三章 50冊目 目じゃない
オアシスから一時ほど。
妖精国、アメルは姿を現した。
砂の中にある緑にそれはあった。
小さな城郭を携え、城は全てを見下ろしているようであった。
オーメリスと比べると小さいのは目に見えて明らかだ。
軽食を食べれなかったのをショウは特に気にしていない。
ただ二人のメイドにとって、それは気にすることの一つであった。
気まずい雰囲気が歩いているショウ達に付きまとって離れない。
「妖精が要請した、なんて」
気まずい雰囲気を脱却するためぶち込んだショウ。
「あ……お、面白いですよご主人様」
「下らんぞ主人様」
「アハハハ」
それぞれ個性で返してくるが、一人がその場をさらなる雰囲気に一変させた。
ショウのぶち込みに、リーエは落としにかかってきた。
首が絞められ、息ができなかった。
その後すぐ、リーエは宙を舞いショウたちの目の前に膝をついた。
顔を上げずただうつ向くような姿勢でリーエはこう言ってきた。
「これ以上私は行きたくありません。申し訳ありませんが、先ほどの場所で待っております」
うつむくその姿からは神妙な面持ちが見てとれた。
リーエはショウが息を整え終わるのを、返事さえ待たずにショウ達の間をすり抜けアメルとは反対方向へと歩き出した。
息を整え、ショウは背中を向けてどこかへ行ってしまうリーエのその手を掴んで言った。
「ど、どこ行く気だ」
場所はオアシスだと分かっていた。
そうじゃない。
真意が聞きたかった。
「……チッ」
振り返ろうともせずにリーエは舌打ちをかましてきた。
拒絶反応のようなそれを伴い、手は簡単にほどかれた。
落ち着きが消えていた。
フィアの要素を失くしたように見え、今までに見たことないリーエがそこにはいた。
華奢な背中は砂を撒き散らせながら走り去り、華奢さをさらなる領域へと加速させていた。
ただ事ではない。ショウはそう思い、リーエを追いかけた。
砂の足音がショウ以外にする。
ついてくる三人に対して走りながら、
「お前らは先にアメルに行ってろ」
「ですが、今のリーエ様を放っておくわけには……」
「そうですショウ様。あんなリーエは初めてです」
フィアもロネイも言葉の低さから、今の状況が読み取れた。
ショウは止まり、振り返って三人を見やった。
それぞれの表情が楽しい時間ではないと物語っている。
「――ご主人様命令だ! お前達はアメルに行け。すぐに連れ戻すから」
真剣そのものにメイド達にそう命令した。
立場を明白にさせる命令というものはあまり使いたくなかった。
「「はい……」」
ショウの命令にフィアとロネイは従いたくない表情を出していたが、メイドという立場がそれをさせない。
元気な返事とは程遠かった。
「主人様、ベルを忘れるでないぞ」
「分かってる。リーエがそこまですると思うか?」
「そうなりそうじゃから言っとる」
ノロの言葉の真剣さがひしひしと伝わってくる。
首に下がるベルを握りしめ、気持ちを切り替えた。
「行ってくる」
砂を鳴らす音は、一つだけだった。振り返らずに今は跡を追いかける。
まだ夕方にさえなっていない。
それなのに走っても、走ってもリーエに追い付くことはなかった。
結局、オアシスに到着したのは一時経ってオレンジに染められた頃だった。
「リーエーー!!」
オアシス全体に聞こえるような声で叫び続けた。
草木の間を通り抜け、ようやくその姿を見つけた。
ショウが寄りかかり、リーエがその傍らで寝ていたその木の根本に、リーエは膝を抱えて座っていた。
うつむいているリーエだったが、ゆっくりと近づくショウに気づいたようで顔が上がった。
「返事ぐらいしろよ」
「……ご主人様ですか。お姉さまが来るかと思っておりました」
「わ、悪かったな俺で」
いつでもリーエの中にはフィアがいるんだと、改めて思う。
パッパッと服に着いた汚れを落とすような素振りをしてリーエは立ち上がった。
「戻ろうぜリーエ」
手を差し出した。
――鮮烈な痛みが今も手に残る。
手と手が握られる音ではなく、弾けた音がその場に響いた。
拒絶をまた見せられた。
今のリーエなら、たとえフィアだとしても、こうなっていただろう。
「な、なにするリーエ」
「行きたくないといったはずですっ!」
「その理由を言えっ! お前の故郷なんだろ? 何がお前をそうさせるんだ、それを聞いてんだろうがっ」
「……チッ、何も知らないくせに勝手に私の中に入り込まないでくださいっ!!」
リーエの一変した様子と声色にショウはたじろいだ。
「今すぐ消えてください。痛い思いをしたくはないはずです」
見下されている、そんなような気がした。
華奢な姿でそこにいるのに何よりも大きく見えた。大きな闇を持ち合わせて。
「そうはいくかっ! 俺のメイドは俺が救ってやる」
「なら、救ってくださいよ」
「――<エス・トローラー>」
そんな呪文のような言葉と共に、指から放たれた電撃がショウの体を突き抜けた。
一瞬の出来事に対応さえ、思考さえ、鼓動さえも追い付かなかった。
全身が痺れ仰向けのまま受け身もとれずにその場に倒れた。
思考が消えて行く。体の自由が利かない。ただ目だけは空を捉えていた。
「――――」
植え付けられるように響くリーエの声が体の隅々に届いた。
抗える術を失くし、一つ光景だけを目的に足は歩きだしていた。




