ああ…よかった。
黄色の薔薇が咲き誇る庭園。
彼は、花の世話をする。主の為に。
彼の主は、城から出ない。
・・・出られない。
輝くような銀髪。赤い瞳。青白く透き通った肌。物憂げな美貌。
太陽の光が苦手で、日中は日の差さない地下に閉じ籠もっている。
好物は血の入ったワインと、焼き菓子。
彼女が、吸血鬼だという噂を耳にしたことがある。しかし、それがどうした?
彼女が、わたしのお仕えする主のだということに、なんら変わりはない
彼女は、美しい。
硝子細工のような繊細な美しさだ。
彼女は・・・
サファイア様は、わたしの・・・
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「あれは・・・?」
暗い夜道。ヴァンは、城の方角にぽつんと点る灯りに気が付いた。
「どうやら、外で夜明かしをせずに済みそうですね。有り難いことです」
ヴァンはのんびりした歩みから、早足へと速度を上げ、城へと向かった。
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吸血鬼の住む城。
その噂を聞き付けてやって来た男が一人。
彼は、目撃した。
暗い夜道をなんの灯りも点さず、全く闇を恐れることもなく、悠々と歩く人物を。
遠目でしかその人物を見ることは叶うわなかったが、目立つ金の髪。
遠目でも判る、目を惹く美貌。
闇に溶けるような黒い服。
そして、付近の村でなにか騒ぎがあったようだ。
一致する符号。
伝えられている特徴とも一致する。
あれが吸血鬼でなくてなんだというのだ?
男は、人々へ安らぎを与える為、獲物を狩ることにした。
胸に掲げた十字架を握り、目を閉じて祈りの言葉を主へと捧げる。
ターゲットは、あの城の中。
さあ、まずは情報を集めなくては。
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「ヴァンさんっ!? ご無事でしたか? 怪我はありませんか? ああ…よかった」
心配そうな表情でヴァンを迎えたのは、城の主であるサファイアだった。
「サファイア様…どうかされましたか?」
「ヴァンさんが心配で・・・そうですわ。お食事は済まされましたか?」
「サファイア様。どうか私のことはお気になさらず。もう夜も遅いですし、お休みになられた方が」
「わたくしに心配されるのは、お嫌でしたか?」
ヴァンの言葉に悲しげに眉を寄せるサファイア。
「いえ、そのようなことはありません。ですが、サファイア様が使用人である私にまで、わざわざ気を使う必要はないかと・・・」
「ヴァンさんもフィンさん同様、わたくしの大切なお客様です。ですから、そんな風に悲しいことは、仰らないでください」
「ご心配をお掛けしてしまい、申し訳ありませんでした。サファイア様」
「いえ、謝らないでください。わたくしが勝手に心配していただけですし・・・」
そっと目を伏せるサファイアにふっと考え込んだヴァンは、
「・・・では、ありがとうございます」
にっこりと柔らかく微笑み、礼を言う。
「・・・え?」
礼を言われたサファイアは、一瞬意味がわからないという風にきょとんとし、
「そ、そ、そんな、お礼を言われるようなことはしていませんわ」
サッとその頬を赤らめた。
「いいえ。サファイア様のお陰で野宿をせずに済みました。それに、わざわざこんなに遅くまで起きて待っていてくれたのでしょう? 誰かに迎えて頂けるというのは、嬉しいものなのですよ? 特に、宿無しの身といたしましては」
「そう、ですか・・・」
「ええ。では、サファイア様。私はこれで失礼致します」
そう言って一礼するヴァンを、
「はい…」
どこか寂しげに見詰めるサファイア。
「また明日。ゆっくりとお休みになられてくださいませ」
「! ええ! また明日っ…」
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びっくりです!
お、お礼を言われてしまいましたっ!?
それに、また明日…だなんて、そんなことを言われたのは、初めてですわっ!!!
どうしましょう? どうしましょう・・・
すごく、すごく嬉しいですわっ!!!
まだ、胸がドキドキしています・・・
ああ…この感動を、誰かに話したい!
誰か、誰かいないかしら?
ああ…いえ、誰かじゃなかったわね。
いつも、わたくしの話を穏やかに聞いてくれる彼。わたくしの我が儘を、なんでも聞いてくれる・・・彼へ話したいわ。
今の時間、彼はどこにいたかしら?
アウィス。わたくしの執事は・・・
もう、寝てしまったかしら?
読んでくださり、ありがとうございました。