二章 39冊目 待ちの一手
魔力干渉にはもう一段階、上がある。
それは相手の魔力を吸い付くす恐れがあるため、シキは滅多に使わない。
干渉した相手の五感全てを同じように体験できるその魔力干渉を。
「パルスメイド……」
そんな一人の観客の声がショウの耳に伝わると、それはシキにも伝わった。
パルスメイドとはリーエのこと。
本命のホワイトデビル。つまりはロネイ。
シーラー王に送った手紙の内容。もちろん暗号化したものだが、それを紐解いてくれたのか、ロネイとリーエという、願ってもない二人が駆けつけたことにシキは勝ちに近づいたと確信した。
「……それにフィア様にノロ様まで」
偶然にしては出来すぎていた。
魔力干渉が弾かれたのもフィアならばとシキは納得した。
魔力干渉の解除は、シキ自身。もしくは干渉した相手の魔力の限界に達すると自動解除される。
しかしもう一段階上の魔力干渉は、シキの見える範囲でシキ自身で解除しなければならない。さらにそれは遠くなればなるほど相手の消費魔力が著しくなる。
「離れてはいけませんっ!!」
シキは突然の出来事に同様を隠せず、立ち上がった。
呼び掛けむなしく先程まであの場にあった魔力が消え、ショウにかかっている魔力干渉が解除できなくなった。
喜びもつかの間、その勝ちはいきなり消えた。
「い、今すぐパルスメイドを探しなさいっ!」
それはこの場にいる兵、従者全員に向けての魔力干渉を放った。
パルスメイドの方が共通認識があるため、楽に干渉出来る。
城の者全員敵とはいえ、魔力干渉の前に敵はない。
魔力さえあれば。
「……シキ。貴様っ」
その声にハッとして振り返った瞬間、シキは腹に急激な痛みを受けて、目の前が暗くなっていった。
「ね、姉さんっ!!」
そんな怒りに満ちたトハクの声もシキには届かない。
シキとローブの人物はこのコロシアムから姿を消した。
賭け事はもう行われている。なら黙って見守るのがシキのセオリーだった。
動くなら相手も動くのは必然であり、必須。イカサマにはイカサマのように。
シキは目を覚ますと見慣れない光景が広がっていた。
「……ここは」
小さな部屋。本どころか座るイスさえない。殺風景の白い部屋。
あるの横になるベッドただ一つ。毛布などなかった。
「やっと目が覚めたか」
急に現れたローブの人物にシキは首を掴まれ、強制的に起こされた。
そのまま壁に体は叩きつけられ、軋む音が静かな部屋で鳴り響いた。
唐突な攻撃にさらされシキは思考が追い付いてこなかった。息は荒れ、体が言うことを聞かない。
「これで終わりにしてやる」
再び首を掴まれ宙に浮かんだシキは必死にもがいたが、だんだんと意識が遠退いていくのを感じた。
「……じん」
それは賭けだった。
このまま殺されるなら、可能性のある一つの答えにたどり着きたかった。
苦しくても、なんとか三文字の言葉を浴びせるために、声帯を振り絞った。
「ま……じん」
「なにっ!?」
動揺が手に取るように分かった。
離されたシキは床に倒れ込み、咳き込みながらも、生きるため酸素を取り込んだ。
「貴様、いつからっ!」
「ゲホッ、さ、さいしょからです。それに、約束事は守ってもら……」
そこでシキは意識が飛んだ。
結果的だが敵の正体を確信した。
誰にも伝えられず朽ち果てることしても、最後の最後に一矢報いることができたのならシキはそれでよかった。
<魔人>と呼ばれる魔族の中でも姿は人間に近く、知恵を持ち、強靭な生命力と強力な魔力は人間をはるかに凌駕する。
シキを見下すローブの人物はそのローブを取ると、顔半分を黒の刺青で覆われた素顔を見せつけている。
『プライドが高く、頭が切れ、それでいてモラルがある』
「……約束か。まあいい。今は対策を立てなくては」
シキの読みは当たっていた。
どのくらい眠っていたのだろうか。
シキは痛む体を起こしながら部屋を見渡した。
ローブの人物はいなくなっており、ただ一人この部屋に取り残された。
しばらく思考をめぐらすことに集中したが、出る結果は変わらなかった。
賭けに負けた。
それに罪もない一人の男を殺してしまった。
打った全ての布石が、ここがどこか分からない場所にシキが囚われたことにより崩壊した。
「……ショウ様」
ボソッとシキから出たのはショウの名前と目から流れる雫。
今シキにできることは何一つなかった。魔力干渉が届く範囲に人がいないのだから。
殺されていないということは三日待ってくれるのだろう。シキはそう思いながらただ待つしかなかった。
あの日からどのくらい経ったのか、時間の感覚が無くなってきていた。
「……腸ってどうやってだすのでしょうか」
そんな下らないことを吹き飛ばしてくれることが急に起こった。
範囲に誰か来た。
待つセオリーは死んだ布石を連れてきた。




