表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メイドBook  作者: やまは
アメル王国とリエージュ
51/131

三章 51冊目 人形

 歩けど歩けど、その感覚はなかった。

 考えれば考えるほど、その思考は打ち消されていった。

 それは目の前の光が消え、ブラックアウトするかのような。そんなことが脳内で繰り広げられていた。

 あれからそれほど時は経っていない。

 眼前に広がるはただの闇に、天を埋め尽くす星の光。

 夜の冷気を纏う風が体を凍えさせるように、吹き付けてきている。

「……あれ? 俺、何してたんだ……」

 立ち止まり、頭を押さえたショウはふと我に返った。

 はたから見て、ショウに変わりはない。

 ただこんな闇の中を一人、明かりもつけず歩いていることは関心はされないだろう。

「そうだ。リー……ぐぁぁぁっ!!」

 その名前が脳を支配した瞬間だった。

 頭を、上半身を、下半身を。

 体の中の血管を流れる血液が電撃を伴って送られ、端から端までくまなく駆け巡っている。

 そんな地獄のような苦しみに襲われた。拷問のような時間だけがそこにはあった。

 砂の上でのたうち回った。歯を食い縛って痛みを和らげるために砂を掴んだ。今はただ必死に堪えるしかなかった。

「……はぁはぁ。くそ、なんなんだよ」

 荒れる息づかいの中、体を反転させ天を仰ぎ見た。

 地獄のような時間は一先ず終わりを告げた。

 助けを求めるための<ベル>を鳴らそうにもそれは叶わなかった。触れることさえ許されなかった。あの拷問が必ず襲ってくるからだ。

「あいつ、何をした。俺は何をされたんだ」

「――――――」

「……行かないと」

 さっきまでの思考はとうに消えていた。

 起き上がり、砂をはらって歩みを始めた。命令がおりてきていたのだ。

 行くな、抗え、叛逆しろとショウの心はそう言うが、それは届かない。

 それが届いたとしてもまたかき消されるだけなのに、心だけはまだ生きている。

 心が死ねば楽になる。だがショウはその楽な道へ逃げなかった。

 だからこそ何度も何度も、地獄のような拷問に襲われている。ふと我に返るそのたびに。

 心を殺しに来る妖精のまじない掛かってしまったことを、ショウは知らない。知る術がなかった。


 焚き火の淡い光が見えてきた。

 そこに戻るのに一時いっときなどとうに超えていた。

 それだけの時が流れたというのに、そこには命令に背いたメイド達がいた。

 主人の帰りを待ちわびたのか、すぐさま駆け寄ってきた。

「ご主人様、リーエ様は?」

「リーエの意思を尊重しようと思う。話し合った結果、後で拾うことにしたよ」

「そうですか」

 思いのほかすんなり受け入れてくれた様子のフィア。

 だがそれは幻想にすぎなかった。

「――ご主人様、何かありました? 雰囲気が変わりましたような……そんな気がいたします」

 首をかしげ、下から上までくまなくショウの体を見ていた。

 鋭い洞察力を前に言葉が出なかった。

「そうです? いたって普通だと。汚れているのが少し気になりますが」

「転んだのか?」

 ロネイとそれに抱かれているノロは、砂で汚れているショウの容姿に目が向いているようだった。

「あぁ。この暗闇で足が取られてな。ハハハ」

 頭に手を当てて、ちょっとしたどじっこアピールをしつつ笑ってごまかした。

 フィアだけが顎に手を当て、今もなお何かを考えているように見えた。

 その間に、ロネイの<クリア>でショウの砂汚れは消えていた。

「ご主人様、魔法見せてくれませんか?」

 考えがまとまったのか、フィアは突如魔法の要求をし出した。

「嫌だね。俺は疲れたからもう寝たいんだよ」

 移動の連続で足は休みを求めていた。

 今もこうして立っているのでさえなかなかしんどかった。

 そこにさらに魔力消費による疲労まで加わるなんてやってられない。

「なぜ炎魔法を出さずにこの暗闇を歩いてこれたのですか?」

「来た道ぐらい覚えてるわ」

「嘘は良くないかと。ここはあの道からは少し外れています」

「そっちこそ嘘つくなよ」

「ホントのことでございます」

「証拠を見せろよ」

「やめんかっ! 主人様! フィア!」

 ロネイから飛び出し、宙を浮かぶノロによる顔への一発が、ショウとフィアをそれぞれ捉えた。

 痛くはなかった。二人の熱気をすいとり、冷静さを取り戻すのには十分だった。

「――昼間のこと忘れたのか?」

「……」

「申し訳ありません」

 昼間のこと、というのがよく分からずショウは言葉が出なかった。

 言葉が出なくても、この状況なら特に問題視されなかった。

「ショウ様の証拠なんて、アハハハ」

 そのロネイの言葉に突如、怒りが湧いてきた。

「ロネイ、ちょっとこい」

「は、はい」

 指を使って目の前にロネイを呼び寄せた。

 ――次の瞬間だった。

 目の前に立つや否や、力の籠った拳がその碧眼をもつ端麗な顔を捉えるために、振りかざされた。

 豹変したショウの言動にロネイは対応が遅れ、当たるのは確実だった。

 だがそれは寸でのところでフィアによって阻止された。

 フィアによって体が真後ろに飛ばされた。それはフィアと共に。

 砂埃が舞い散る中を馬乗り状態にならされ、両腕をガッチリと取り押さえられた。

「放しやがれフィア! あいつをぶん殴らねぇと気が済まねぇんだよ!!」

「お、お止め下さいご主人様っ! 今までそのようなことはなかったはずなのに、なにがあったのですか」

「てめぇ、ロネイ! 次言ったらぶっ殺すぞっ!」

 今のショウにはロネイに対する憤怒しかなかった。

 そんな怒号を浴びせられたロネイはただただ呆然としていた。

 宙に浮かぶノロでさえそうであった。

「ご主人様、申し訳ありません。<キパーラ>!」

 眩い光と共に呪文の言葉がショウを包んだ。

 その魔法を受けてショウは意識を飛ばした。

<キパーラ>は睡眠魔法。相手を眠らせる、いたってシンプルな魔法だ。

 今のショウはそれに為すがままにされるしかなかった。

 ショウは一時的だが止まった。

 一時的にだが。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ