三章 57冊目 命張ってくれた
オアシス。リジュに下ろされ、二人揃って湖の近くであの木を見やる。相も変わらず、そこにいるリーエの影が見えるからだ。
「じゃ行ってくるから、危なくなったら来てくれよ? ひとまず説得してみる」
「……うん」
心配する表情がよく読み取れる。そんなリジュの頭を撫でて目線を合わせ、
「心配するなって。ラッキーガールは笑っなくちゃ駄目だぜ?」
と、和ませるように、ラッキーガールことリジュに笑顔を見せた。
「……えへへ。そうだよね」
「あぁ、そうだ。それだよリジュ――元気もらったぜ、ラッキーガール」
笑顔のリジュは本当に愛くるしい。一、二と、頭の上を手で跳ねさせてから、その木に向かって振り返る。見据える先を前に、真剣な眼差しへ変貌を遂げて。
湖から約50mほど。その木の根もとには太陽と共に、珍しく起きているリーエが、膝を抱えて待っていてくれた。
「……よかったよ、律儀なやつで」
「また来たのですか……それとも、もう出発ですか?」
「出発だよ、出発――アメルにな」
手のスナップを利かせて、アメルの方角へとゴーサイン。そんなフランクな手振りを示したのにも関わらず、リーエの顔は嫌悪の表情に変わっていった。
「……チィ。しつこいですね、ご主人様も。まだ痛みが足りないという解釈でよろしいですか? それとも、いたぶられることがお好きな変態ということでしょうか?」
舌打ちを繰り出してくるということは、まだ嫌われているらしい。
どういう解釈の仕方をしているのかよく分からないが、変態扱いされるとは、これいかに。だが今はそんな事を気にするショウではない。
「変態でもいいけどさ……お前は今すぐヘキル様に会うべきだっ!」
どう思われようと、どう解釈されようと。どうでもいい。今はそんなことよりも大事なことがある。ど直球に本題を投げつけて、そして伝える。現状を。
「……亡くなりそうなんだよ。ヘキル様がな」
「……!!」
人の……いや、妖精や、動植物。それ以外の生者だとしても。もうすぐ亡くなるのだと、それを口頭で他者に伝えるということは、気が滅入ってしまうのだとこの時初めて知った。ただただ辛い。
オブラートに包むように心がけたつもりだ。だが結局は『死』ということに変わりはない。
『死』はうまく扱えない。どううまく包んだとしても、『死』という中身に変わりはないから。
リーエもその事に驚きの表情を浮かべ、うつむいていた。
「……っ、関係ありませんっ! 私はあの人が死ねばいいと思っていますから……」
「……嘘つくな。分かるよ、お前の気持ちが」
「分かってたまるもんですか!! 何なんですかあなたは!? まだ懲りていないとお見受けできます。ほんとにお姉さまのご主人様なんですよね? ほんっと幻滅しますよ、あなたのそのずぼらっぷりには!!」
勢いよく立ち上がって、壮烈な批判の雨あられ。逆撫でしてしまったようだが、それでもよかった。
――受けてやる。どんどん来いとショウは全てを受ける覚悟で続けた。
そう決心してここに来たのだから。全ての膿を出させるために。
「お前の母親だろ! 死に目に会えなくて後悔するのはお前だぞっ! いいのかそれで!――ホントは会いたいんだろ! 素直になれ、リーエ!」
「……やめて。やめて……ください」
リーエの表情が、辛く、苦しくなっていくのをまざまざ見せつけられる。
本当は会いたいのだと。ただ心のどこかでそれを拒んでいて、その引っ掛かりのようなものはきっと、父親のことだろう。ヘキルが原因で亡くなったことが、今もリーエを蝕んで離さないのだと。
「……時間がないんだっ! 何がなんでも連れていくからなっ! いいなリーエ!!」
「……はぁはぁ……っ、ふざけないでくださいよっ! 会いたくない会いたくない会いたくない会いたくない会いたくない会いたくない会いたくない会いたくない会いたくない……」
『――会いたくないんですよっ!!』
――壊してしまった。そんな気がショウはした。
乱発された言葉が自制心を破壊し、歯止めを失ったかのように頭を抑えてフラフラしだすリーエ。
「リーエ? だいじょ……!!」
そんなリーエに心配の声をあげたが、半端で引っ込めて別のものをその場に出す。手は自然に短剣へとかかり、臨戦態勢。
――何かが違う。リーエのようで、リーエじゃない。
リーエの顔が上がり、表情が平常に戻ったことに対する違和感。別のリーエが姿を現したような、そんな緊張感がその場を走った。
「死ねばいいんですよ、みんな。そうすれば丸く収まりますよね。一度リセットしましょう。また初めから始めましょう。大丈夫、私にお任せですよ」
如実には表れた変化はない。声色、表情など全てが平常。だが、殺りかねないという危うさが今のリーエには確かにある。
「ふざけてんじゃねぇぞリーエ!! 誰が……」
続ける言葉と共に、リーエの姿を見失った。目を離さなかったのにも関わらず、その木の根もとから一瞬のうちに。
ハッとした。その時にもうダメだと思った。背後にいる気配に振り向くことさえできず、また何もできずにやられるのだと、諦めることさえ叶わない。
「ショウーー!!」
一閃のような助っ人の登場に、ショウは連れていかれて、助かったと理解した時には、もう空を飛んでいた。
リジュにより危機を脱出。だが、ほんのひとときの猶予さえもあっという間にかき消された。
一つの落雷が蒼天の空からショウ達目掛けてピンポイントに降ってきたからだ。
――庇われた。あんな小さな子が身を呈して守ってくれた。そう理解することを拒むなんてことはあり得ない。それは命を張って守ってくれた者に対する侮辱行為。
宙に放り投げられ、リジュが雷に打たれてしまった。その光景と現実を目は捉えて離さない。落ち行く中でもその子から目を離さなかった。
「リジューー!!」
「……お姉ちゃんを……止めて……ショウ……」
重力に逆らえず落ち行くだけのショウの叫びに対し、リジュは自分の心配をよそに、か細くなった声色でそう頼んできた。二人は揃って無惨にも落ちていく。リジュを救う手立てが宙にありはしない。ショウもそれを分かっていたから必死に落下を急ぐ。落ち行く先にある青に向かって。
自分のことよりも誰かの為に命を張る。
――こういうことなんだ、と。命を賭けて守ってくれたその『行為』に対して尊敬の念を抱き、自分のために全てを投げ出して紡いでくれた、その『行為』を決して無駄にはしない。命を張って守ってくれた、その妖精の残した要請に答えるために。




