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メイドBook  作者: やまは
たった四日間の出来事
1/131

1冊目 ご主人様とメイドさん

『ショウ様とノロ様とわたくし


わたくしはある日、館の庭に捨てられている赤ん坊を見つけました。元気に泣く男の子を抱えると、すぐに泣き止み、私にとても好意を懐いた――そんな気が致しました。

私はこの子を育てることを決めました。私は私自身の力を最大限発揮できるメイドとして、この子を『ショウ』と名付け、契約の証である指輪を嵌めさせていただきました。

身勝手ながら、これは運命だと感じました』

 ショウ様は少し変わっておりました。その違和感は二つほどございました。

まず一つ目に、『魔力』が体を流れておりませんでした。魔力が無くなりし者は『死』。そんな『概念』に縛られてなどいなかった。

魔力とは血液中に流れているものです。生まれながらにして決められた量を授かるものです。しかしそれが無い。とても不思議な感覚でした。

決められた理の外にいる。そのような違和感が合ったのを今でも覚えております。

 そして、二つ目です。それは記憶が全くありませんでした。

 生まれ出る前の、母親の胎内記憶というものはご本人が覚えていなくても、魔法を使えば引き出せるはずなのですが、それすらも叶いませんでした。

 誰が産みの親なのか、誰の血を引いているのか、ショウ様は何者なのか――そのような謎に興味が引かれ,半ば強制的ではありますが、仕える立場となりましたことをお許しください。

――――――――ショウ様。0歳』



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ショウが生を授かってから十八年後のこと。


 黒の短髪に、これといった特徴のない顔立ち、体躯、背格好。何の面白味も、人間性もない彼だが、目を惹くのは左親指に嵌められた銀色の『指輪』だけであろうか。

 だが、それさせも高価な代物とは言い難い。

 平々凡々。唯一の救いは見た目で相手を不快にさせないことであろう。身だしなみだけは合格点を与えられる。


「……ん? ふわぁ~。――ん、もうすぐ七時か」


 あくび混じりにショウは一人呟く。唯一の合格点も、寝起きでは意味をなさない。

 寝室に飾られる時計の針を読み取り、現在の時刻を確認する。


『時計』

 針が動き、時を知らせる役割を持つ。

 ただショウにとって時間の概念とは、朝は明るい。夜は暗い。それだけである。


 寝るためだけに用意されたと思しき、シンプルが取り柄の部屋は、一人用としては破格の広さだ。

 ベッド。イス。テーブル。他、雑貨の類いの物だけで、娯楽といえば本ぐらいなものか。

 だが、この寝室一番の特徴といえば、どこに目を移しても『かめのぬいぐるみ』が嫌というほど目に飛び込んでくることだろう。鬱陶しくもあり、でもどこか可愛げがあるデフォルメされたかめ達が迎えてくれる。

 このかめのぬいぐるみは『あいつ』の為でもあり、『やつ』の趣味。


「ご主人様~朝食のご準備ができております――ご主人様~」


 ドア越しに伝う透き通る声が寝室に響く。それは『やつ』だ。『メイド』だ。

 そのメイドこそ、約十八年間ショウを閉じ込めている元凶である。

 日課のように決まった時間に起こしに来るメイド。その正確さは少し引くものがある。寸分の狂いもないのだ。

 今しがた針が振れて十二を指した瞬間――扉を叩いたのだ。それが毎日。それはもう、


 ――――普通。

 朝が来て夜が来る。腹が空く。生きてる。それぐらい不変することのない日常である。


「今行くから、ちょっと待っててくれ」


「かしこまりましたご主人様」


 ショウはベッドから抜け出すと、テーブルに置かれた『ベル』をかっさらう。それを手の中に収めて、寝間着のままにドアを開ける。


「おはようございますご主人様」


 手を前に頭を深く下げ、挨拶するさま。その姿、格好はまさに『メイド』の『概念』に相応しい。

 洗練されたメイド力が、繰り出された動作一つで分かるほど卓越している。


 そのメイドの名を『フィア』と言う。


 誰しもが魅入られてしまいそうな、佳麗かれいな顔立ち。

 淡く輝く橙色の双眸がショウに向けられる。

 腰丈まである長い水色をなびかせ、頭部に架かるは白いアーチ。

 昔ながらのメイド服で覆われる体型美。隠された素肌を見れないことに誰しもがショックを受けることだろう。その下にあるものに想像が膨らむ。

 メイド服に一つ、かめの紋章が装飾され、小さなアクセントをつけている。

 見た目は約二十歳ほど。ショウの肩丈ほどの身長である。

 

 そしてショウと同じ、指輪が一つ。左薬指に嵌められている。


「……フィアはホント変わらないよな」


「その点、ご主人様は大きく成長なさいました。(わたくし)の身長も抜かされてしまいましたから。昔は私の腕の中にいたのですよ? ――ちなみにあの日から十八年と百九十二日。今日で百九十三日目でございます」


 この正確さである。

 フィアは手のひらを上に向けて平然と語った。


 変化というものを超越したのか、はたまたこの女にはないのか。まったくと言っていいほど姿、形。ましてや声色でさえ、何もかもが少年だったショウのあの当時のままである。

 魔法というものがあるとはいえ、だ。――いやフィアならあり得るかもと、ショウは今更ながらそう思った。


「そんなに変わりませんか? ご主人様と出会ってからは多少、変化したはずですが……」


「……はぁ。朝から読むな、読むな」


 ため息と共に、ショウの顔と声は落胆した。

 これだけは今だに慣れない。指にはまる『指輪』がショウの思ったこと、考えたこと。つまりは思考を読む元凶として、これから先も離れることはない。

――外れないのだ。


 ショウとフィア。ご主人様とメイドの関係を結びつける彼女の『魔法道具』の一つ。それはショウが零歳の時につけられたもの。半ば強制的な契約の証である。

 そしてもう一つ。それが今もショウの手の中にある『ベル』これもフィアの『魔法道具』の一つ。これは有用な物で、フィアを目の前に呼び出すことのできるのだ。


「まあいいや。早く行こう」


 実際、思考を読まれたからと言って、不都合な状況に陥ったことは今まで一度たりともない。逆に、それを盾にフィアが何かを要求してくるといった脅迫じみたこともありはしない。だから慣れはしなくても、この『指輪』と付き合っていける器量と、フィアによる最小限の配慮をされていると、勝手ながらショウはそう理解している。

 

 ――このとこだって今、読まれている。

 ――――このとこだって。


 長い廊下にさえそのかめ達は居座る。警備兵の如く、左右に等間隔で並び座り、今日も警備に勤しんでいるご様子。

 フィアを取り巻き、歩み行くと、その一つが列から乱し出て、無礼も弁えず、ふわりとショウの頭の上に着地。それは『あいつ』この中にいるという証明。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 朝食は済まされ今はこの成長日記という名の本のために資料室に来ていた。本棚に占拠され、狭苦しさがあるが、その狭さが落ち着きを与えてくれる。静けさに包まれ、外の光が差し込む一つだけある窓の前。そこに置かれたイスとテーブルが、時間を忘れて没頭できる空間に仕立ててくれている。


 本棚には魔法の資料から料理の本までバラエティーに富んだラインナップ。貯蔵量だがそこまで多いわけではない。多くない理由には、一冊を読み終わるたびにそれは新しい本となって姿を変えるからだ。

 その中でも一冊の本。これだけは変わることはない。ボロボロになった表紙は他の本とは異質なもの。それこそが今日の目的の本。


「なぁ『ノロ』~俺はいつになったらこっから出れるんだよ~」


 テーブルに突っ伏し、半ば諦めムード全開で、改めて問いただす。それは『あいつ』の入る、かめのぬいぐるみ目掛けて。

 問いただしたのには理由わけもある。


「それはワシに言ってもしかたないじゃろ」


 フィアとは真逆の口調。だがその実、その声色は女声じょせいであり、年寄り臭い口調に相反し、若々しくありフィアと同世代のように感じ取れる。それでいてかめの姿をしているためか、『ノロ』はキャラ渋滞を引き起こしている。かめだけに。

 体を失っているらしく、ぬいぐるみには依り代として入っており、魔力だけでこの世にいるという。それでいてフィアのメイドの『師匠』というのだから、この二人のぶっ飛び具合がよく分かる。この師匠にして弟子ありとはまさにこのとこ。


「そうだよな~あいつ倒せればな~」


 それは不可能なのだとあの時悟っていた。それは十二歳のころ。あの時のフィアは化け物だった。

 成長日記にだってちゃんとそれは記されている。


 その本の一ページ目を開くと、一つの絵が現れる。そしてフィアによる説明書き。0歳の記述。

 『写真』と呼ばれるものはないが、一つの絵は写真と同じように、リアルを写している。

 部屋の一室をバックに、赤ん坊のショウと、『かめのぬいぐるみ』と、ショウを抱えるメイド服のフィアが描かれている。写るショウとフィアの手には今と同じ指輪がしっかり描かれている。


「……俺の魔法って普通だよな?」


「それだけできればまあええじゃろ。普通じゃ、普通」


 ノロのお墨付きだが、普通が拡張されているのは気のせいか。

 魔法は、『イメージ』と『知識量』威力は、『魔力量』と『質』がものをいうらしい。


「……ご主人様は出たいのか?」


 いろいろな含みのありそうなノロの落ち着いた声。ぬいぐるみとは思えないほど、精密に動く口を開きながら歩み寄ってくる。


「当たり前だろっ! 俺は外の世界が知りたいんだ。どんな世界が広がっていて、人との出会いっていうのを感じたい!――つか、人って他にいるのか?」


 手が叩かれた音。イスが引きずられた音。決意が込められた音。全ての音が静寂の中に建てられている館の一角から、一人の男によって出された。


「その窓から出られるぞ。そこだけは特別にあやつに気付かれん。行くといい」


「ホントか! よっしゃ~」


 疑うことはなかった。純粋過ぎるショウは光が差し込む窓に突撃した。まさしくアクション映画のように、その後のとこも考えず。

 ――だが、突き破ることはなかった。突如現れたフィアにそれは阻止され、つまみあげられた。


「こらっ! この高さではお怪我だけでは済まされませんよ?」


「だってノロが言ったんだぞ。そこから出られるって」


「ノロ様がですか? ――いませんけど?」


 テーブルの上には確かに今もかめのぬいぐるみが居座る。


「嘘つくなよ。いるじゃん」


「本当にいないのです。感じ取れる魔力の波がありません」


「――あの野郎、逃げやがったな」


 ポツンと残されたかめのぬいぐるみはそれから動きは一切無くなった。

 ノロは、館のかめのぬいぐるみなら。フィアの作ったぬいぐるみならどこへでも一瞬で移動できる。

 フィアが使ったのは『テレポート魔法』それは一瞬のうちに別の場所へと移動できる魔法で、大量の魔力を消費する超高難易度の魔法。

 ノロの移動方法は、これと似て似つかないもの。『転送魔法』と呼ばれるものだと言っていた。

 そんな魔法を躊躇いもなく、当たり前のように使うやつらに勝てる通りなどありはしない。平々凡々には一生たどり着けない領域。そののさらに外側にいる二人。

 差し伸べられた手を取らされたは偶然か、はたまた必然だったのか。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 玄関には一階と二階をつなぐ階段と、広い空間がそこにはある。もちろんここにもかめが山ほどいる。

 フィアと別れ、玄関のドアを開けるとそこは見知らぬ土地。雪が降り注ぐ土地が出迎えてくれた。


「このドアはどうなってんだよ。湖が見える山の中だぞここはっ! 」


 それはこの山の中にある館とかけ離れた土地ということを示している。逃がさんとばかりに、開ける度にいろんな不毛の地がお出迎え。

 窓から逃げると、フィアが。ドアから逃げると生き抜くことすら困難な地に放り出されることになる。


「どちらに行く気ですか?」


 別れたはずのフィアがドアの向こう。不毛の地から至極当然のように現れるのもまた、いつものこと。


「俺は外の世界が知りたいんだ。お前は俺を閉じ込めることが好きな変態メイドなのか?」


「いえ、そのような高尚な趣味はございません」


「……はぁ、なんで俺はここから出れないんだよ」


 ため息をつき壁に寄りかかるようにしてその場に座り込んだ。縮こまった体は見事に丸を作っていることだろう。

 足音が近づいてくる。恐らくはフィア。フィアしか考えられない。


「ご主人様……そこまで思い詰めていたのですか?」


「そうだよ! 俺が何したっていうんだ。こんなところで、死ぬまで俺の子守りで満足なのかよ、お前は」


 突き放すようにフィアを貶す。この女にはこれぐらい言っても響くのか響かないのかすらよく分からない。だから一発お仕置きしてやると、手に魔力を込めて、


「……起き上がらせてくれよ」


 手を差し出してフィアに促した。何の躊躇もなくその手と手が触れあい、一つ魔法が繰り出される。


「ご、ごしゅじんさま!? な、なにをなさるのです!?」


 その声のトーンは一層若々しさを。その手は一層の小ささに。

 姿、形がまるで子供の頃のフィア。佳麗なメイドは可憐になって登場。


「ぶっ。引っかかった、引っかかった」


 それはショウの得意とする『トラップ魔法』これこそがショウがフィアと共に学んできた魔法であり、追い付ける可能性の秘めた魔法。

 化け物のフィアの最大の弱点はご主人様である自分だとショウは知っていた。


「かわいいなフィアちゃんよ」


 座り込む高さにまで落ちた可憐なメイド。その頭を撫でると、赤面の表情で頭を抑えだした。しかしそれは小さくなるだけでそのほかに効果はないし、すぐ元に戻る。いつものフィアに元通り。


「ご主人様は外の世界を見たいのですか?」


「当たり前だよ! つか、もう人類は俺たちだけとか、そんな変なこと言わないだろうな?」


「それはご心配無く。多過ぎて困るかもしれませんよ? ――では行きましょうか。今すぐに」


「……は?」


 戸惑いなどお構いなしにと、服と短剣を一瞬のうちに持ってきたフィアによってその場ですぐさま着替えさせられた。

 服装は羽織る白い上着は腰まであり、腕まくりを伴ってサイズを調整。足を隠すように伸びる緑のズボンに、背中の腰には短剣を身につける。そして極めつけはかめの紋章が胸に宿してあることか。


「これで準備完了です。さぁ、いきますよ」


「いやいや、心準備とかさ……」


「よかったのぅ主人様。せっかくじゃしワシも行こう」


「聞いてんかよ……おわっ!?」


 飛び出すように。腕を引かれ、ショウはその館の全貌を初めて見たのに別れはもう訪れた。

 十八年と百九十二日ぶりに外の世界に足を踏み出したことになる。正確には初めての一歩。想い描いてたものとだいぶかけ離れた一歩だったのに、ショウは残念さを思い描いた。


「どんな一歩でも、一歩は一歩でございますよ?」


「だから読むなっていってるだろ~」


 これはショウの歴史。その始まりの物語。

『記憶の金庫』

 ショウだけ開くことのできる記憶。

 役には立たない。何故ならショウのいる世界に、車、テレビ、写真などの、現代文明の域は存在しないから。

 その『概念』達は存在しないから。

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