20冊目 今より前。たった一歩でも
ショウは冷静さを取り戻したのか辺りの光景の度肝を抜かされ気絶した。そんなショウをおんぶで持ち運ぶ。
紅などショウの気絶と共にクリアの魔法ですぐさま消した。
「一度ミネアまで……」
「ええ。行きましょうか」
言葉を震わせるミネアポリスの一人。フィアの冷静沈着っぷりにカタカタと震える体を抑えきれていない。
怯える者、冷静さを保つ者、好奇心を抑えられない者。
現実の光景は、人の本性を露わにするにはもってこい。
「お姉さま。私がお運びいたします」
「大丈夫ですよリーエ様。――さ、リーエ様もどうぞ。今日は特別ですよ」
「い、いいのですか!? ――はわぁ、お姉さま~~zzz」
「こやつにはフィアしか目に入っておらんのか?」
フィアに民族大移動の如く乗っかる。それでも苦にはならない。ショウの言葉の方が今のフィアにはとても重くのしかかっていた。
ミネアポリス、それを管轄するケレスからの判決はお咎め無し。それどころか賞賛を送られた。
そんなことなどフィアにとってどうでもいいことだった。今は一刻も早くショウのもとへ向かいたい気持ちで溢れる頭に、ケレスの言葉など何も入って来てはいない。
「……ノロ? 聞いてるのか? もう行っていいぞ」
「……」
「ノロ?」
「……!! は、はい。も、申し訳ありません――し、失礼いたしますケレス様」
無礼なのは承知で一目散にケレスの部屋を後にした。
「あの態度は何じゃ! いくら主人様のことが気になるとはいえあれではケレスに失礼じゃろ」
廊下で師匠に怒鳴られるなんていつ以来だろうか。フィアはそう思いながらノロの透明化を解除した。
浮き出てくるノロを胸の前で抱え、ショウのいる部屋へ急ぐ。
「……今、主人様に会う気か?」
ノロの一言でフィアは止まらざるを得なかった。含まれる意図を必死に紡ごうとするが、糸はできなかった。
「わかっとらんようじゃな。はっきり言っておくが今の主人様に会うということはこのワシが許さんぞ」
植えつけられたものを思い出させる声色に、ギュッとちょっとばかりの抵抗を見せた。
「止めんかフィア。綿がよるじゃろ」
「教えてください。私はどうすれば……」
分からない。フィアはショウのためにやったことなのに、あれだけの拒絶反応を出された。
フィアが相談できる相手はノロだけだった。抱きしめる力を弱めて、歩みを始めた。
「主人様はなんも知らんとはいえ、いきなり目の前でお主があんなことをしたのじゃぞ。それについてはどう考えておる?」
賞賛されたのは、あの二人組が懸賞金のかかった手配書の人物だったからだ。
手配書が出回るということは、魔力の特定がされているということ。血液さえあればその生死が分かる魔法道具にも手配書はなっている。
「ご主人様にも現実というものを、と考えていました……」
「それについてはワシも同意見じゃ。じゃが考えてみぃ、主人様にとってお主がどれほどの存在なのか」
「私はメイドなだけです。それ以上でもそれ以下でもありません」
「18年も閉じ込めておって、会えていたのはお主だけじゃぞ! それでなぜ分からんのじゃ!!」
「好きで閉じ込めてたわけではありませんっ!!」
言い争いはヒートアップする。はたから見ればぬいぐるみにうっぷんを晴らす危ないメイドがそこにはいる。
18年かかってしまったというだけのこと。ショウの親探しをしていただけ。結局は見つけることはできなかったが。
「……お主しかおらんのじゃぞ」
それは諭すように。
「これからどんなに仲間と呼べるものができたとしても、フィア。お主は主人様の中で一番を占めるじゃろう」
それは予言のようなことを含んで。
「そんなお主への信頼が一瞬で崩れ去ったのじゃぞ」
糸は紡がれた。その言葉だけで十分理解できた。
フィアは18年間、ショウが自分のことをどう思っていたのかなんて聞いたことはなかったし、思考を読んだこともない。
怖かった。恨まれているとフィアは思っていた。
「……ありがとうございます」
かめを抱きしめるやさしさと共にその声も穏やかな日差しのように温かみがあったのか、ノロはもう何も言わなかった。
一つの部屋が開かれ、そこにショウとリーエが現れた。
「フィア……」
ショウは目線を合わせずらそうにして、うつむいた。
「あっ……お、お姉さま。申し訳ありません。ご主人様をお止めしたのですが……」
モジモジするリーエのうつむきはショウのと違うのははっきりわかる。
「少し外していただけませんかノロ様、リーエ様」
「んっ! リーエ、来んかっ!」
「うわぁあ、ノロ様。わ、分かりましたから~」
顔に張り付くノロに押されるがままに部屋に戻るリーエ。
二人きりになった廊下で静かに近づくのはフィア。コツコツと響く足音を鳴らすたびに鼓動が速まる。
緊張している。それでも答えを近くで伝えるため歩みは止めない。
「あの……なぁ、フィア」
ショウから発せられた声にフィアの歩みは止まった。緊張はゆっくりとだが日常に戻っていく。
「待ってください。私からでもよろしいでしょうか?」
「それはダメだ。ご主人様命令だっ!」
それを破りたい。それほどまでにショウから先に言われたくない言葉は全く同じなのをショウの思考が読めたからだ。
謝る。至極簡単なことなのに今回の一件の重さと比例し、言い出しにくいものであった。
「……ごめん。言い過ぎたよ。お前は俺を助けてくれたのにあんなこと言って……ホントごめん」
「頭をお上げください。私も……ご主人様のことを考えずに先走ってしまったこと。申し訳ありませんでした」
「……リーエから聞いたよ。あいつらのこと」
「それを差し引いたとしても……私の行動はご主人様に許されるものでは」
「許すとか、許さないとかじゃない。命があるだけめっけもんだ」
「で、ですが……」
「しつこいぞ――じゃあ許すっ! だから俺も許してくれ」
「……分かりました」
勢いに押されてしまったがこれは完全に不平等。ショウにとってなんのメリットもない。フィアの自責の念は強くなった。
「お前なんか背負い込んでないか? 俺も指輪から読み取れればいいんだが……吐き出せよ全部」
流石はご主人様だとフィアは思った。といっても弱々しい声ならだれでも気づく。たとえ鈍感だとしても。それほどフィアの落ち込みは自分では気づかないほどに外に出ていたようだ。
「私はご主人様に恨まれて当然のことをしてきました……今回の一件でそれは覆る事のないほどに地に落ちたはずです……そんな私でもまだ受け入れてくれとはいいません……私はもう……」
溜まっていた想いを言霊に乗せて。
運ぶ霊の神妙な面持ちと、それまでにないほどに落ちた言が、フィアから発せられた。
それが自分の口から出たのだと耳を伝ってきたその声で分かった。
本心というものは思考すら凌駕していたのだ。
「……ながったるいわ。どんだけ溜めてんだ?」
そんなフィアなどお構いなしにバッサリ切り捨てごめんの軽い口調。
「俺はお前と契約させられたご主人様で、お前は俺のメイド、フィアだろ? それ以上は有ったとしても、それ以下は絶対にないから――これからどんなに苦しいことがあったとしても、俺はお前と一緒に乗り越えたい」
嘘など一切ない純粋な言葉の強さ。それを生むショウの思考から読み取ったフィアはただうれしかった。
「だから俺は強くなりたいっ! それにはお前が必要なんだ。魔力は全然だし、剣術だって弱いけどさ――お前の負担は俺の負担だ。俺はお前のご主人様だ。それは死ぬまで変わらないから覚悟しろっ!」
「こ、こんな、愚かな私を……」
その言葉は小さくこぼれ出した。
許してくれる懐の深さに、フィアはショウの言葉をしっかり受け止めそして最後の言葉の命令を遂げるため、
「ふふっ、それでは覚悟いたしますのでこれからもよろしくお願いいたしますねご主人様」
茶目っ気のある笑いを交えながらいつも通りにそう答えた。
自然と笑みがこぼれたとにハッとして顔を隠したが耳に響くはベルの音。
「ご、ごしゅじんさまっ!!」
「相手の前で目を閉じてどうする!――これからもよろしくなフィア」
また小さくされた。見上げるショウのにこやかな笑顔にまた手で隠そうとしたがそれは取りやめた。こちらもニコッとお返してやった。
「お、おおお、お姉さまがこんなに小さくなって……キャ~もう堪りませんよ~」
「いいとこじゃろうに。変な声を上げるでないリーエ」
黄色い歓声と緑の声援を尻目に、ショウに新たに芽生えた新たな明日への道。
その隣にいられることに、今はただ撫でられるのも悪くないかもとフィアはご主人様の大きな手を受け入れた。