この辺りの住民は皆、迷信深いのです。
「いや、しかし驚きましたよ」
穏やかな低い声でにこやかに話すのは、二十代半ば程の柔和そうな顔立ちに温かい色の茶髪、鳶色の瞳をした城の執事長だというレガット。
この若さで執事長とは、さぞや優秀に違いない。是非とも見習いたいものだと、ヴァンは思った。
無事、城へ泊めてもらえることになったヴァンとその主は、執事長のレガットに城を案内してもらっている最中だ。
「こちらこそ、いきなり押し掛けて…本当に無作法ですみません」
子供が愛想よくレガットへ応じる。
こうしていると、先程までぐだぐだ言っていたようなアホさは、鳴りを潜めているように見える。まあ、そう見えるだけなのだが。と、ヴァンは思う。
「いえいえ、村で宿を断られたのならば仕方ありませんから……」
チラリと子供を見やるレガット。
「この辺って、黒髪黒瞳の人少ないんですか? なんかボク、鴉みたいで不吉だーとか言われたんです」
子供の髪と瞳は、夜闇よりも深い漆黒の色をしており、その爪もまた黒く染まっている。
「申し訳ありません。この辺りの住民は皆、迷信深いのです。許してやってください」
レガットが子供へと頭を下げた。
「まー、そこそこ慣れてますから。特に気にしてませんよ。むしろ、お城に泊まれてラッキーです」
ひらひらと手を振る子供に・・・そう、このマスターに、そんなことを気にする繊細さなど皆無。なにせマスターはアホだからだ。と、ヴァンは思っていた。
「そう仰って頂けると助かります」
レガットは、必要も無いのに再度子供へと頭を下げた。謝る必要は、全く、欠片も無いというのに。と、ヴァンは思う。
子供とヴァンが案内されたのは、客室とメイドルームが続き部屋になったタイプの、なかなか広い部屋。
「では、お客様。夕食の準備が調い次第、お呼び致しますので。それまでどうか、ごゆっくりお寛ぎくださいませ」
そう言ってレガットが出て行くと、子供がおもむろにベッドへダイブして跳び跳ねて遊び出す。しかも、靴のままで。
「なにバカみたいな子供のようなことをしているのですか? マスター。本当に恥ずかしいですね。みっともないから即刻やめて頂けませんか?」
「ボクは子供だからいーのっ♪」
ぽふんぽふんとベッドで跳ね続ける子供。
「アホ言ってないで、さっさと靴脱いでください。ベッドが汚れますし、埃が立っています」
「んもー、ウルサいなーヴァンは。君はボクの母親かなにかなワケー?」
ウルサげに子供が言うと、ヴァンの顔色が蒼白にサッと変わった。
「・・・なんてことを、言うのですか、マスター。私、貴方みたいな子供がいるかと思うと・・・本っ気で嫌です。悪寒が走ります。そのようなことは、冗談でも二度と口にしないでください。心底不快です」
「うわっ…ヒドっ! ボクの方が思わぬダメージを負ったよ! ヴァンはボクのことそんなに嫌いなのっ!」
「・・・敢えてノーコメントとさせて頂きます」
「ひ、ヒドいよ~・・・」
ベッドへ突っ伏す子供を見て、ヴァンは思う。
別に嫌いではない。個人的には、好きな部類と言ってもいいだろう。アホを揶揄って遊ぶのは愉しいから。しかし、それは友人ならばいいのだが、マスターは主。今は、私が弁えなければいけない・・・と。
「さて、どうでもいいことは放っておいて」
「どうでもいいくないよーっ!」
と、ヴァンは喚くアホを黙殺。
「マスター。この城には、吸血鬼の噂があるようですよ?」
「どうでもよくないの~っ!?」
「しつこい方は嫌われますよ? マスターのメンタルなど、私は心底どうでもいいので、このまま話を進めます」
「さ、更なるダメージがっ・・・」
更に黙殺。
「なんでも、城へ訪れた旅人の生き血を啜る吸血鬼がいる、だとか」
「そんなのどうでもいいんだよー……ボクは今、ヴァンのせいで傷心なんだもん」
ヴァンの言葉に傷付いたと言い、ベッドに突っ伏していじけたアピールをして来るマスターが非常にウザいとヴァンは思う。
「そうですか。では、失礼致します。私は下がりますので、呉々も、緊急事態以外では私を呼ばないよう、お願いします。くだらない用事なら、当然ながら無視させて頂きますので。まあ、緊急事態でも、なるべくご自分でどうにかして頂けると、大変嬉しく思います」
「傷心のボクを放っとくっていうの?」
チラリとヴァンを見上げる黒瞳。
「チッ…」
思わず苛立たしげな舌打ちを漏らしてしまうヴァン。全く面倒な主だ、と。
「あーっ、舌打ちまでっ!」
「では失礼」
「こらー、ヴァン~っ!?」
喚く子供を放置し、入り口近くの続き部屋、主人を世話する使用人の為の部屋。メイドルームへと下がるヴァン。ここまでは、さすがにアホのマスターも入って来ない。
ヴァンの、久々に一人の時間だ。
まあ、喚き声が聞こえる為、静かとは言い難いが・・・夕食に呼ばれるまでの間。ほんの少しだけ、のんびりと寛ごうと、ヴァンは思う。
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