3冊目 魔装と自然魔力
朝食を済ませ、暫しの休息。そんな中、ショウは一人、本にかぶりついていた。昨日のあの出来事に対して、さっそく向き合っていた。
「う~ん、だめだ。全然、イメージがわかない」
ショウは本を閉じて項垂れた。彼の読んでいる本は、水魔法の本。その魔装のページであった。
魔法の本は、『才能』と『魔力の質』その二つにより、開けるページ数が変化する『魔法道具』。後ろのページほど強力で、大量の魔力を消費する魔法になっている。開けるページの限界が、そのままその人物の扱える魔法の限界値である。
「魔装のページは開けています。つまりそれは、ご主人様にとって水魔装は、既に会得可能な状態であること示しています。もう一度始めから読み返してみましょう、ご主人様」
フィアの優しい言葉に、ショウは再び本にかぶりつく。一番最初の文字からずんずんに――、
「――この『自然魔力』ってなに? 今までの魔法には出てこなかったよな?」
ショウは本を指差し、フィアへと質問を投げ掛ける。見慣れない単語であったそれが、躓く原因であった。
「『自然魔力』というのはですね――」
『自然魔力』水や植物などがもつ魔力の名称。人や動物といった命あるものに魔力は流れているが、それは自然も同様である。
「――つまり、水や風。土や石にも魔力は宿っているということです。一見すると、この場は極々当たり前の光景に見えますが、見方を変えますと目の前にあるのは魔力の塊。そう捉えていただくと、自然と理解できるはずですが……いかがでしょうか?」
「それと魔装になにが……あっ!」
ショウはフィアの助言に、あることに気がついた。そしてまた一から本を読み始める。そんな彼をフィアは微笑ましい表情で眺めていた。
一つのきっかけが全てを変える。たった一つでいい。それを見つけることが、どれだけ大変であろうか――。
「……よし、試してみよう!」
本をバシッと閉じて、ショウは意気揚々と川に向かった。何かを得た彼の表情は真剣そのものである。
――――やってやるぞ、と。そんなショウに付き添うよう、フィアはその後に続く。
今日のメイド服は白と桃色の二色。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『才能』は生まれながらのものだ。不変なそれを、ショウは持ち合わせてはいない。
『魔力の質』は一朝一夕では向上しない。毎日コツコツと、魔力を消費することで『質』どんどん高まる。同じ魔法でも『質』が良ければ、威力も消費する魔力も全くといっていいほど変化する。
しかし、『質』はあくまでも『努力』の一端でしかない。天然ものと養殖もの。自然と人工。『才能』あるものが『努力』を欠かさなければ――。
『魔力量』は生まれながらに決定する。それもまた『才能』である。
ショウは川に片手を突っ込んでいた。川に手を突っ込んでいたのにはある理由があった。
「このまま水魔法出せばいいんだよな?」
「あぁ、そうじゃ。出し続けるのじゃぞ。でないと解除されてしまうからのぅ」
ノロのアドバイスを聞きながら、ショウは水魔法を水の中に放った。するとどうだろう――ショウの腕から始まり、それは青いオーラのように目に見えて彼の全身を包みゆっくりと始めた。
このオーラこそ魔装最大の特徴である。そしてそれは、それぞれの属性に対応した色を放つ。炎は赤。水は青。雷は黄色。風は緑。といったように――。
「いい感じですよご主人様。そのままキープしてください。水魔法を止めてはいけませんよ?」
「はぁ……はぁ。これ、きついって」
「十分は継続させてみぃ。それぐらいできんと話にならんぞ」
「ま、マジですか……」
そんな出だしから弱音が飛び出したショウ。
――開始から三分後。
「……も、もう無理だぁ」
「あ、諦めてはいけませんご主人様。もう少しで、魔装の真の力が発揮されるはずです」
ショウはすでにギブアップ寸前であった。声もそれに伴って苦しさが醸し出されている。そんな彼を鼓舞するようにフィアが声援を送る。何とかそれに応えようと、ショウも踏ん張る。
魔力の出っ放し。ショウもそれは何度か経験がある。『トラップ魔法』がそうであるためだ。『トラップ魔法』設置中は、魔力は出っ放し。だが、それとは消費量がまるで違う。
そもそも魔法は『点』が基本だ。連続で出すことはあっても、必ず間というものができる。隙ができるものだ。
魔装はその逆を行っている。『線』状態だ。間などない。常に発動中のために、通常の魔法とは消費が段違いだ。
その中間の存在がトラップ魔法であろう。『点』と『線』。設置が『点』。発動するまでが『線』といったところだ。当然発動すれば『線』は消える。それは魔装も同様だが。
『線』状態など――その領域ははっきり言って未知数。力は見る見るうちに抜けていき、どっと疲れが押し寄せてきていた。疲労の色は隠せず、表情は曇る。
魔力消費の弊害を身をもって味わうショウ。
「ご、ご主人様……」
そんなショウを心配そうな面持ちで見守るフィア。彼女にできることはない。止めたとしてもそれは彼のためにならない。だからこそ、ノロも同様に止めない。成り行きをただ見守るしかない。
――開始から五分後。
「……ん? な、なんだこれ!? ――おおー! これすごいぞ! どうなってんだ、これ!?」
突如としてショウはいきり立った。興奮する最中、今のこの状態を伝えようとフィアへ――ノロへと、無邪気にはしゃいで見せている。
ショウは急に元気になっていた。先ほどまで白旗寸前だった彼の姿とはうってかわってのテンションMax状態。さらにさらに、手から放たれている水魔法はさらに威力を増して水の中を駆け巡っている。まるで川に水を供給するかの如く、ショウの周りの水はうねりを伴っている
「ご主人様、これ以上は」「ストップ。ストップじゃ」
だが二人のメイドはその真逆で慌てて止めに入った。ノロはショウの頭を叩きながら――フィアはショウの肩に手を置いて――。
しかし、高揚するショウはそれでも止めない。止まらなかった。このハイな気分を何故邪魔をするのかと、嫌悪感を露にした。
「邪魔するなよ。今いいところなんだっ!」
「早く魔法を止めてください。でなければ、力ずくでご主人様をお止めしなければならなくなってしまいます。それでも――」
「――やだね。止められるもんなら止めてみろよ」
「……そうですか。ではそのまま死んでください」
突拍子もないフィアの言葉にショウは思わす「え?」と言葉を溢し、魔法も自然と止まりを見せた。
「何のためにあの本を読んでおったのじゃ。大雑把じゃなホントに」
ノロの言葉と共に疲労感が舞い戻り、その場に――川辺の砂利の上に座り込んだ。彼女のおかけで、本の内容と冷静さが蘇ってきた。
川に手を突っ込んでいたのは、水の『自然魔力』を取り込むためであった。ショウ自身の魔力では魔装が行えない。そのために『自然魔力』の吸収が必要不可欠。だから不格好ながらも、川に手を突っ込んでいた。
『水魔装』が『四大魔法』のうち、最も会得難易度が低い所以はそこにある。
水ほど自然の中に大量に存在するものは他にはない。あるとすればそれは風だが、掴めない。触れない。目に見えない。感覚という点で圧倒的に水に分がある。
己の魔力を使った水魔法と、水の中にある『自然魔力』。その両者が交錯し、自然と一体になることで初めて己の中に『自然魔力』を取り入れることができる。
それが、魔装である。
「大体お分かりになられたと思いますが、ご主人様がもしそのまま続けていましたら、今頃は水となられ、川に溶けて、海に出まして、雲となり、雨と相成ります。そしてまた川に戻ってくる。その繰り返される運命を辿ることになっておりました」
「そういうことはもっと早く言ってくれ!」
「つまりは死んどったということじゃ」
「直球でいわなくていい!」
しかしながらショウは、水と一つになっていく。そういう感覚が手の平に残っているのもまた事実であった。自分の手を見つめて、感覚の有無を確かめる。手は正常に働いている。開け閉めを繰り返しても何ら問題はない。それだけに、あのまま続けていたらと思うと、ゾッとする。この手が、体が、水へと変化してしまう。嘘ではないということをはっきりと理解した。
最初の三分。流れてくる自然魔力に対応するのに時間がかかっていた時は、ただ苦しかった。
だが、そこからは先はただ消えゆくだけであった体中の魔力が、急に溢れてきたのだから、これには驚いた。出せば出すだけ増えていき、使えば使うだけ水魔装の感覚を味わえた。だからショウは止められたときに不服を露わにしたのだ。
抑えようのない力。それを制御できなかった。
「魔力には限界があります。それをリミットと呼びますが、普段であればそのリミットがかかりまして、魔力が完全に失われるということはありません」
「そうだな。魔力が無くなったら死んじゃうからな」
魔力の完全消費。魔力ゼロは、死だ。だがそれは起きない。限界を向かえる頃にはその前に倒れている。人は睡眠を取るように、栄養を蓄えるように、本能でそれを咎めている。
「――ですが水魔装は基本、水の中での使用が主な用途です。そのために自然と自然魔力を取り入れることになります。ですから己の魔力の限界――その境界線が自然魔力のせいで超えてしまう場合があるのです」
「そ、そうなったら……」
「ええ、ご主人様のお考えの通りです。水魔装にはそういう欠点があるのです。しかし、自然魔力に頼らず、自分の魔力量だけで魔装をすればそのようなことは関係ありませんがね」
「……いや、それは流石に無理だな。それってつまり、体に流れる魔力自体を水魔法で覆うってことだろ?」
「そういうことじゃな、ワシはできるがのぅ」
「私もできます」
「……流石は大魔王様と魔王様」
「どういう意味ですかご主人様!」「どういう意味じゃ主人様!」
こんな時にくだらない嘘をつくほどフィアもノロも落ちぶれてはいない。ショウは改めて2人がとんでもない魔力量の持ち主だと思った。ショウはもうこの7分でもうヘロヘロ。レベルの差は明らか。
「……良くできていましたよご主人様」
「ふ、フィア?」
ショウは徐に近づいてきたフィアに包容された。何もできずに、今はなすがまま。たまに母性を出してくるフィアこの行動は、何とも言えない時間。彼女がそれで満足するなら、と受け入れる。特に意味はない――はず。はっきり言ってよく分からない。芽生える感情はない。もう慣れたというしかないためだ。
「……それはワシの甲羅じゃ」
頭を撫でたのだろうが、ショウの上にはノロがいる。
「あ!……ノロ様でしたか。柔らかったのでおかしいと思ったのですが……」
「ぷっ、ハハハ! ――あ~、おかしぃ」
「な、なぜ笑うのですか! ご主人様!」
包容を解いたフィアは嘲笑うショウをまじまじと見つめている。その顔色は少し赤みがかり、羞恥を表すにはピッタリであった。
「いや……くっっ。アハハ!」
その表情でさらにショウは腹を抱えて笑った。笑いが止まらなくなった。そんな彼をフィアは突き放し、プンプンと怒ってそっぽを向いた。その姿でさらなる笑いの大三波がやって来たのであった。
二日目の日差しは初日と変わらない。
いつもと変わらずにこの世界を照らす、巨大な光魔法のように、。澄んだ水面に光の点線を作り出していた。