二章 31冊目 魔力ゼロ
コロシアムの試合は一人の棄権という形から始まった。
七人になったことは特に重要視されることもなく、一戦一戦行われていった。
なんといっても目を引くのはホワイトデビル。レベルが違うというのはショウの目にも明らかだった。
「よくあいつから逃げられたな……」
自画自賛。
ホワイトデビル一撃必殺のいあいぎりに誰もが目を奪われていた。
その他の試合はショウにとってそれなりの収穫があった。
目劣りするといってもコロシアムの強者達。剣や魔法のレベルは去ることながら、それを使う戦闘に特化した技のオンパレードにショウはそれらを目の当たりにできたのだから。
のだが、モヤモヤするものがショウにはあった。隣がうるさい。
「そういえばご主人様、賭けてますか?」
フィアはそれとなく聞いてきた。
試合と並行して行われているギャンブルにショウは全く興味がなかった。そのためにノロに任せていたのだが、これが大失敗だった。
もう一度言う、うるさい。
「リーエよまた外れたではないかっ!」
リーエの頭の上で怒りのごとく炸裂している前足攻撃も、リーエは気に求めていない様子。
「下手ですねノロ様」
「なんじゃとぉ! お主も外しておるではないかっ!」
「全敗賞というものを狙っているのですっ! 2分の1を外し続けることにいぎがあるのですっ!」
そんな大層にハズレを自慢されても困る。
人外二人組は試合などどうでもいいのか、賭けることしか頭にないようだ。
『あぁっとここで決着がついたようですっ!!』
このコロシアム全体に響く声の正体を<拡声魔法>というのをショウは知った。
魔力を喉に集中することで、声大になって飛ばせるとのこと。
「あぁ!! な、なに負けているのですか!!」
リーエは立ち上がって、その試合結果に怒り心頭のようだ。
今行われている決勝の前の3位決定戦。勝ち確のホワイトデビルの出る決勝戦はいいとして、最後の最後にリーエは当たったようだ。
「ワシをバカにしたバツじゃなリーエ。ある意味持っとるぞ」
皮肉をたっぷりと込めたノロの言葉にリーエは意気消沈し、座り込むや否やショウの片腕に抱きついて眠りに落ちた。ノロも定位置に戻ってきた。
「邪魔だリーエ」
「……zzz、ご、ごしゅりんしゃま……zzz」
寝るのが速い。
「むむぅっリーエさまぁ、んんっ!」
嫉妬のうなり声のようなものと共に、フィアの方角からただならぬオーラにショウは目を合わせることができなかった。
「フィアよ、シワがよるぞ」
「……ノロ様、まさかとは思いますが負けたなんてことはありませんよね?」
すり替えるようにして躱したフィアだが、ショウもそれは気になっていた。
そもそもノロがリンを持っているのか分からない。
「そんなわけないじゃろリーエではないぞ――ほれっ! 見てみい」
自信満々のノロの口調から察するに勝ったのかとショウは思ったが、フィアに渡されたショウの、ノロが賭けを行っていたブックメーカーをフィアは受け取った瞬間。
「ど、どどど、どういうつもりですかっノロ様!! こんなに負けて、いったい誰がこの金額を払うとお思いですかっ!!」
「お主じゃぞ」
噴火したフィア火山は一瞬のうちにノロにふさがれたようだ。
この落差。さも当然ようなノロだった。
「はぁ、まぁよろしいですが……せっかく勝ちましたのに、これではチャラですよ」
ため息は憐みのようなものと、仕方なさのようなもの、当然のようにそれをフィアは受け入れていた。
これではどっちが師匠だかわかったものではない。
「勝ったのねフィアは」
「勝ちました!」
自信満々にブックメーカーを見せつけてきたが、全く分からない。
数字の羅列がパパパッと書き込まれているが、全く理解できなかった。
「おい、リーエは大丈夫なのか?」
ふと気になったのリーエの成績。全敗賞とか言ってたので負け額がエライことになっているではないかとショウは思った。
「最後の当たりでチャラのようですね」
「最後は2倍ついとったからな」
<マーチンゲール法>。
ホッと一息ついたのはショウのほかにもう一人。フィアだ。
「お二人はあとで説教ですっ!! 賭けにも限度というものがありますっ!」
リーエの体がビクッとしたのは恐怖からなのか、はたまたよくある睡眠時のビクつきなのか、それは後でリーエに聞いてみよう。
『勝ちました!』
その発言は負けたと思しき者たちの注目を集めた。
『……zzz、ご、ごしゅりんしゃま……zzz』
その姿は身に覚えのある者たちの記憶を呼び覚ました。
口を滑らせた愚かメイド。職務放棄で眠りについているバカメイドのコンビプレイに一人の観客の声が上がった。
「……おいっ! あれ<パルスメイド>だぜ」
それを皮切りに、ヘルツは波となってコロシアム全体に振動していき、一気にショウたちのところに注目が集まった。
ざわつくコロシアムの様子にただならぬ状況に置かれているということは間違いなかった。
「フィア、なんかまずくない?」
「そのようです。私たちがいては邪魔のようですのでいったん引きましょうか」
「ナナイのとこ寄ってくれ」
「かしこまりました、ご主人様」
ショウはフィアに手を握られると同時に、
『離れては……』
シキの声がショウの頭をかすって行ったがフィアのテレポートは止まらなかった。
閑古鳥が鳴きすぎて声が枯れたのか、予想屋・スペクト。コロシアム場外、予想販売所で眠りこけているメイドがそこにはいた。
それよりも緊急事態にショウは襲われていた。急激に魔力が消費されていったのだ。
それはまるで溜めていた水が水栓を外され勢いを増して流れていくようだった。
ショウは疲労感に襲われ地面に膝をついたが、こんな状況でもバカメイドは起きようとはせず、その寝息の音がショウを苛立たせていた。
「ご、ご主人様!? どうなっているのですか、魔力の波が急に……」
「……っ、分かんない。ただ……くっ!?」
「主人様の魔力が……このままではまずい、フィア! あれじゃ!」
ノロがフィアに何を頼んだのか考えてる余裕はなかった。それをあざ笑うかのように消費速度はさらに増してリミットすら超えた。
――その時だった、
「……んっ!」
ショウはスッと起き上がった。体の疲労感は嘘のように消え失せていた。
もう一つ。大事なものが消え失せたのをここにいるフィアとノロも感じ取ったようだ。
「ご主人様、やはり……」
「……主人様、大丈夫なのか?」
疑惑が確信となったような口ぶりのフィアに、神妙な面持ちをしているであろう声でノロは聞いてきた。
「……大丈夫です。だからこうして生きているのでしょう、ノロさん」
さらにもう一つ。それはショウに口調の変化を連れてきていた。
「……んっ? うるせえな、誰だよ――ショウ達か、もうそんな時間か?」
「ナナイさん、売れましたか?」
かしこまったショウの口調にナナイは唖然の顔をしてイスから転げ落ちた。
失ったものは魔力。ショウは魔力がゼロになったのを感じていた。
生きている。何故か生きている。確かに生きている。
『死ななかった』
その事実は今、頂点を超え傾きつつある光の眼差しを一身に浴びている生者たちに突き付けた。