げ返して、目が合う。

 フィアに似てる。ショウのその女の子に対する第一印象はそれだった。


「……あなた」


「俺? 俺は……おわぁ!?」


 突然、女の子は木箱から飛び出し、ショウは目を疑った。そこからはなす術なし。やられるがままであった。

 まず、女の子はショウの両腕を草原へと押さえつけた。そして、正座乗りという形容しがたい体勢で、ショウの腹に座る行為で乗りこなして見せた。


 押さえられたショウは両腕を動かすことができない。

 何だよこの力は、馬鹿げてる。

 ショウはがっちりと腕の動きを封じられた。力強く、腹に正座で乗られたことにより、身動きすら取れない――いや、その真逆。動ける。暴れられる。

 だが、ショウは動けるもんだから、逆に戸惑った。

 アホみたいに軽い。軽すぎて、まるでいないような感じがする。


 ショウがさらにあっけらかんとなるのは、女の子の仰天行動が積まれたからだ。


「……クンクン」


「わわわ!? な、なにしてんの!?」


 女の子の鼻使いに取り乱すショウ。

 いきなり匂いを嗅いできた。何だ? 寝ぼけてるのか? それともこれが普通のことなのか?

 ショウは抵抗が出来ず、目をつぶることしか出来ない。目をつぶるとはこういうことだ。


「なつかしいにおい……あなたしゃまは、いったい、どこで、こ、の……に……を……」

 

「……ん? あれ?」


 電光石火の女の子の行動は終わりを告げた。

 押さえられていた腕の力が消失したのを感じた。ショウは目を恐る恐る開けると、 女の子は今度、彼の上で寝息を立て始めたていた。腹の上で丸くなって、寝言を連ねる。「おねえしゃま」と何度も。


「なんなんだこの子は!」


 連ねる言葉は苛立ち、それでも動きは容易い。容易いのだが、そう易々と絶やせはしない。その女の子の寝息と寝顔を、眠りを邪魔されることのは尺だ。

 ショウは黙って天を仰いだ。仰向いた。そこには青。青と白。黄が迸っていて――何だ。容易いではないか。絶やせるではないか。


 ――ねれるではないか。これで。

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