三章 46冊目 羽
<少女>と男。
石に囲まれた部屋。いわばここは牢屋だ。
そんなところだったが、少女と男は仲良く暮らしていた。
そこに現れた女性が一。
凛々しさが見える顔でも、その中に持ち合わせている優しさというものを少女は知っていた。
「おかあさまっ!」
そう言って、牢を開けた女性に少女は抱きついた。笑顔と笑顔が向かい合い、少女はその女性に頭を撫でられた。
小窓から差す月明かりが、三人にとって唯一の家族団らん時間だった。
「じゃ、行ってくるから――大丈夫、心配するな」
男は笑って少女の頭を撫でた。
蔑む目を突き刺してくる二人の兵は、少女と男を引き剥がすと、男は連れられていった。
「お、おとうさま……」
一人になった少女はただ帰りを待った。
差し込む光が眠気を連れてきたのをグッとこらえて。
目が覚めるような地鳴りが襲ってきたのは、男が連れていかれたほんの一時間後のことだった。
崩れ行く牢屋は少女を逃がさんと、落石を少女にお見舞いした。
押し潰され、意識が持っていかれそうになりながらも少女は叫んだ。
「おかあさまっーー!! おとうさまっーー!!」
必死に助けを呼ぶ少女に助けは来なかった。
石の下敷きになり、少女の目の前は真っ暗になっていた。
埋もれる行く中、少女が見たのは楽しかった母と父との夢のような時間だった。
痛い。
苦しい。
誰か。
――誰かじゃない。自分でやるんだ。
降り注ぐ落石は豪快な音を止めていた。牢屋だったそこは見る影もなかった。
カラカラっと小石が転がる瓦礫の中、突如大きな石が宙を舞った。
その下から現れたのは少女だった。自力で脱出したのだ。
見た目からは想像もつかないほどの力が少女にはあるようだ。
助かった。そう少女は思った。
潰されていたことと、瓦礫の粉塵により服や髪はボロボロになっていた。
この世の終わり。そんな状況が辺りを包んでいた。
瓦礫の山。辺りを転がる死体の数々。天を貫くように立つ樹は焼き朽ち果て、森は火の海だった。
焦げ臭いに鉄のような臭いが入り混じり、その場を支配していた。
辺りの光景は少女に残酷な現実を突きつけたが、それでも少女はふらつきながら歩き始めた。
母と父を探すために。
照りつける太陽が、少女には何よりも重くのし掛かっていた。
泣き声のような。そんな声がした。
その声が少女の耳に届くと、少女はそこへ向かって一目散に走り出した。
そこに待っていたのは、少女にとって受け入れがたい現実だった。
泣き崩れる母親と、その傍、紅の上でピクリとも動かない父親がそこにはいた。
少女は戦慄した。
頭を抱え、座り込み、動けなくなった。
その現実を受け入れるのを否定し続けたが、追い出しても追い出してもそれは入り込んできた。
「……あの女がっ!!」
「おねえちゃん、やめてっ!」
怒りを露にする女の子と、それを泣きながら必死に止める女の子の声がした。
「あの女が、私たちの仲間を皆殺しにしたんだっ!」
その言葉が少女に突き刺さった。
あの優しい母親がそんなことをしたと、少女はとても思えなかった。
だが、父親の変わり果てた姿。無数の死体。崩壊した部屋。
あの子の言葉が嘘でないと、後ろの女の子の必死な様子から、少女の小さな脳でもそうたどり着くのは容易であった。
少女に残されたのはその現実と、あの時はもう帰って来ないという喪失感だけだった。
少女はこの場から逃げ出した。
走って、走って、走り倒した。
何日も、何日も。休むことなく。
現れた無数に広がる花畑は少女によって無惨にも蹴散らされていった。
花びらは少女を止めようと足を捉えたが、それは力無く引き剥がされた。そんな花の葛藤があったことさえ、少女は知らない。
ふと切れたように力尽き、前のめりで倒れこんだ少女は舞散った花びらで、ここが花畑だとようやく気づいた。
体はもう動くことすら叶わなかった。楽しかった日々が脳を走り込んでくる。
そんな思い出に涙が溢れだしてきた。
何度消しても、消しても、あの記憶だけはどうしても残った。
「おかあさま、おとうさま……」
必死に紡いだ言葉は小さくて儚かった。
かすれゆくあの思い出を追いかけるように、少女は目を閉じて受け入れた。
「……ようやく見つけましたよ。ここで死なれてはあの方に申し訳が立ちません」
少女は死を受け入れていたのに、それは何者かによって阻まれた。
ゆっくりと抱えられ、体が休まるのを感じた。
少女はその者に対しなにも出来なかったが、目だけはうっすらとそれを捉えていた。
水色の髪。夕陽のような橙色の目。白と黒の謎の服装。
「生きてもらいますからっ!」
目を見てはっきりと力強く、訴えかけられたようだった。
抱えるその者の鼓動がする。とても温かく、あの辛い現実を忘れさせてくれるような大きな存在のような気がした。
少女はその後意識を飛ばした。闇の中、少女はあの記憶の出来事を奥深くへと閉じ込めた。
開けることはもう無いとリーエは思っていた。