ボクと・・・商談を致しましょう。
「では、席を換えますか」
と、城主の席から移動し、フィンの後ろへと立つドレス姿の女性。浮かべていた微笑みが消えると、ガラリとその雰囲気が一変した。
「サファイア様の身代わり、誠にありがとうございました。ヴァン様」
レガットが頭を下げる。
「いえ、お気になさらず」
キリッとしたいつもの表情に、硬質な響きの声が返した。
「ヴァンさん。大変助かりましたわ。ですので、お礼くらいは言わせてください」
食堂へ入って来たサファイアが言う。
「サファイア様。サファイア様の身代わりをすることを了承したのは、マスターです。なので、お礼を言われるのでしたら私ではなく、マスターへどうぞ」
「フィンさんもヴァンさんも、本当にありがとうございました。お礼は存分にさせて頂きたいと思います。なんなりと仰ってください」
名前にそぐわない赤い瞳が、二人を見詰める。
「・・・では、サファイア様。ボクと・・・商談を致しましょう」
ニンマリとサファイアを見上げる深い黒。
「商談……わたくしに、フィンさんの品物を売ってくださるのですか?」
「ええ。是非」
「・・・わかりました。では、なるべく高値で取り引きさせて頂きますわ」
笑顔で頷いたサファイアに、フィンが首を振る。
「いいえ。ボクがやり取りするのは、金銭ではありませんから。ヴァン」
「はい、マスター」
フィンの呼び掛けに、前へ出るヴァン。
「新雪の白銀から、朝焼けの金色」
黒い爪の指がパチン! と一打ち鳴らされると、白銀の色をしていたヴァンの髪が一瞬で淡い色の金髪へと色を変える。
「え?」
驚きに瞬く赤の瞳。そして、フィンとヴァン以外の全員が目を見張る。
「エメラルドからアクアマリン」
パチン! と、指が鳴らされると、瞳の色がエメラルドの緑からアクアマリンの碧へ変わる。
「アクアマリンからスカイブルー」
アクアマリンの瞳がスカイブルーの蒼穹へ。パチン! と、移り変わる。
「スカイブルーからオブシディアン」
スカイブルーの蒼穹が黒曜石の漆黒へ。
フィンの言葉と、鳴らす指の音。それだけで、ヴァンの色彩が一瞬で変化して行く。
「・・・それは、一体……」
驚きに息を飲むサファイアが、呟いた。
「ヴァンはボクのマネキンなんだ。ボクが持っている色彩の見本。さあ、君はどんな色の組み合わせが好き? どの色が欲しいかな?」
黒の瞳を輝かせ、サファイアを見詰めてニンマリと笑うフィン。
「交換してあげるよ。その白い髪、赤い瞳の色彩と引き換えに、ね?」
「あなたは・・・一体・・・」
「言ったでしょ? ボクはフィン。色彩を司るモノ。存在する、全ての色彩を集めたいんだ!」
すっと左手を持ち上げるフィン。
その悪目立ちする黒の爪から赤、青、黄色、緑、紫、灰色、紺色、墨色、桃色、緋色、水色、山吹色、ライムグリーン、黒、茶色、アイボリー、朽葉色、ブラウン、群青、黄緑、クリーム色、蘇芳、真珠色、鴬色、真紅、瑠璃、紅茶色、銀鼠、渋柿、飴色、唐紅、鳶色、藍鼠、ヴィリジアン、蒼、レモンイエロー、鴇色、茜色、橙、藍色、インディゴブルー、翡翠、ルージュ、純白、新緑、紅、漆黒、蒼白、ワインレッド、藤色、緑青、薄紅、茄子紺、モスグリーン、深紅、鉛色、金、銀、鉄、赤銅、琥珀色、赤茶色、アイスブルー、烏の濡れ羽色、褐色、ロゼ、鼠色、マリンブルー、象牙色、深緑、ピジョンブラッド、オリーブグリーン、薄墨・・・・・・・・・明度も彩度も異なる様々な色彩が空中へと解けるように浮かび上がり、溢れ、染め上げる。
爪の近くでは様々な色彩が犇めき、混じり合い、ごった煮状態の複雑な深い黒に見える。
「鴉の話をご存知ですか?」
色の変わったヴァンが口を開く。
「昔々。欲張りな鴉が、パーティーで身を飾る為に衣装を用意することにしました。世界で一番綺麗な服を創る為、赤、青、黄色……様々な色で布を染めると、様々な色が混ざり合い、ごちゃごちゃと汚い黒になってしまいました。元は真っ白だった鴉は、それから真っ黒に変わってしまったのです」
それは、鴉がなぜ黒いのか? という御伽噺。
「ふふっ・・・ボクは別に、綺麗な服を纏いたいワケじゃないんだけどねー? ただ、あらゆる色彩が大好きで、綺麗な色を蒐集しているだけなのに・・・いつの間にか、そんな風に謂われていたんだ。ホント、不思議だよねー?」
クスクスと笑うフィン。
「ま、そんなことどうでもいいよね? それより・・・君は自分の瞳と髪の色が好きじゃないんでしょ? どんな色でも、君が好きな色と取り換えてあげるよ?」
「取り、換え……?」
「そう。交換。取り換えっこ。名前と同じサファイアブルーの瞳? それとも、ヴァンみたいなエメラルドグリーンがお好み? この髪の色は、朝焼けの金色だったんだ。ブラウンでも栗色でも、赤毛にもできる。それとも、ジェットブラックの髪の毛がいい?」
パチンパチン! と、フィンが指を鳴らす度、ヴァンの色彩がどんどん変わって行く。漆黒の瞳がエメラルドグリーンへ。金髪が茶髪、茶髪から栗毛、赤毛、漆黒の髪。
「肌の色も変えられるよ? 白人種、黄色人種、黒人種」
白磁の肌が黄みを帯びた象牙色へ。それから更に、黒い肌へ。ストレートの漆黒の髪にチョコレートのような黒い肌、エメラルドグリーンの瞳。
ドレス姿のヴァンの顔の造作自体は全く変わらないのに、その人種が定かではなくなる。
「ま、ヴァンに似合うのは白なんだけどねー♪」
パチン! と、また肌の色が白磁へと戻る。黒髪に白い肌、緑の瞳の組み合わせ。
「さあ、君は何色が好き?」
「・・・」
赤い瞳が驚愕に見開かれたまま動かない。
「マスター。サファイア様が驚かれておいでです。まずは、条件の説明を」
ヴァンに促され、フィンが口を開く。
「ま、大した条件は無いんだけどね? 君の持っている色と、ボクの持っている色を交換取り引きするだけだよ。交換できるのは、一つの色に対して一つの色だけ。複数の色が欲しいのなら、同じだけの色を差し出せばいい。差し出す色は、君が持っているモノの中なら、なんでもいい。どうかな? 悪くないでしょ」
にこにこと淀みなく話すフィン。
「少々マスターの補足をさせて頂きますと、サファイア様は瞳と肌の色を変えると、昼間も外へ出られるようになりますよ」
淡々と補足説明をするヴァン。
「え?」
「それは本当でしょうかっ!?」
サファイアとレガットが声を上げる。
「勿論です。貴女は吸血鬼などではない、色素が薄いだけの、ただの人間なのですから。赤い瞳、白い髪、蒼白の肌。これは典型的な白子…色素異常の特徴です。紫外線に対抗する色素が生成できない為、紫外線に極端に弱い体質です。太陽光へ当たると細胞組織や肌が破壊され、火傷状態に陥る。また、日光に当たることができない為に骨が脆く、虚弱体質や弱視になるなどの弊害もある。ワインに混ぜていた牛の血や、肉、キノコ、チーズ、卵などの料理は効率的な栄養補給の手段ですね?」
確認するかのような質問へ、
「・・・ええ。レインディア家には、数代ごとにアルビノが生まれますから」
戸惑いながら答えるサファイア。
「瞳や肌に色が付けば、紫外線に対する免疫ができますからね。陽光の下へ出られるようになりますよ。弱視が治るかはわかり兼ねますが、日光へ当たっても肌が焼けることが無くなれば、虚弱体質も多少は改善されるかと思われます」
「・・・なぜ、そんなにお詳しいのですか?」
震える声が問うた。
「ふっふーん! ヴァンってばすっごいでしょーっ? たくさん物識りなんだよっ☆」
なぜか胸を張って威張るフィン。
「なんでもできるんだからっ♪」
「なんでもは言い過ぎです。私は、私にできる範囲のことしかできませんので」
「その、できる範囲が広いもんっ♪」
「・・・まあ、能無しのマスターと比べれば、大抵の方はなんでもできるかと思われますが」
「ぅうっ・・・能無しじゃないもんボク・・・」
ズケズケとフィンを貶すヴァンに、
「・・・あの、差し出がましいことは重々承知ですが、ヴァン様はフィン様の従者なのでは・・・?」
驚きを隠せないレガット。
「ああ、ボクら元々友達だからねー♪親友ってやつー? むしろ、心の友と言っても過言じゃない仲良しさんだもんっ☆ねー、ヴァン♪」
「いやですね、マスター。寝言は寝てから言ってください。私とマスターは元友人ではありますが、今は違うじゃありませんか。というか、勝手に親友認定などしないで頂きたいのですがね? それ程仲が良かった覚えもありませんよ。妄想も甚だしい」
「ぅう~っ!? ヒドいよ~っ!? 冷たいよヴァン~っ!? もっとボクに優しくしてよ~っ!!!」
「マスター。何度言えば判るのですか?」
喚くフィンにふっと優しく微笑んだヴァンが、
「私は、何時だって貴方のメンタルなど、心底どうでもいいのです。なので、サファイア様との商談をさっさと進めて頂けませんか?」
鬼畜なことを告げた。
「大ダメージだよっ!? 今ボク、すっごくすっっっごく傷付いたよっ!?!?」
「さて、喚くアホは置いといて。どうされますか? サファイア様、お返事を」
色彩の変わったヴァンが、サファイアを促した。
読んでくださり、ありがとうございました。
ネタバレ回です。
キーワードは「人外?」と「勘違い」です。
実はサファイアの方が人間でした。
どうでしょうか?「勘違い」は、して頂けたでしょうか?




