二章 44冊目 かち
昼のオーメリス城。その屋上ではいつものように金属の音が鳴り響いていた。
短剣は振っても振っても、弾き返された。
この鍛練はロネイにとって片手間のようにショウは見えていた。
片手で刀を易々と振り、まるで遊んでいるかのように。ショウなど眼中にも入っていない。
それがこの五日ずっとそうだった。
「おいっ! やる気あんのか?」
流石にこの態度をとる純白メイドに腹が立った。
「懐にすら入ってこれないショウ様にも問題があるのでは?」
「真面目にやれよ、じゃあ」
「では真面目にやります」
両手で刀を構え、真剣な眼差しのロネイに隙はない。
それでも突っ込んでいく。
弾かれても、弾かれてもショウは食らいついた。
長い刀と短剣。入り込めさえすれば勝機はあるが、入り込もうにもロネイはそれを許してはくれなかった。
いつも寸でのところで刀が邪魔をする。
そんな刀をなんとか受け止めた。
「受け止めていてはいつまでも入ってこれないですよ」
「うるせぇ! このっ!」
弾いた刀の隙は短剣の比ではない。
この隙が千載一遇のチャンス。踏み出そうとした瞬間だった。
「……ショウっ!」
背筋が凍った。これ以上踏み込んだら確実に死ぬ。そんな雰囲気を感じ取った。
悪魔に刈り取られる。
殺気というものを今のロネイからは感じない。
というか、ロネイ風にいうと殺気はさっきまでそこに現れていた。ほんの刹那に白い悪魔が出すと、ロネイは言っていた。
だからロネイに殺気はない。
ショウはその場で踏み留まった。首の前を刀の冷たさと風が通り抜けていった。
「ば、バカ野郎。魔力感知状態じゃないと対応できないんだって言っただろうが!」
「あっ! も、申し訳ないです」
ロネイは刀を仕舞い頭を下げた。
これが鍛練の終わりの合図になっていた。
ショウも短剣を仕舞った。
「フィアも何か言えよ」
「何かとはなんですか?」
「……それはギャグか?」
「アハハハ、姉様それ、いいですよ」
下らないことに高らかに笑うロネイ。それでこそロネイだ。
白いメイドは、ショウに新たな風を運んでくれる存在になっていた。
夜になるといつもどこかにリーエは消えていた。
この五日間、魔法の鍛練はノロとしていたが、人形じゃないと分からないことがある。
「こうじゃ、こう」
「こうって、どうやるんだ?」
「こうといっとろうが……こうじゃ!」
らちが明かない。かめのぬいぐるみはどこがどこを指しているのかよく分からない。
「ご主人様、やはりリーエ様の方がよろしいのではないでしょうか?」
フィア自身、教えてあげたいという想いがショウにはよく伝わってきていた。
本当はフィアから教えられるのが一番いいのだが、リーエに仕事を与えないとそれはそれで拗ねる。夜はリーエの時間だからだ。
リーエにお任せとか言っておきながら、何の断りもなく消えるリーエにショウは我慢の限界がきた。
城の一室を飛び出し、屋上に駆け上がり一発の虹を放った。
「……見つけましたよ!!」
魔力感知でリーエの魔力を感じ取った。
すぐさまその場所に向かって走り出した。
コロンと回る玉はカタカタと弾んで、赤に吸い込まれた。
「リーエさん、また外れです」
ディーラーという立ち位置で、トハクはそう言った。
トハクを前に、リーエとシキは座ってそれを見て、その後ろにナナイは立っている。
バタンと開かれたドアに全員の視線が集まった。
「ご、ご主人様!?」
「あら。ショウ様もどうですか?」
「……え?」
驚きのリーエに以上に、その場にいる王と王子にショウは驚いた。
シキの促す声に反応できず、それを見ていたナナイによって引っ張られ、シキの隣に座らされた。
なんだかんだで、ショウはその賭け場に巻き込まれてしまった。
ショウはシキから説明を受けた。
ポーカー。
ある程度、ショウは<記憶の欠片>で知っていたが、やるのは初めてだった。
トハクは慣れた手つきでカードをシャッフルすると、一枚、一枚配り出した。ショウ、リーエ、シキ、ナナイの順に。
「私は魔法の鍛練がしたいのであってですね……」
「その状態でですか?」
ズバリを突かれた。
リーエは配られたカードを淡々と手に取り、交換を促している。
魔力弾を撃ったため魔力ゼロなので、このまま戻っても仕方なかった。
まさかリーエが夜な夜なこんなことをしていると、ショウは思わなかった。
「フィアさんはこのこと知っているのですか?」
「お、お姉さまは関係ありませんっ!」
その揺さぶりは思いの外、効いたようだった。
ポーカーフェイスは無いようだ。
そんな二人に挟まれているのに、シキは微動だにしない。
魔力さえ乱れずただ真剣な表情をしていた。
「おおっ! 見ろ見ろショウ。これいいんじゃないか?」
「見せてどうするんですか、ナナイさん?」
「あぁ! そっか」
ナナイは無邪気にカードを見せてきたが、すぐに気づいたようでそれを隠した。
ナナイの手を覚えていたショウはすぐさま下りた。
「賭けというのはですね……」
シキは突如、口を開いて続けた。
「賭ける価値がそれにはあるかで決まるのです。たとえそれが負けると分かっていても」
賭ける価値。
ショウは自分のカードを改めて見るがそれに賭ける価値はない。
だってバラバラだから。役がない。
「私は下りますが、ショウ様は?」
何故かシキは促してきた。ふと湧き出す行けるような気。
カードは裏のままこのふざけた手で賭けた。
それをトハクがオープンさせると、カードは変わっていた。
ショウは勝った。
「ねっ? 賭ける価値がそのカードにはあったということです」
「……魔力干渉」
ショウにだけそれは分かった。
シキとトハク。二人してイカサマをやったということを。
「バレなきゃいいのです」
こそっとそう呟いたシキ。どうやら花を持たせてくれたようだ。
「賭けた者にこそ勝は舞い降りるんです」
「賭けこそが私の生者としての生きざまです」
オーメリスには二人の小さな王と王子がいた。
オーメリスには二人の勝負師がいた。
そして、オーメリスに集まった生者達によって、一つの賭ける価値は見いだされ、紡がれて、勝ち取った。