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メイドBook  作者: やまは
たった四日間の出来事
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2冊目 はじめの1日

 ショウはフィアに手を引っ張られ、いつも見ていた庭を――その奥に広がる山の木々を――。

 憧れていた世界を感じながら今を、外の世界を走っている。


「……っ、はぁはぁ――止まってくれ~」


 息が上がる。足を踏み出すだけの簡単なお仕事なはずなのに、その速さがショウの足の歯車以上に回転しているためだ。

 引っ張るフィアは息一つ乱れておらず、笑顔で振り返って――そして、ノロはただショウの頭の上で揺れるだけ。


「もう少し頑張ってください。湖はもうすぐですから」

 

 と、前方不注意のフィアの移動ながらも、何故か安心がそこにはあった。いい笑顔に目を奪われるが、走りづらくないのかとショウは思った。

 フィアの靴は山道を走るのには、それどころか歩くことですら適していないはずの形であるのに、そのことを全く感じさせない。


「走っているのではなく、浮いておりますのでご心配なく」

 

 ショウはまた思考を読まれた。浮いているにしては地面との接触があるほど、フィアの足は近かったのが確認できる。


「風魔法の応用じゃ。それを足から出すのじゃ」


「実際にはそんな小細工など必要ないのですが、ご主人様に土を飛ばすわけにはまいりませんので――あっ! ご説明いたしましょうか? この魔法について」


「そんなことはいいから、止まってくれ~~」


 ショウの目の前にはもう湖が見えてきていた。このままではフィアによって水中歩行を余儀なくされる。


 フィアようやく視線を前方へと戻したが、それでも止まろうとはしなかった。湖に突っ込む勢い。

 コントロールを失ったクルマのように、水を求めて。


「どわぁ!?」


 突然の急ブレーキにショウだけがフィアを飛び越えて、慣性に抗えずに空へと投げ出された。

 大きな音と共に、湖に一つの水柱が立った。ショウの体が勝手にそうさせたのだ。


「ぶっー、バカタレー!」


 ショウは水と共に怒りを吐き出した。狙ってやったのは明らか。先ほどの笑顔とは別の微笑みを持っての湖畔に佇む一人のメイド。


 湖は冷たくて、それでいて優しさをもって迎えてくれた。

 ショウの腰ほどの水位で、水底へと足が着く。それでいて叩きつけられた衝撃に痛みを伴わなかった。

 

「大丈夫か? 主人様よ」


 ノロはフワフワと飛んできて、当たり前のようにショウの頭に着地した。まるで他人事だ。

 ショウはゆっくりとその湖から岸へと歩き始めた。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 湖から這い出たショウは、フィアの炎魔法で出来た焚き火に当たっていた。日と火の二つの温もりを感じていた。


 ショウの後ろでフィアはせっせと木を切って運んでいる。もちろん魔法で。切り落とした木の苗植えまでしていた。


「成長させる魔法はないからのぅ」


 魔法といえど万能ではない。生物の蘇生、成長、創造は不可能だった。これは魔法の基礎中の基礎であった。


「フィアなにしてんの?」


「ボートを作っているのです」


 必要な素材を集め終えたのか、一斉に宙を舞った木々たちは次々と姿を変え手漕ぎボートへと変貌を遂げた。2人乗りの手漕ぎボートだった。


「これで湖を渡り、川に出ます。そのまま山を下りますが、よろしいですか?」


「さっそく行こう!」


「はい、かしこまりましたご主人様」


 フィアは風魔法でボートを持ち上げ、湖に浮かんべた。テレポート魔法でショウとフィアはボートに移動。そしてショウにボートを進めるためのオールが渡された。


「ご主人様の旅ですので、よろしくお願いいたします」


 ショウは喜んでオールを受け取った。はたから見たらカップルボート。だけどそんなこと、ショウは1ミリも思ってはいなかった。思うどころか、漕ぐことがこんなにも重労働で、うまくいかないことを楽しんでいた。


「ノロ様、こちらにお越し下さい。ご主人様のバランスが崩れてしまいますので」


 フィアはショウの頭の上にいるノロを膝の上に誘導した。ノロはフワフワ浮かんで、フィアの膝の上に乗り、甲羅を撫でられた。


 コツをつかむのにだいぶ時間がかかっていたショウだが、ボートはゆっくりと動き出した。ノロのように、かめのようにゆっくりと。


「どのくらいかかるの?」


「のんびり行きましょう」


「うん!そうだな」


「なにしとる主人様!もうちょっと早くできんのか!」


「からかってはいけませんよノロ様」


「まあまあ、俺、頑張るからさ」


「さ、左様でございますか」


 絡み合う遊びは、ボートの上で熾烈を極めていった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「ふぅ、あとは流れに任せよう」


 しばらく漕ぎ進むと、湖ではなく川のように風景が変わった。川の流れは穏やかでも、着実にボートは流れていった。空を流れる雲と同じように。ショウは横になってその空を見上げ始めた。



「あー、世界って広いんだな~」


 青い空、白い雲。川の音色に、太陽の光。ショウには全てが新鮮だった。


「お暇でしたら、本でもどうぞ」


 そんな情緒を一瞬にしてぶち壊してきたメイドが一人。

 フィアはどこかからか、本を取り出し、寝転がるショウへと差し出した。


 『空間魔法』と、フィアは言っていた。その実態は、光を飲み込む闇魔法で、できた穴に物を収納できるらしい。


「こんなときまで勉強かよ! ――まぁいいけどさ」


 ショウは起き上がてその本を取った。もう情緒などどうでもよかった。どこかで知っていた感覚であったがためだ。


 魔法の知識はどんなにあっても無駄にはならない。今日の本はどうやら、初心にかえって魔法の基礎の本のようだ。

 魔法。それには『炎』、『水』、『風』、『雷』の4つが基本の属性がある。それ以外に応用として、『光』。『闇』の二つがある。

 魔法の発現には、『イメージ』が、そして『知識量』がものをいう。


「せっかくですのでトラップ魔法の問題も出していきますので、お答えください」


 フィアからさらなる試練が送られてきた。


 トラップ魔法には、『接触』。『誘発』。『時限』。『自発』の四つの種類がある。

 『接触』は、相手が触れて発動する。

 『誘発』は、相手の魔法で発動する。

 『時限』は、時間経過で発動する。

 『自発』は、見せかけのトラップ。自分で設置し、自分で発動できる。


 手から普通に出した魔法=自発<時限<接触=誘発の順に威力が上がる。


 その分、発動するための条件として、『自分の魔力には反応しない』という制約がある。

 そのため自分で踏んで『接触』は発動しないし、『誘発』は自分の魔法で発動はしない。

 そしてトラップ魔法がほとんど使われないのが、『トラップは一度設置すると、解除できない』という、欠点があるためである。

 それを補って改良されたのが、『時限』であり、『自発』トラップ。条件が軽い分、威力などは二つに比べて大幅に落ちる。


「はい! よくできましたね、ご主人様」


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ――――数時間後。

 そこには川に片手を突っ込み、本を被って寝ているショウがいた。

 フィアは姿勢正しく本を読み、ノロは腹を見せて日光浴をしている。


「……ん?」


 チョンチョンと、手になにかが当たる感触でショウは目を覚ました。

 ――――次の瞬間。


「――うわぁ!? な、ななな、なんだ!?」


 何者かに手を噛まれた。その事実がショウの思考を埋め尽くした。突然の出来事に、あわてふためいき、ボートもそれに余計な――正当な反応を示した。

 ボートは一人の男によってバランスを崩されたのだ。それ相応の罰を受けてもらわなければ困るというものだ。


 ショウはバランスを崩して――フィアはショウを助けようとして――ノロはフィアに捕まえられて――。

 ――――全員仲良く川に落ちたのだった。


「……ブハァ。っ、死ぬ。死ぬって」


 ショウは泳げなかった。不格好でも生きるため、必死になって体を動かした。声を出した。

 そんなショウの意思を無視し、その服は水を勝手に集め始める。

 ――――川の底に引きずり込むために。


「大丈夫ですか、ご主人様?」


 フィアの声とともにショウの体を覆う水の割合が、感覚が無くなっていった。

 フィアの魔法――『浮遊魔法』によって浮かされたのだ。

 

 宙を浮くというのは、こんなにも素晴らしいことなのかとショウは思った。


「はぁはぁ、最悪。最悪のスタートだ」


 ショウは岸辺に不時着。両手をつき、息を切らせた。

 いつも間にやら、空はもうオレンジ色に染められていた。


「フィア! ワシの魔力を使わせるでない!」


「お、お許しくださいノロ様。いたい、いたいです」


 ノロは器用に前足でフィアの頭をポカポカ殴っていた。その声は怒りに溢れ、フィアはただやられ続けてる。


 ショウはその光景を見ながらあることについて後悔していた。あんなことがあったのにもかかわらず、ずぶ濡れなのはショウだけだった。フィアもノロも滴らすものは一滴たりともない。

 それは『魔装』。ショウはこれを覚えていなかった。それがここで命運を分けた。


「くそっ、覚えておけばよかった。は、ハクション。うぅ……」


 ショウはうなだれた。あと寒かった。ショウ、フィア、ノロ。それぞれの今と向き合っていた。

 

 ノロが落ち着き、炎魔法で体を温められたのは数分後のことだった。 


「ぶぇくしょん。うー、さむっ」


 昼間の暖かさから一転。夕方の寒さが押し寄せてきていた。ショウの震える体は火を求め、焚き火に手を当てながら暖を取っていた。


「大丈夫ですか? 魔法で服は乾かしましたが」


「大丈夫、大丈夫。ありがとうフィア」


 湖に落ちた時と同じように、フィアの風魔法でショウの水を含んだ服は、水分だけをきれいに吹き飛ばし乾かされていた。が、それでも体は寒かった。

数分のタイムラグは体の体温を奪うには十分だった。フィアに心配かけまいと強がったショウだが、火から離れられなかった。


「そうですか……私、テントの準備をいたしますので失礼しますねご主人様」


「噛まれたところはどうじゃ?」


「あ、うん。思ったより痛くなかったよ」


 ショウは目の前に出してある手を見るが特に問題はなかった。痛みもそれほどなかった。

 ――――なんだったんだ?


「あれは『魔物』でしたよ。よかったですね指を食いちぎられなくて」


「ま、『魔物』!? 平和になっていなくなったんじゃないのか?」


 ショウは振り返ってフィアを見た。空間魔法で出したテントの部品を組み立てながら、片手間にショウの思考に答えたようだった。


「主人様は少し大雑把すぎるのではないか? このこの!」


 ノロの前足。今度の獲物にショウを捉えた。ぬいぐるみは幸いにもやわらかいが、叩かれると流石にうっとおしいものがあった。ましてや目の前を何回もふさがれるのは。


「魔物か……ノロ、もうやめてくれない?」


「反省したか?」


「はい、めんぼくないです」


 なぜ怒られたのかショウには分からなかったが、謝った。

 揺れる炎は淡くショウを照らしていた。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 焚き火の光が川辺の三人を照らす。食事も終わり、あとは寝るだけ。

 ショウは空を見上げていた。するとそこには、星の海が広がっていたのだ。


「おー! 星がすごいぞ!!」


「ご主人様、首を痛めますよ」


「えー……つかフィア座ったら?」


 首はさらに後ろまで反り返った。


「いいのですか? ……まぁ、その姿勢では少々お辛いでしょうから、お言葉に甘えさせていただきます」


 首を後ろまで反らしたのは、フィアがずっと後ろに立っていたからだった。反転した姿は一瞬で消え、

残ったのは暗闇だけだった。


「星を見るのはいいことです。――この空の向こうには一体、何があると思いますか? ご主人様」


「宇宙だろ?」


「う? うちゅう? とは一体何でしょうか?」


「なんじゃそれは?」

 

 『記憶の欠片』はそう答えを出したが、フィアとノロはちんぷんかんぷんのようだった。



「――改めて申し上げますが、今日は色々ありました。ですからもうお休みください」


「えー、もうちょっ……近い! 近いって」


 あれから数時間――ショウは星の海を飽きずに見続けていたが、急にフィアの顔へと塗り替えられた。


「もう一度だけ言います! お休みください」


 頑ななフィアの物言いに、


「じゃあフィア、一緒に寝る?」


 と、雰囲気はバッチリのお誘いを提案した。が、ノロが頭の上にいることで全てはオチていた。

 ――――ない。そういう関係にあらず。


「ご主人様……いいですよ」


 それでも強行突破してきたフィアだが、顔は少し照れ臭そうに顔を紅潮させていた。

 ――――その刹那。

 ショウは抱えられていた。訳も分からず――お姫様抱っこの形で。


「え? ちょっと、待って待って! 冗談なんだけど!?」


 真剣に受け止めているフィアを慌てて止めるたが、テントはもう目の前。入り口を開けたら即、お休みだ。


「なんて。冗談ですよご主人様。まぁ、私としましてはこのままご主人様と一つテントの中で、本の読み聞かせなどでもお久しぶりにどうかと……」


「フィアよ、主人様をいつまで子ども扱いしとる」


「いいではありませんか、私のご主人様ですので」


「ワシのでもあることを忘れておらぬか?」


「忘れてはおりません。ですが今のノロ様では私には勝てませんよ?」


「ガキかお主は」


「メイドです」


「あのー、そろそろ降ろしてくれない?」


 ショウをそっちのけで、二人のメイド同士で会話が繰り広げられていた。お姫様抱っこのままで。

 その言葉でそっとフィアはショウを降ろして、深々と頭を下げて謝ってきた。

 だが、

 

「こんなことをいうのは差し出がましいとは思いますが……ご主人様は騙すことはお好きなのに、騙されるのには気づかないのですね」


「悪かったな、バカで! お休みフィア!」


 遠まわしな言い方だが、それを受け取れないほど、ショウは堕落してはいない。

 フィアにからかわれ、声は荒らげたが、お休みのあいさつはしっかりとした。


「はい。お休みくださいご主人様」


 その声をバックにショウはテントに消えた。


 テントの中はノロの同胞が山のように集まっていた。

 真ん中のポッカリ空いたスペースには、布団が敷かれており、そこで寝ろと言わんばかりだった。

 ノロはその同胞に紛れていった。

 毛布を広げて、被り、横になって、目を閉じた。一日の出来事がフラッシュバックしてきた。


「はぁ、楽しかったな」


 ショウにとって全てが新鮮だった。山を駆け、水に落ちて、水を渡り、また水に落ちて、噛まれて、火に当たり、外での食事に、そして星の空。


「まだまだこれからじゃぞ」


「ノロ~」


「なんじゃ?」


「……なんでもな~い」

 ショウの毛布に入ったノロを抱きしめた。

 そのままショウは意識を飛ばす。明日に備えて。まだ見ぬ明日へ。

 時間を飛ばす睡眠というなの回復魔法を使って。

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